03:泥と金属
03:泥と金属
魔王城の地下――湿り気を帯びた空気が、ひんやりと肌を撫でる。
そこに広がるのは、巨大なごみ集積場だった。
天井は高く、岩肌むき出しの壁には魔導灯が等間隔に並び、青白い光が山のように積まれたごみの影を長く伸ばしている。
「……これ、全部俺がやるのか……?」
ゼラは粘体の身体をぷるぷると震わせながら、積み上がったごみの山を見上げた。
残飯、死体、廃薬品、壊れた武具――魔王軍の“裏側”がすべて押し込まれた場所。
鼻があれば塞ぎたくなるような匂いが漂っているが、スライムであるゼラには匂いの概念が薄い。
それでも、粘体の表面がざわつくような不快感はあった。
「うわっ。これ腐ってるんじゃないの?」
「なんか痺れるんだけど、毒?」
「呪われた武具は時間掛かるんだよな」
「おーっ。この液体、シュワシュワする」
触手を伸ばすたび、何かしらの“刺激”が返ってくる。
生ごみはぬるぬる、薬品はピリピリ、呪具はビリビリ。
ゼラは毎日がサバイバルだった。
幹部たちの嫌がらせのような物も混じっている。
時折、サルヴァンがどこで狩ってきたのか、強力な魔物の死骸をぽいっと放り込んでくることもあった。
金属は特に厄介だった。
剣一本溶かすのに、半日かかる。
「……俺、ほんとにこれでいいのか……?」
ゼラはぐったりと地面に沈み込んだ。
粘体の身体が、疲労でどろりと広がる。
逃げる場所はない。
ここが自分の“仕事場”であり、居場所なのだ。
「……明日も頑張らないと」
ゼラは自分を励ますように小さく揺れ、眠りについた。
* * *
一月後。
いつものように残飯の山に触手を伸ばしたときだった。
――じゅわっ。
「……あれ? なんか、勝手に分かれてる?」
粘体の内部で、水分と固形物が自然に分離していた。
透明な水が上層に、固形物が下層に沈む。
「これ……便利だな!」
ゼラは驚きながらも、自分の身体が“変わり始めている”ことを実感した。
その日の夕方、獣王ガルドの配下がやってきた。
「おい、スライム。今日の分だ」
巨大な袋が放り投げられる。
中身は魔物の内臓。
生臭さが空気を満たす。
「うわっ……生もの……」
「文句を言うな。お前の仕事だ」
配下は鼻で笑い、去っていった。
ゼラはため息をつきながら袋に触手を伸ばす。
――じゅわぁ。
「……お? さっきより早くなった?」
水分を分離できるようになったことで、生ごみの処理速度が明らかに上がっていた。
「……俺も、ちょっとは成長してるのかな?」
ゼラは小さく笑った。
* * *
ある日の夕方。
ゼラは分離した大量の水をどうするか悩んでいた。
「……これ、飲めるのかな?」
まるで湧き水のように清らかだった。
「……これ、使えるんじゃない?」
ゼラは思い切って、水を入れた桶を魔王軍の厨房へ持っていった。
厨房では、料理担当のオーガが大鍋をかき混ぜていた。
「おいスライム、何しに来た?」
「えっと……水、持ってきたんだけど……」
「水? どれどれ……」
オーガは桶を覗き込み、目を見開いた。
「……おい、これ……めちゃくちゃ綺麗じゃねぇか!どこで汲んできた!?」
「え、えっと……その……」
ゼラは言い淀んだ。
まさか“生ごみから出た水です”とは言えない。
「ま、まあ……ちょっとした裏技で……」
「裏技!? すげぇなスライム!最近井戸が枯れ気味で困ってたんだよ! 川まで汲みに行くのも大変でな。助かった!」
オーガは大喜びで水を鍋に注いだ。
「おいお前ら! スライムが水持ってきたぞ!」
出来た料理はいつもよりも美味いと好評の様である。厨房の魔族たちが歓声を上げる。
「スライム、やるじゃねぇか!」
「お前、意外と使えるな!」
「明日も頼むぞ!」
ゼラは複雑な気持ちで笑った。
(……食器洗いにでも使えないかと思っただけなんだけどなぁ……)
だが、誰も気づかない。
魔王軍の中でゼラの評価は少し上がった瞬間だった。
* * *
翌日。
ゼラがごみ処理をしていると、厨房のオーガが走ってきた。
「スライム! 昨日の水、まだあるか!?」
