04:御前会議
04:御前会議
魔王城、円卓の間。
サルヴァンに呼び出されて、ゼラがこの部屋に着いたとき、サルヴァンと六幹部は既に円卓についていた。
一番奥の席にサルヴァン。そこから時計回りに、グラズ・ヴァルナ、バル=サンガ、ガルド、ダリオン・グレイヴ、リュゼリア・アルヴェイン、ヴェルゼ・ベルゴールと並んでいる。
「よく来たね。ゼラ。」
柔和な笑みを浮かべたサルヴァンがゼラを招き入れる。
「ああ、サルヴァン……」
ゼラが気安く返事をしかけた時、ガタンと椅子の倒れる音、ボッと空気が破れる音と同時に、拳がゼラの鼻先に迫ってきていた。
リュゼリアが座っていた位置からゼラのところまで3mほどあったはずだが、一瞬でその距離を詰めてきていた。
だが拳はゼラには届かない。同時に動いたグラズ・ヴァルナの甲殻に覆われた右手が、リュゼリアの拳を掴んでいたからだ。
グラズ・ヴァルナの座っていた位置は更に奥であったはずだ。怖い。
「”様”を付けろや。水まんじゅう!」
リュゼリアが額に血管を浮かせている。怖い。
「御屋形様の御前なるぞ。リュゼリア」
グラズに窘められたリュゼリアが、ふんっと鼻をならして、椅子を起こして席に着く。
「今日来てもらったのはね。ゼラ。僕たちの置かれた状況を君にも知っておいて欲しいからなんだ」
何事もなかったかのようにサルヴァンが末席を勧める。
ゼラは腰を抜かしそうになっているのを悟られないように席に着いた。
「僕らの領域はアビスフェルドと呼ばれている。これは人間族の呼び名で、国名ではない。僕らは国家承認されていないからね」
サルヴァンが円卓に広げられた地図の中央部上部を指し示す。その指が左斜め下に動く。
「そして南西で国境を接するのがグランツ王国。南で接するのがレーヴェン王国。南東で接するのがオルガナ五連国だ。」
説明しながら、順にサルヴァンの指が右に動いていく。
「そして国境を接していない国が3つ。オルガナ五連国を挟んだ向こう側がアストリア帝国。レーヴェン王国を挟んだ反対側がルミナス連邦。で、グランツ王国の向こうがアルシア王国」
「結構広いんだな。俺たちの住んでるところ」
ゼラが思いついたことを言う。
「この地図、メルカトル図法で書かれているからね。実際はそこまでじゃないよ」
「この北っ側は?」
とゼラが地図の最上部を指さした。
「誰も住んでない。アビスフェルドが北限なんだ。じゃあここから細かい説明はバルにおねがいしようかな」
指名されたバル=サンガがサルヴァンと入れ替わりに立ち上がる。
「まず、国内情勢から。国内の勢力はおよそ三分されております。最大勢力は我ら、サルヴァン様。国土のおよそ四割を支配しております。次に魔王ネクロス。支配地域は約三割に及びます。そして、魔王ヒミカ。こちらの支配地域は二割ほどです。残りの一割を、少数勢力が分け合う形です」
一拍間を置いてバル=サンガの説明が続く。
「グランツ王国は山岳地帯。様々な鉱石を資源とする国だ。黒鉄の勇者ラグナ、そして黄金竜王ゼルギウスの住まう国でもある」
ちらりとバル=サンガの眼窩の魂火が、リュゼリアのほうに動いた。リュゼリアはじっと地図をにらんでいる。
「ルミナス連邦は商業国家だ。ルミナス中央銀行が有名だな。黄金の勇者カイを輩出した国だ」
「オルガナ五連国はカロス、フランディア、ザルツベン、カルマール、ベナンテの小国からなる連合国家だな。風の勇者ユリウスの出身地だ」
「アストリア帝国。聖教会の総本山。光の勇者レオンが住む国だ」
「レーヴェン王国。白銀の勇者ミリアが守護する国だ」
「アルシア王国。海洋国家だ。湖の勇者マルスの出身地だ」
「……以上が、我らアビスフェルドを取り巻く6つの人間国家だ」
バル=サンガが淡々と説明を終えると、円卓の空気がわずかに重くなった。
ゼラは地図を見つめながら呟いた。
「……で、俺たち、なんでこんなに狙われてんの?すげえ資源が眠ってるってわけでもないんだろ?」
「聖教会――」
サルヴァンが指を組み、穏やかな声で続けた。
「“奴ら”が僕らを神敵としているから、というのが一番かな。そもそも人間族は、僕らを十把一絡げに魔族などと呼ぶけどね、見てもわかる通り僕らは少数民族の寄り合い所帯なんだ。ドワーフやエルフの様に比較的、人間族に近しい姿形のものもいれば、蟲族や獣族の様に人間族から離れた姿のものもいる。でもね。僕は、人間族も僕らもヒト種であることには変わりないと考えているんだ」
「でも、ゴブリンとかオルクゥとかが人間を襲うって聞くぜ?」
「全てが僕らの支配管理下にあるわけではないからね」
魔族といえども一枚岩ではなく、サルヴァンも全てをその支配下に置いているわけではなかった。また、人間族を襲うゴブリン族やオルクゥ族は誰の支配下でもないことが多い。
