表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

07:疫鼠の贈り物

07:疫鼠の贈り物


 魔王城の地下ごみ集積場。

 今日もゼラは、生ごみの山を前に触手を揺らしていた。

「……はぁ。今日もいっぱいだなぁ」

 生ごみ、壊れた武具、薬品の残滓、魔獣の死骸。

 魔王軍の“裏側”はすべてここに押し込まれる。

 ゼラはその処理を一手に担う、最底辺のスライムだ。

 だが最近は、魔王軍の生活改善に貢献したことで、ゼラの評価はほんの少しだけ上がっていた。

 そんな折――。

「やあ、スライム!」

 甘い声が響いた。

 振り向くと、悪魔王ヴェルゼの、大きな布包みを担いで立っていた。

「今日の“ごみ”だ。さっさと処理しとけよ」

「え、今日のって……それ?」

 白い布でグルグル巻きにされた包みは人間の形をしており、中身がもぞもぞと動いている。

(ミイラパッケージ……)

 ゼラは嫌な予感がした。

「な、なにこれ……?」

「なあに気にすることはない。ただの魔王軍の“厄介者”よ」

 ヴェルゼは鼻で笑い、布包みを乱暴に投げ捨てた。

「くそ!せっかく楽しい玩具が手に入ったと思ったのに!仕方がない。サルヴァン様のご命令だ。今後はここで処理することになったからな。じゃあな。」

 ヴェルゼは、ひらひらと背後に手を振りながら去っていった。

 ゼラは布包みを見つめ、触手を震わせた。

(……厄介者って、まさか……)

 だが、魔王軍では珍しいことではない。

 裏切り者、規律違反者、暴走した魔物――“処理”が必要な存在は、時折現れる。

 ゼラは深く息を吸い込むように粘体を震わせた。

「……やるしかないか」

 ゼラは体を広げ、強酸の海を形成した。

 布包みをそっと押し込み、ゆっくりと溶かしていく。

 ――じゅわ……。

 布が溶け始め、中身が露わになる。

「……え?」

 ゼラは思わず声を漏らした。

 布の中にいたのは――人型の魔族ではなかった。

 無数の小さな影が、布の隙間から飛び出した。

「チチチチチッ!」

「うわっ!? ね、ネズミ!?」

 いや、ただのネズミではない。

 魔力を帯び、異様に素早く、しかも――分裂している。

 一匹が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に。

「ちょ、ちょっと待って!? 増えてるじゃん!」

 ゼラは慌てて触手を伸ばし、逃げ出したネズミを捕まえては溶かしていく。

 だが、溶かした瞬間にまた増える。

「なんで!? これ、どうなってんの!?」

 ネズミたちはゼラの体に噛みつき、毒のような魔力を流し込んでくる。

「うわっ……なんか、体が熱い……!」

 ゼラの粘体がざわつき、内部の空間がぐらりと揺れた。

 ネズミたちの魔力が、ゼラの体内に吸い込まれていく。

(やばい……このままじゃ……!)

 ゼラは体を大きく膨らませ、強酸の海を一気に広げた。

「うおおおおおっ!」

 酸の波がネズミたちを飲み込み、次々と溶かしていく。

 だが――。

「チチチチチッ!」

 溶けたはずのネズミが、ゼラの体内で再び形を成し始めた。

「えっ……!? なんで俺の中で増えてんの!?」

 ゼラは混乱した。

 だが、次の瞬間――ゼラの体内空間が“変質”した。

 ネズミたちの魔力が、ゼラの粘体に吸収され、ゼラ自身の魔力へと変換されていく。

 そして――。

「……あれ? この感覚って……」

 ゼラは直感した。

 ネズミたちの能力が、自分の中に取り込まれている。

 ひとつは――分裂。

 ゼラは触手を伸ばし、自分の体の一部をちぎってみた。

 ――ぽとん。

 落ちた粘体が、ぷるんと震え、小さなスライムの形を作った。

「うわっ!? 俺、増えた!?」

 もうひとつは――疫病。

 ゼラの体から、微弱な“病魔の霧”が漂い始めた。

 もちろんゼラ自身には害はない。

 だが、魔力を持つ存在に触れれば、その魔力を乱し、弱体化させる効果がある。

「……これ、すごい能力じゃん……」

 ゼラは驚きと恐怖の入り混じった声を漏らした。

 ネズミたちの魔力は完全に吸収され、強酸の海は静けさを取り戻した。

 ゼラはぐったりと体を縮めた。

「……つ、疲れた……」

 そのとき――。

「ゼラ」

 静かな声が響いた。

 振り向くと、サルヴァンが立っていた。

「サルヴァンサマー……」

 ゼラはへたり込みながら答えた。

「見事だったよ。あれは“疫鼠えきそ”と呼ばれる魔族だ。分裂と疫病を操る厄介な存在だった」

「え、疫病……?」

「君はそれを取り込み、制御した。普通のスライムにはできないことだ」

 サルヴァンはゼラの肩に手を置いた。

「ゼラ。君は確実に強くなっている。魔王軍にとって、ますます重要な存在になるよ」

 ゼラは胸の奥が熱くなるのを感じた。

(……俺、本当に強くなってるんだ)

