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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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05:光一

05:光一


 名護屋 光一がこの世界に落ちたのは、丈よりも数年前のことだった。

 その日は、大学の帰り道だった。

 夕暮れの住宅街を歩きながら、光一はふと空を見上げた。

「……なんか、変な雲だな」

 雲は渦を巻き、中心が黒く沈んでいた。

 次の瞬間、視界が白く弾け――光一は、森の中に倒れていた。

 息ができないほどの重圧。

 耳鳴り。

 そして、肌を刺すような冷気。

「……ここ、どこかな……」

 立ち上がった光一の前に、巨大な影が落ちた。

 それは、鳥の形をした“何か”だった。

 灰色の翼と猛禽類の爪は木々を押し倒すほど巨大で、嘴は岩を砕くほど鋭い。

 全身から黒い魔力が噴き出し、空気が震えていた。

 光一は本能で理解した。

 ――これは、地球の生物じゃない。

 魔獣は、光一を見つけると、まるで“餌”を見つけたかのように、ゆっくりと首を傾けた。

「……やめろ……来るな……!」

 逃げようとした瞬間、魔獣の翼が風を裂き、光一の身体を吹き飛ばした。

 背中が木に叩きつけられ、呼吸が止まる。

「っ……ぐ……!」

 視界が揺れ、血が口から溢れた。

 魔獣は、倒れた光一に影を落とし――その巨大な嘴を、光一の胸へ突き立てた。

 肉体が裂ける痛みは、一瞬だった。

 魔獣が光一の血肉を、骨を、魂を喰らっていく。

「……いやだ……死にたく……ない……!」

 光一の叫びは、魔獣の咆哮にかき消された。

 しかし――その瞬間、魔獣の動きが止まった。

 光一の魂が、魔獣の精神に触れたのだ。

 異界渡りの魂は、この世界の魔力よりも強靭で、異質だった。

 魔獣の精神が揺らぐ。

 光一の意識が、魔獣の意識に侵入する。

 魔獣の記憶が流れ込む。

 空を支配する王としての誇り、捕食者としての本能、魔力の奔流そして、孤独。

 光一は理解した。

 ――この魔獣は、ずっと一人だった。

 魔獣もまた、光一の記憶を覗き込む。

 

 * * *

 

 光一は、生まれつき“女の子のような顔立ち”をしていた。

 大きなタレ目、すっと通った鼻梁、白い肌、細い手足。

 幼い頃は「可愛い」と言われていたが、成長するにつれ、その言葉は別の意味を帯びていく。

「おい、姫ちゃん。今日も可愛いなぁ」

「男のくせに色気出してんじゃねぇよ」

「お前、ほんとに男か?」

 光一は笑って受け流そうとした。

 だが、笑えば笑うほど、周囲は“からかってもいい存在”として扱った。

 光一は、外見で判断されることに、心底うんざりしていた。

 ――俺は、俺だ。

 ――顔なんかで決めつけるな。

 そう叫びたかったが、叫べば叫ぶほど、周囲は面白がるだけだった。

 そんなある日、光一は転校先で、後に親友のとなるに出会った。

 丈は光一の外見を口にすることも、見下すこともなかった。

 光一は丈といるときは、本当の自分になれた気がした。

 

 * * *

 

 学校、家族、友人――丈。

 2つの意識がぶつかり合い、混ざり合い、やがて――融合した。

 光一の肉体は完全に消えた。

 しかし魂は残り、魔獣の肉体を“乗っ取る”形で定着した。

 魔獣の身体が震え、銀に近い灰色の羽毛が漆黒に変わり、魔力が渦を巻く。

 光一の知性と魔獣の力が融合し、新たな存在が生まれた。

 その名を――サルヴァン。

 自分がもう人間ではないことを悟った光一は、人の名を捨て、そう名乗った。

「……僕は……光一じゃない。でも……僕は……生きてる……」

 魔獣の喉から、人間の言葉が漏れた。

 サルヴァンは、魔獣の身体を制御する術を学び、やがて人型へと変身できるようになった。

 魔獣としての強靭な肉体と、誰よりも巧みな魔力の扱いで、サルヴァンは魔族の中で頭角を現した。

 ちょうどその頃、当時魔族を統べていた魔王ゾルドランが、単身侵入してきた人間族の勇者に斃される事件があった。

 影を操る勇者――リュゼリアは、何故か人間族を裏切り、サルヴァンに仕えると言った。

 そして――自分と敵対する者を、その力で屈服させていった。

 

 * * *

 

 こうして光一は、完全に“大魔王サルヴァン”として生きる道を選んだ。

 かつて人化の術を得たとき、彼は人間の集落に近づいたことがある。

 誰かが話を聞いてくれるかもしれないと、わずかに期待した。

 だが――。

「魔族だ!」

「殺せ!」

 聖教会の結界により、たいまち正体は露見し、サルヴァンが何を言うより早く、矢が飛んできた。

 剣を持った兵士が突撃してくる。

 サルヴァンは叫んだ。

 「待ってくれ! 僕は――」

 サルヴァンの話を聞くものはいなかった。魔族と呼ばれる異形どもは人類の敵で、滅ぼすべきもの。それがこの世界の常識であった。

 魔族も亜人族も人間族も同じヒト種であるとサルヴァンは考えている。

 ただ魔族は、瘴気の森、魔力の濃い荒野など、人間が到底住めない環境に適応したために異形と化した少数民族の寄せ集めであるに過ぎない。

 それなのに人間は、自分たちに都合の良い『神』を勝手に想像し、神敵として魔族を認定した。

 サルヴァンは人間に絶望した。

 しかし――心の奥底には、たった一人だけ、忘れられない存在がいた。

 かつての友人、丈。

 

 * * *

 

 数年後。

 異界渡りの兆しが現れたと聞いたとき、予感めいたものにサルヴァンの胸がざわついた。

「……まさか……」

 森で倒れていた丈を見つけた瞬間、サルヴァンの中の“光一”が叫んだ。

 ――生きていた。

 ――また会えた。

 ――今度は、絶対に失わない。

 サルヴァンは丈を救うため、スライムの器に魂を定着させた。

 それが、ゼラの誕生である。

 

 

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