06:貯水槽と廃坑
06:貯水槽と廃坑
魔王城の地下ごみ集積場。
今日もゼラは、生ごみから分離した大量の水を前に腕……いや、触手を組んで悩んでいた。
「……この水、毎日出るし……いっそ貯めておける場所があったら便利なんだけどなぁ」
厨房も洗濯場も喜んでくれる。
なら、もっと大量に貯めておけば、魔王軍の生活はさらに楽になるはずだ。
人型のゼラは人間だった頃の姿そのままだが、スライム形態のゼラはごみ処理を続けるうちに驚くほど成長していた。
全身を展開すれば、この巨大な集積場の床から腰高までを埋め尽くすほどの体積になる。
毎日大量のごみを処理しているのに、どこへ消えているのか――。
ふと自分の内側に意識を向けたとき、ゼラは気づいた。
(……なんだ?この感覚?)
そこには謎の空間があった。
水も、溶かした金属も、薬品も、今まで処理したものの多くが、無意識のうちにその空間へ吸い込まれていたのだ。
「……便利だけど、なんか怖いなこれ」
ゼラは苦笑しつつ、壁際に積まれたガラス片へ目を向けた。
「ガラス……これ、溶かして固めたら貯水槽、作れるんじゃないか?」
だが、今あるガラスは量が少ない。
大きな貯水槽を作るには、もっと大量の砂や石英が必要だ。
そのとき、鍛冶師ドランがやってきた。
「おいゼラ! 今日の金属はあるか!」
「あ、ドランのおっさん。ねえ、ガラスってどうやって作んの?」
「ガラス? 砂と石英を溶かして作るが……お前、何に使うんだ?」
「地下に貯水槽を作りたいんだ。水、いっぱい貯められるように」
ドランは目を丸くした。
「ほう……それは便利だな。だが砂や石英は城の近くにはねぇぞ。昔の廃坑なら石英が残ってるかもしれんが……」
「廃坑?」
「おう。魔王軍が昔使ってた鉱山だ。今は魔獣が住み着いてて危険だがな」
ゼラの粘体がぴくりと震えた。
(危険……でも、行きたい)
ゼラは触手をぎゅっと握った。
「おっさん。俺、その廃坑……行ってみたい!」
「はあ!? お前がか!?」
「うん。俺、もっと役に立ちたいんだ」
ドランはしばらくゼラを見つめ、やがて豪快に笑った。
「……いいだろう! 行ってこい、ゼラ! だが気をつけろよ。廃坑には魔獣がいる」
ゼラは大きく頷いた。
(俺の体内空間なら……廃坑で拾った石英も全部持って帰れる!)
ゼラは決意を固め、サルヴァンの許可を得て、城から一日半ほどの距離にある廃坑へ向かった。
* * *
森を抜け、岩山の麓にぽっかりと口を開けた廃坑が現れる。
「ここが……廃坑……」
入口から冷たい風が吹き出し、奥は真っ暗で何も見えない。
ゼラは触手を震わせながらも、一歩踏み出した。
(怖い……でも、やるんだ)
廃坑の中は湿っており、天井から水滴がぽたぽたと落ちている。
すでに主要な鉱脈は掘り尽くされており、残っているのは微量の鉱石や石英ばかりだった。
だが、ゼラにとっては十分だった。
壁の隙間に触手を伸ばし、狭い空間に入り込んで石英を吸収していく。
「おお……結構あるな……! 塵も積もればなんとやらだな」
空間収納に石英を次々と放り込む。
(これで貯水槽が作れる……! みんな喜んでくれるかな……)
そのとき――。
――ドスン。
重い足音が響いた。
ゼラはびくりと震えた。
「な、なに……?」
暗闇の奥から、赤い目が二つ、じっとゼラを見つめていた。
廃坑に発生した魔獣――ロックゴーレムだ。
岩のように硬い体躯を持ち、その膂力は鉄をもへし折る。
(やばい……! これ、絶対強い……!)
ロックゴーレムが地を蹴った。
――ドンッ!
「うわああああっ!」
ゼラは必死に逃げる。
だが、鈍重そうな見た目に反して、ロックゴーレムは意外にも俊敏だった。
拳がゼラの体を砕こうと迫る。
(やばい……! でも……逃げたら死ぬ……!)
ゼラは床に落ちていた鉄鉱石の欠片を吸収した。
――カチン!
触手が金属化する。
「うおおおおおっ!」
ゼラは金属触手を振り回し、ロックゴーレムの顔面を叩いた。
――ガンッ!
ロックゴーレムがたたらを踏む。
(今だ!)
ゼラは体内空間に溜めた大量の水を高圧で噴き出した。
――ビシュッ!
ロックゴーレムの体が左肩から右脇腹へ袈裟懸けに切断される。
ゼラは水に鉄粉や鉱石を砂状にしたものを混ぜていた。
いわゆるウォーターカッターだ。
ロックゴーレムは無言のまま崩れ落ちた。
ゼラはその場にへたり込む。
「……こ、怖かったぁぁぁ……!」
だが――ゼラは確かに“勝った”。
(この技を……水刃と名付けよう)
* * *
魔王城に戻ったゼラは、空間収納から大量の石英と貴金属を取り出した。
ドランは目を剥いた。
「な、なんだこの量は!? 廃坑はもう枯れたと思ってたのに……!」
ゼラは照れくさく笑った。
「狭い隙間に入り込んだら、いっぱいあったよ」
そこへサルヴァンが現れた。
「ゼラ。よくやったね」
「サルヴァンサマー!」
ゼラはサルヴァンのことをそう呼んでいた。
当初は呼び捨てにしていたが、幹部たちの殺気を帯びた視線が怖かった。
かといって今さら“様”付けも照れくさい。
そこで“サルヴァンサマー”という名前だと思うことにしたのだ。
サルヴァンは呼称など気にした様子もなく、ゼラの肩に手を置いた。
「君はまだ弱い。でも――弱いからこそ、工夫できる。そして、成長できる」
ゼラの胸が熱くなる。
「ゼラ。君は、魔王軍にとって欠かせない存在になるよ」
ゼラは小さく頷いた。
(……もっと強くなりたい)
ごみ処理係だったスライムは、この日初めて“自分の意思で戦いに挑んだ”。
そして――確かに一歩、前へ進んだ。




