4 アーティスト佐倉
気がつくと僕は笑いの中にいた。何も取り柄のない僕が人の輪の中にいることは意外だった。佐倉はといえば会場中に笑いの輪を作ってまわっていた。人気者の放つ力を僕は実感した。楽しむことの達人は楽しませることの達人でもあった。その日の宴が終わろうとすると佐倉がマイクを持ちだして「今日はみんなありがとう!」と言ってその日最後の乾杯をした。その日を境にカップルが増殖し始めた。佐倉は恋愛熱まで高めてしまった。
その翌々日、佐倉は約束の時間より一時間遅く姿を現した。
「いやぁ、今日は地球の自転が早いねぇ」佐倉の言い訳は意味不明だったが陽気だった。遅れても人を不機嫌にさせない陽性の性格が幸いしていたのか、それとも佐倉は人を不機嫌にさせない資質の持ち主なのか、いずれにせよ遅れることは頻繁だった。
「一時間は待たせ過ぎだろ」と僕が言うと佐倉は「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさーい」と言って手を合わせた。その日の佐倉は黄色いTシャツに若草色のサロペットジーンズだった。どこにいても目立つ女である。佐倉の友人はモードを意識した装いなのに彼女はまるで無頓着だった。
「遅れた分楽しいこともあるぞ!」佐倉は自信たっぷりに言った。その日の恰好がすでに楽しかったが本人が言うからにはかなり楽しいコトがあるのだろうと思って期待した。ところがその日の乾杯の後に佐倉が見せた絵は水曜日に僕が見せたカエル顔をディフォルメしたものだった。これを見て皆大笑いした。僕が不機嫌な顔をしていると佐倉は「こっちはもっと面白いぞ!」と言って会場を走り回る自分自身をディフォルメした猫顔佐倉を披露した。ドタバタ動き回る猫のような顔をした佐倉がユニークに描かれていた。これには僕も大笑いした。皆の笑いを誘った後、佐倉はインドで描いた水彩の風景画を収めたスケッチブックを見せてくれた。コミカルな絵を描くと思ったら美しい風景画も描く。佐倉の多才に皆ため息をついた。
「佐倉さんすごいね」と佐倉の友人が言うと「これしか取り柄がないからねぇ。今度壁画を描くからみんなおいでよ。蒲田は車で脚立を運んでね」と言ってまたしても勝手に予定を決めていた。断りようもない申し出に僕は複雑な思いで応じたのだ。