「野良犬に噛まれたって、国に文句を言いに行くようなもんさ。お門違いなんだよね」
「聖教会ってのは?」
「アストリア帝国のみならず、ほぼ全ての人間族が信仰している、一神教でね。奴らの神とやらは人間族にのみ祝福を与えるそうだ。僕は神様を信じてないけど、もしそういった超越者が存在するとしてだよ?それが数多いる生き物の中で、人間だけを贔屓するとはどうしても思えないんだ」
サルヴァンが珍しく、少し声を荒げた。よほど聖教会のことがお気に召さないらしい。
「さっきから出てくる勇者ってのは?」
「まあ、ゲームや小説に出てくるアレと概ね同じさ。一国一勇者制度で、聖教会が認定している。"魔王を倒す、神の使徒”だそうだ」
リュゼリアが舌打ちした。
「ご命令さえ頂ければ、奴らなど、わたくしが一人で始末いたしますのに」
「始末しちゃダメ」
サルヴァンが即答した。
「こちらから先に手を出したら、外交問題になるからね」
「外交なんて、蹂躙してから考ればよろしいのです!」
「それは外交とは呼ばないだろ、リュゼリア」
ヴェルゼがくすくす笑いながら口を挟む。
「でもサルヴァン様。帝国はともかく、他の国々はそこまで敵対的じゃないんじゃない?特にルミナス連邦なんて、魔族の素材を高値で買ってくれるし」
「利益で動く国は信用できん」
グラズ・ヴァルナがサルヴァンに代わり低い声で言った。
「利益が尽きれば、牙を剥く」
「その通りだね」
サルヴァンは頷いた。
「だからこそ、僕たちは“国家として承認”される必要がある。魔族がヒト種として、同等に扱われるために」
ゼラは思わず顔を上げた。
「国家承認……?」
「そう。今の僕たちは“魔族の群れ”としか見られていない。国として認められれば、対等な付き合いが出来る様になる」
「……そんなこと、できるのか?」
ゼラの問いに、サルヴァンは微笑んだ。
「難しいけど、不可能じゃないよ。そのために――君に協力してほしい、ゼラ」
「俺に……?」
ゼラは思わず自分を指差した。
ガルドが鼻を鳴らす。
「お前の弱っちいナリなら、人間族も警戒を緩めるかもな」
「……交渉役ってこと?」
ゼラが苦笑すると、ヴェルゼが肩をすくめた。
「まさか。そんな期待はカケラもないよ。まずは国内を平定し、国力を高める。サルヴァン様が言うには"富国強兵”とかいうらしいよ」
ダリオンは無言のまま、わずかに頷いた。
リュゼリアは腕を組み、ゼラを睨む。
「スライムができることなんてあるのかしら……あたしは戦争のほうが手っ取り早いと思うのですが。」
ゼラが苦笑すると、サルヴァンが話を続けた。
「国家承認を得るには、まずは他国から攻められない”力”が必要だ。そのうえで“魔族は脅威ではない”と示す必要がある。そのために、僕たちはまず――」
サルヴァンは地図の一点を指した。
「――グランツ王国との関係改善を目指そうと思う」
リュゼリアが目を見開いた。
「しかし、あの国は!?」
「最大の障壁はアストリア帝国だ。そのアストリアから最も離れ、影響が弱い国――そしてリュゼリア、君を仇敵として狙う国でもある」
「え!?仇敵って?」
会議を邪魔しないよう、途中から黙って聞いていたゼラが思わず質問した。
「黄金竜王ゼルギウス。グランツ王国と勇者の守護者」
バル=サンガが答える。
「……リュゼリア様って、竜王と敵対してるんですか?」
「ゼルギウスの弟である黒竜の心臓をえぐってやったからな!」
自分の胸を指さしてリュゼリアが吠える。
バル=サンガが咳払いをした。
「ゼルギウスの怒りも、もっともだがな……」
「ふんっ!」
サルヴァンは苦笑しながら続けた。
「グランツ王国は、竜族やドワーフ族、異種族の共存に理解がある数少ない国だ。黒竜の恨みはあれど、ゼルギウスなら僕の考えにも理解を示してくるんじゃないかな」
サルヴァンはゼラのほうを向いた。
「ゼラ。君には、僕たちの“外交の切り札”になってほしい」
「外交……俺が……?」
「君は人間の価値観も、魔族の価値観も知っている。それは他の者たちにはない強みだ」
ゼラはしばらく黙り――やがて、小さく頷いた。
「……わかった。俺にできることなら、やってみるよ」
サルヴァンは満足そうに微笑んだ。
「ありがとう、ゼラ。時を見て、君にはバル=サンガ、リュゼリアと共にグランツ王国に行ってもらおうと思う」
バル=サンガが恭しく頭をたれ、 リュゼリアがそっぽを向きながら呟く。
「……まぁ……サルヴァン様のご命令とあらば」
「まあ、この話は早くても数年後の話さ。その前にゼラには最低限、自分の身は自分で守れるようになってもらわないとね」
サルヴァンが立ち上がり、円卓の全員を見渡した。
「――では、まずは国内からを始めよう。魔族国家の未来のために」
円卓の間に、静かな熱が満ちていった。




