02:魔王軍の底辺へようこそ
02:魔王軍の底辺へようこそ
「それじゃあ、みんなに紹介するよ。ついてきて」
サルヴァンはゼラの胸に渦巻く葛藤など意に介さない様子で、軽やかに部屋を出ていった。
ゼラは重い足取りでその背中を追う。粘体の身体はまだ不安定で、歩くたびにわずかに揺らめいた。
廊下を二度ほど曲がると、重厚な装飾が施された大きな扉の前にたどり着いた。
両脇に立つ歩哨がサルヴァンの姿を認め、胸に拳を当てて敬礼する。
「――大魔王サルヴァン様のおなり!」
朗々とした声が響き、扉がゆっくりと開かれた。
中に広がっていたのは、円形の広間。
中央には巨大な円卓が据えられ、その周囲には六名の異形が片膝をつき、深々と臣下の礼を取っていた。
ゼラは思わず息を呑む。
それぞれが人外の威圧感をまとい、ただそこにいるだけで空気が震えるようだった。
サルヴァンは当然のように歩みを進め、ゼラに軽く顎をしゃくった。
「さあ、ゼラ。君を僕の“側近たち”に紹介しよう」
サルヴァンが広間へ足を踏み入れると、六名の異形は一斉に頭を垂れた。
だが、ゼラが姿を現した瞬間――空気がわずかにざわついた。
サルヴァンは円卓の前に立ち、軽く手を広げる。
「紹介しよう。今日から我が陣営に加わる“ゼラ”だ。異界渡り――特別な存在だよ」
その言葉に、六名の視線が一斉にゼラへ向けられた。
どれも鋭く、重く、そして――どこか嫉妬を含んでいる。
サルヴァンはゼラの背を軽く押し、円卓の前へと進ませる。
「まずは――闇の……リュゼリア。彼女は人間で元・勇者だ」
サルヴァンが名を呼ぶと、背中まで伸ばした黒髪を揺らし、リュゼリアが優雅に顔を上げた。
外見は十代半ばほどの少女だが、濃密な魔力を放っている。背に大鎌を背負い、牛か羊に似た頭骨が意匠された鎧を身に付けている。
その黒色の眼がゼラを射抜く。
「……サルヴァン様に特別扱いされたからって、勘違いしないことね」
微笑んでいるのに、言葉の端に冷たい棘がある。
ゼラは思わず肩をすくめた。
「こちらは骸僧正バル=サンガ」
黒衣の骸骨僧が錫杖を鳴らし、青白い鬼火の瞳をゼラへ向ける。黒衣から覗く骸骨は黄金色だ。
「……魂の匂いが歪んでおる。生者とも死者ともつかぬ、不安定な器よ」
その声は冷たく、ゼラの背筋にぞくりと寒気が走った。
「蟲将軍グラズ=ヴァルナ」
四本腕の巨躯が、ぎしりと甲殻を鳴らして顔を上げる。コーカサスオオカブトとカミキリムシを混ぜ合わせたような姿だ。
複眼が赤く光り、ゼラを値踏みするように動いた。
「御屋形様のお決めになったことなれば」
どこか含みのある承認。
ゼラは言い返す言葉もなく、視線を逸らした。
「次に悪魔王ヴェルゼ」
黒紫のスーツを着た悪魔王が、余裕の笑みを浮かべて指先で顎を撫でる。
燃えるような赤い肌。背中には蝙蝠の翼、額には小さな角が生えている。
「ふふふ……異界渡り、ね。珍しい玩具を拾ってきたものだ」
嘲りと興味が入り混じった声。
ゼラは胸の奥がざわつくのを感じた。
「黒騎士ダリオン=グレイヴ」
鎧の隙間からは霧のような黒い魔力が漏れ出し、漆黒の鎧に身を包んだ騎士は、沈黙したまま兜の奥からゼラを見据えていた。
言葉はない。
だが、その視線は剣より鋭い。
――お前を認めるつもりはない。
そんな意思が、無言のまま突き刺さる。
「最後に――獣王ガルド」
狼の頭部に銀灰色の毛皮を持つ獣王が、鼻を鳴らしてゼラの匂いを嗅ぐ。
「……弱い匂いだ。こんな奴が“特別”だと? 笑わせるな」
牙を剥き、低く唸る。
ゼラは本能的に一歩後ずさった。
六名の圧に押され、ゼラが言葉を失っていると、サルヴァンが軽く手を叩いた。
「まあまあ、落ち着きたまえ。ゼラはまだ生まれたばかりだ。何か仕事を与えてやってくれ。だが――いずれ君たちよりも強くなれるかも知れないよ」
その言葉に、六名の表情が一瞬だけ揺れた。
驚愕、反発、焦り、そして……興味。
サルヴァンはゼラの肩に手を置き、にこりと微笑む。
「さあ、ゼラ。ここが君の新しい居場所だよ」
ゼラは喉を鳴らし、かすかに頷いた。
* * *
「君たちも気付いただろ?」
悪魔王ヴェルゼが、その場の5人に問いかけた。サルヴァンは全員の紹介が終わると退室していった。ゼラは隣の小部屋で待機である。
