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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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08:呪具と骸骨の審問

08:呪具と骸骨の審問


 ごみ集積場。そこはゼラの私室でもある。

 石壁で組まれた大きな穴。魔王城に勤める者は、廃棄物を無造作にその穴に放り込んでいくのが日常であった。

 今日もバル=サンガの配下の骸骨兵が押し車を軋ませて、やってきた。

 押し車を傾け、そこに積まれたものを穴底へ捨て去る。

 ゼラは穴底で粘体を広げ、落ちてくるものを処理していく。装飾品、絵画、書物、壺、武具……捨てられたものはバラバラであったが、ある共通点があった。

「ぐっ。なんだ、この焼け付くような痛みは?」

 痛覚の鈍いスライムの体を蝕む痛み――それは強靭な魔族ですら葬り去る呪いの品々。

 そうとは知らず、ゼラは黙々とごみを処理していった。

 来る日も来る日も大量のごみを処理し続けるゼラは、いつしか呪いへの耐性を獲得していた。


 * * *


 魔王城の地下深く――ごみ集積場よりは更に深い階層。そこには、幾千もの魂が囁く“死霊の回廊”がある。

 骸僧正バル=サンガの居所だ。

 ゼラはサルヴァンの命令で、そこへ向かっていた。

 理由はただ一つ。

「バル=サンガの儀式に協力してほしい」

 それ以上の説明はなかった。

 サルヴァンの言葉は淡々としていたが、ゼラは背筋が冷たくなるのを感じた。

(……あの骸骨の儀式って、絶対ロクなもんじゃないよな……)

 階段を降りるたび、空気が重くなる。

 魔力ではない。

 “死”そのものの気配だ。

 やがて、巨大な扉が現れた。

 扉は無数の骨を組み合わせたもので、一部の頭蓋骨から呻き声が漏れている。

 ゼラは震えながら扉を押した。

「……来たか、ゼラよ」

 バル=サンガが待っていた。

 その黄金の骸骨の顔に、青白い魂火が揺れている。

「ひっ……!」

 ゼラは反射的に後ずさった。

 バル=サンガは骨の指をカタカタ鳴らしながら近づく。

「恐れることはない。汝の魂を“観察”させてもらうだけだ」

「それが怖いんだよ!」

「ふむ……恐怖は魂を歪ませる。良い材料だ」

 ゼラは泣きそうになった。

 

 * * *

 

 儀式の間は、巨大な魔法陣が刻まれた空間だった。

 壁には死者の魂を封じた水晶が並び、蛍のように淡い光を放っている。

 バル=サンガはゼラに魔法陣の中央へ立つよう指示した。

「動くな。魂が千切れるぞ」

「動かないよ! 千切れたくない!」

 バル=サンガは杖を掲げ、低い声で詠唱を始めた。

「――暗黒神よ。我が前に立つ魂の歪みを、照らし給え」

 魔法陣が光り、ゼラの身体が浮かび上がる。

 粘体の身体が震え、魂が引きずり出されるような感覚が走る。

「う、あ……っ!」

 ゼラは叫んだ。

 だが、バル=サンガは止めない。

「抵抗するな。苦しみが増すだけだぞ。汝の魂は……我の知らぬ匂いがする」

 ゼラの視界が白く染まる。

 次の瞬間――ゼラの“記憶”が、バル=サンガの前に広がった。

 

 * * *

 

 ――夕暮れの住宅街。

 ――光一と笑い合う日々。

 ――異界渡りの瞬間。

 ――魔獣に殺されかけた恐怖。

 ――スライムに溶かされる絶望。

 ――サルヴァンに救われた夜。

 バル=サンガは無言でそれを見つめていた。

 骸骨の顔に表情はない。

 だが、魂火が揺れ、わずかに色を変えた。

「……これは……」

 バル=サンガの声が震えた。

「そうか……汝、サルヴァン様の根源を成すものか……」

 バル=サンガは杖を下ろした。

 魔法陣の光が消え、ゼラは床に落ちた。

「……ふむ」

 バル=サンガはゼラの前にしゃがみ込む。

「汝の魂……歪んでおる。」

 ゼラは息を荒げながら顔を上げた。

「……俺、歪んでるの?」

「ああ歪んでおる。だが、それは美しい歪みだ」

 バル=サンガは静かに続けた。

「魂とは、本来“死”へ向かうもの。だが汝は、死を拒み、生を掴んだ。その強さ……我は敬意を抱く」

 ゼラは驚いた。

 バル=サンガが誰かを“敬意”で語るなど、聞いたことがない。

「……俺のこと、素材とかじゃなくて……?」

「まあ。素材としても優秀だが――」

「やっぱり素材なんだ!」

「だが、それ以上に……汝は、いや汝こそがサルヴァン様とともに歩き支えるものだ」

 ゼラは目を瞬いた。

「俺が……?」

「我と同じく生と死の狭間を彷徨い、なお生を選んだ者。だが、我では幾星霜を重ねようとも、サルヴァン様の御心に沿うことは出来ぬ」

 バル=サンガは立ち上がり、杖を軽く叩いた。

「ゼラよ。汝を“観察対象”から“同志”へと格上げしよう」

「……同志……?」

「そうだ。汝の魂は、魔王軍に相応しい。弱くとも、歪んでいようとも……その意志は、誰よりも強い」

 ゼラは胸が熱くなった。

 骸骨僧正の言葉は、冷たいようでいて、どこか温かかった。

「……ありがとう、バル=サンガ」

「礼は不要だ。ただし――」

 バル=サンガはゼラの肩に骨の手を置いた。

「次の儀式にも協力してもらうぞ」

「やっぱり素材扱いじゃん!」

 バル=サンガはカタカタと笑った。

「安心せよ。同志を傷つける儀式は行わぬ。……必要がない限りはな」

「最後の一言が怖いんだけど!」

 骸僧正は静かにゼラを見つめた。

「ゼラよ。汝の魂は、まだ成長するだろう。我はそれを見届けたい」

 その言葉は、ゼラにとって“承認”そのものだった。

 死霊術師の狂気の奥にある、わずかな温もりに触れた瞬間だった。

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