 ごみ処理係として始まった日々。

 だが、今日またひとつ、ゼラは“進化”した。

 分裂と疫病――新たな力を手に入れたゼラは、静かに体を揺らした。

「……もっと、強くなりたい」

 その小さな呟きは、誰よりもサルヴァンの胸に響いていた。


 * * *


 魔王城の訓練場は、朝から騒がしかった。

 獣王ガルドが、魔獣軍団の調練を行っているからだ。

「おらァ! もっと吠えろ、雑魚ども! その程度の咆哮じゃ、帝国の兵士どころか、子犬にも負けるぞ!」

 ガルドの怒号が響くたび、魔獣たちが一斉に身を震わせる。

 その中心に立つガルドは、黒い鬣を揺らし、獣のような鋭い眼光で軍団を睨みつけていた。

 そんな中、ゼラは訓練場の隅で、ひっそりと見学していた。

 サルヴァンの命令で、魔獣軍団の訓練見学を指示されたのだが、ガルドはゼラを見るなり鼻で笑った。

「なんだその(つら)。お前みてぇな弱っちいスライムが、俺の軍団に近づくんじゃねぇよ」

 ゼラは肩をすくめた。

 「……サルヴァン様の命令だから」

「命令だぁ? だったら仕方ねぇな。だがなぁ、俺は弱ぇ奴が嫌いだ。弱ぇ奴は、群れの足を引っ張るだけだからな」

 ガルドの言葉は容赦がない。

 だが、ゼラは反論できなかった。

 自分が弱いことは、誰よりも自覚している。

 そのときだった。

「ガルド様! 魔獣たちが……!」

 魔獣軍団の一部が暴走を始めた。

 魔力の乱れに反応したのか、数体の魔獣が牙を剥き、仲間に襲いかかっている。

「チッ……またかよ。おいスライム、下がってろ。お前じゃ死ぬだけだ」

 ガルドはそう言い捨て、暴走した魔獣たちの一匹を殴り倒した。

 だが――ゼラは下がらなかった。

 ガルドから離れた場所にいる魔獣が、ガルドの部下に飛びかかるのが見えたからだ。

 ガルドがいくら強かろうが、一度に相手取ることができる数には限りがある。

 襲われた部下は、ゼラにいつも優しく声をかけてくれた魔獣兵だった。

「危ない!」

 ゼラは咄嗟に飛び出し、魔獣の牙を受け止めた。

 粘体の身体が裂け、魔力が散る。

「ゼラァ!?」

 ガルドの怒声が響いた。

 ゼラは必死に魔獣を押し返し、触手を伸ばして拘束する。

 魔獣は暴れ、ゼラの身体を噛み砕こうとするが、ゼラは離さなかった。

「……大丈夫……だから……逃げて……!」

 部下の魔獣兵を庇いながら、ゼラは必死に耐えた。

 ガルドはその光景を見て、目を見開いた。

「……なんだぁ、あいつ……」

 ゼラは弱い。

 それは事実だ。

 だが――弱いくせに、仲間を守ろうとしている。

 ガルドの胸に、獣としての本能がざわついた。

「……群れを守るために、命を張る……か」

 ガルドは吠えた。

「おらァ! 暴走ども、全員ぶっ飛ばすぞ!」

 獣化が進み、ガルドの身体が巨大化する。

 黒い毛並みが逆立ち、牙が伸び、魔力が爆発する。

「ガルド様が本気だ……!」

 暴走魔獣たちは、急激に膨れ上がった魔力に、ガルドを脅威として反応し、その体に次々と嚙みついた。

 魔獣兵たちが息を呑む中、ガルドはものともせず、自らに噛みつく魔獣たちを次々と叩き伏せた。

 その動きは速すぎて、ゼラにはほとんど見えなかった。

 数分後、暴走は完全に鎮圧された。

 ガルドはゼラの前に立ち、腕を組んだ。

「……おい、スライム」

 ゼラは痛みに耐えながら顔を上げた。

「……ごめん……勝手に動いて……」

「バカか、お前は」

 ガルドはゼラの頭を軽く小突いた。

「弱いくせに、仲間を守るために飛び出すとはなぁ。……群れの掟を知ってるじゃねぇか」

 ゼラは目を瞬いた。

「掟……?」

「群れの一員は、仲間を守る。弱かろうが強かろうが、それができる奴は……」

 ガルドは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。

「――群れの一員だ」

 ゼラの胸が熱くなった。

「……俺、仲間……?」

「当たり前だろ。お前はもう“弱いだけの子狼”じゃねぇ。今日からは、一端の戦力だ」

 ガルドはゼラを掴み、ぐっと引き寄せた。

 ゼラは震える声で答えた。

「……うん。ありがとう、ガルドさん」

 ガルドは照れ隠しのように顔をそむけた。

「礼なんかいらねぇよ。仲間なんだからな」

 その言葉は、ゼラの心に深く刻まれた。

 弱いスライムだった自分が、初めて“仲間”として認められた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