「うむ。確かにお力を落とされている」
それを受けて、骸僧正バルが答える。
サルヴァンはゼラを救うために、その力の一部をゼラに分け与えていた。
それにより、サルヴァンは弱体化している様であった。
「アイツに、そんな価値があるっていうのか?」
獣王ガルドが鼻面に皺を寄せる。
「スライムごときに、その御業をお使いになるなんて……」
元・勇者リュゼリアが、ふんっと鼻を鳴らす。
黒騎士ダリオンが声を発することはない。
「御屋形様には、御屋形様のお考えがあるのだ。我らごときが、そのお考えを推し量ろうなどとは考えぬことだ」
蟲将軍グラズが諌めるように言った。
* * *
六名の異形に囲まれたまま、ゼラは喉を鳴らした。
一度、席を外せと言われ、再び円卓の間に戻った途端、部屋の空気がじわりと変わる。
「――で、異界渡りとやらは、何ができるんだ?」
最初に口を開いたのは獣王ガルドだった。
鋭い牙を見せつけるように笑い、ゼラを見下ろす。
「戦えるのか? 走れるのか? どうなんだ?」
ゼラはたじろぎながら、粘体の身体を見下ろした。
「え、えっと……その……」
言葉が詰まる。
六名の視線が一斉に刺さる。
ゼラは覚悟を決めて、正直に答えた。
「……ものを、溶かせます」
広間に沈黙が落ちた。
次の瞬間――
「溶かす、だと?」
「それだけ?」
「……ふむ、スライムらしいといえばらしいが」
「玩具どころか、雑用の匂いしかしないねぇ」
「御屋形様、これは……」
「弱い匂いの理由が分かった」
六名の反応は、呆れ・失望・嘲笑のオンパレードだった。
ゼラは肩を落とし、粘体の身体がしょんぼりと沈む。
「……ごみ処理だな」
と、悪魔王ヴェルゼが冷静に言い放った。
「確かに、不要物の処理には向いている」
骸僧正バル=サンガが頷く。
黒騎士ダリオンの目が赤く輝いた。
「うむ。魔王軍の衛生管理は重要だからな」
蟲将軍グラズ=ヴァルナが妙に真面目な顔で言う。
「サルヴァン様の側に置くには丁度いい雑用係ね」
闇の勇者リュゼリアが鼻で笑う。
「決まりだな。ごみ処理係だ」
獣王ガルドが豪快に笑った。
ゼラは絶句した。
「ご、ごみ処理……係……?」
ヴェルゼは肩をすくめ、にこりと微笑む。
「悪くないだろう? 魔王軍の生活を支える大事な仕事だよ。最初は小さな役目でも、いずれ――まあ。それはないか」
ゼラは不安と期待が入り混じった気持ちで、ヴェルゼを見上げる。
「……が、がんばります」
その声は震えていたが、確かに前へ進もうとする意志があった。
* * *
魔王城の地下――巨大なごみ集積場。
そこには、戦場から持ち帰られた壊れた武具、魔物の死骸、燃え残った魔導書の切れ端など、あらゆる“不要物”が山のように積み上がっていた。
「……ここが、俺の職場か」
ゼラは粘体の身体をぷるんと震わせ、ため息をついた。
「スライム、今日の分だ。さっさと片付けろ」
獣王ガルドが、巨大な袋を肩から降ろして放り投げる。
袋の中身は、どう見ても“何かの内臓”だった。
「うわっ……ちょ、ちょっと待って、それ生もの!?」
「当たり前だろう。戦場の残り物だ。今日は様子を見に来たがな。次からは部下を寄越す。じゃあな」
ガルドは豪快に笑い、去っていった。
ゼラは袋を見下ろし、震える触手を伸ばす。
「……やるしかないか」
触手が袋に触れた瞬間、じゅわぁ……と音を立てて溶け始めた。
袋も中身も、跡形もなくゼラの体内へ吸い込まれていく。
「うわぁ……味とかはしないけど……なんか……気持ち悪い……」
ゼラはぷるぷる震えながら、次のごみ山へ向かった。
「次は……剣とか鎧とかか。金属は溶かすのに時間かかるんだよなぁ……」
ゼラは壊れた剣に触手を伸ばす。
じゅわ……と溶けるが、さっきより遅い。
「うーん……効率悪いなぁ……」
そのとき――
背後から、悪魔王ヴェルゼの声がした。
「おや、働いているねぇ。雑用係くん」
「うっ……ヴェルゼさん……」
「その調子で頑張りたまえ。魔王軍の衛生は君にかかっている」
完全にからかっている。
ゼラは悔しさを噛みしめながら、剣を溶かし続けた。
第3話より、毎日12:00に投稿します。