「え、えっと……あるけど……」
「よし、持ってこい! 洗濯場でも使いたいってよ!」
洗濯場に連れていかれると、魔族のメイドたちが洗濯物を前に困り果てていた。
「川の水が濁ってて……洗濯できないのです……」
「スライムさん、水を……!」
ゼラは分離した水を桶に注ぎ、差し出した。
メイドたちは歓声を上げた。
「きれい……!」
「これなら洗えるわ!」
「スライムさん、ありがとう!」
ゼラは照れくさく粘体を揺らした。
(……これ、生ごみの水なんだけどなぁ……)
だが、魔王軍は気づかない。
むしろ、ゼラは“便利な水を出せるスライム”として重宝され始めた。
(……俺にも、この世界で少しは居場所ができたのかな……)
* * *
最初のうちは持ち込まれる量に処理速度が追いつかず、ごみは溜まる一方であったが、半年の内に処理速度も上がり、持ち込まれた物はその日のうちに処理が完了するようになった。そして一年が経った頃には、集積場は堆積したごみも含めてすっかり綺麗になっていた。
「今日は鍛治の失敗作かあ」
ゼラは金属ごみを溶かし始める。
そのとき、ゼラの体内で何かが“引っかかった”。
「……ん? なんだこれ?」
溶けた金属の一部が、ゼラの体内で光り始めた。
まるで、金属の“性質”がゼラの中に吸収されていくような感覚。
「え、ちょっと待って……これ……」
ゼラの身体の一部が、金属のように硬質化した。
「うわっ!? な、なんだこれ!?」
ゼラは慌てて触手を振り回す。
触手の先端が、金属の刃のように鋭く変形していた。
「……え、これ俺の能力?」
そこへ、サルヴァンが静かに現れた。
「おお……金属適応かぁ。スライムの中でも、極めて稀な進化だね」
「し、進化!?」
「ごみ処理の中で、素材の性質を取り込んだのだろうね。ゼラ、よく頑張ったね」
サルヴァンは一人納得し、去っていった。
ゼラは呆然と自分の“金属触手”を見つめた。
* * *
さらに半年が過ぎた頃。
ゼラは壊れた鎧を処理していた。
「今日のは重いなぁ……」
吸収した瞬間、粘体の内部で金属が“分かれた”。
「……ん? 鉄と……これは銀? なんで別れてるの?」
鉄は鉄、銀は銀、魔鋼は魔鋼。
まるで精錬所のように、純度の高い素材が残る。
ゼラは驚きの声を上げた。
「何これ!おもしれー」
ゼラは夢中になって、金属の『仕分け』を続けた。
「ゼラ。これはなんだい?」
数ヶ月後、久しぶりに様子を見に来たサルヴァンがあきれた声で問うた。
集積場には多数の金属塊が種類ごとに置かれていた。
「いや、ただ溶かすだけってのも勿体ないかと思って」
そのとき――背後から低い声がした。
「おい、お前。これを何処から持ってきた?」
振り向くと、背丈は低いが肩幅が広く、腕は丸太のように太いドワーフが立っていた。
髭は腰まで伸び、手には巨大なハンマーを持っている。
「えっと……あなたは?」
「魔王軍鍛冶師、ドランだ。その金属……見せてみろ」
ゼラは恐る恐る、体内で分離された金属塊を差し出した。
ドランはそれを手に取ると、目を見開いた。
「……純度が……高い……!?おいスライム、これはなんだ?」
「え、えっと……廃金属を溶かしたら勝手に……」
「勝手に!? ふざけるな、こんな精錬、ワシらドワーフでも出来んぞ!」
ドランはゼラの肩――いや、粘体の表面を掴んだ。
「お前……すげぇじゃねぇか!」
「えっ、あ、ありがとうございます……?」
ドランは大声で笑った。
「よし、これからも金属ができたら俺に回せ!お前の金属、最高だ!サルヴァン様!、魔王軍の装備はこれから充実しますぜ!」
ゼラは驚きつつも、胸の奥が温かくなるのを感じた。
――初めて、魔王軍の誰かに褒められた。
その日から、ゼラとドランは少しずつ仲良くなっていった。
ドランは時々、ゼラに差し入れとして“魔力酒”を持ってきた。
「ゼラ!飲めるかどうか知らんが、気持ちだけだ!」
「ありがとう、ドランさん!」
「水くせえな!ドランでいいぜ!」
ゼラは魔王軍の中で、初めて“味方”と呼べる存在を得たのだった。




