14:黒鉄
14:黒鉄
グランツ王国は国土の八割を険峻な岩山が占める山岳地帯にある。
それ故に、他国ではともすれば魔族に位置づけられる山の民”ドワーフ”に対する忌避感も少ない土地柄と言えた。
平坦な地が少ない為に農業は発展せず、鉱業、林業、酪農業が主な産業である。
山岳王国の朝は早い。
太陽が山の稜線から顔を出す前に、鉱夫たちはすでに坑道へ向かって歩き始める。
その日も、いつもと変わらぬ朝だった。
――少なくとも、山が崩れるまでは。
天井から地下水が噴き出し、地鳴りがした。
最初は誰も気にしなかった。山は生きている。時折、うめき声のように揺れることがある。
だが、その揺れは次第に大きくなり、坑道の天井から砂がぱらぱらと落ち始めた。
「おい……これ、やばくねぇか?」
鉱夫の一人が呟いた瞬間、轟音が響いた。
――崩落だ。
坑道の奥で、岩盤が崩れ落ち、悲鳴が上がる。
逃げようとした者たちも、次々と落石に巻き込まれた。
「助けてくれぇぇぇ!」
「誰か! 誰かぁ!」
暗闇の中、叫び声が響く。
しかし、外にいる者たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「助けを呼んで来い!」
声を掛けられた若者が街へと駆けていく。
崩落はおさまったが、救助は一刻を争う。洞窟内の空気がなくなってしまう前に崩れた岩石を取り除く必要があるが、下手に動かせば次の崩落を呼んでしまう。
そのとき――。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
山道に轟く怒号。
隆々たる筋肉に獣の毛皮をまとい、巨大な両刃の斧を背に担いだ男が、土煙を巻き上げながら駆けてきた。
黒鉄の勇者――ラグナ。がっちりとした体つきの多い鉱夫たちよりも、更に二回りほど大きい巨漢である。
「ラ、ラグナ様!」
「無事か! 中に何人残ってる!」
「わ、わからねぇ! 崩れたのが急すぎて……!」
「なら、全部助けるだけだ!」
ラグナは大斧を地面に突き立て、両手で巨大な岩を持ち上げた。
常人なら数十人がかりでも動かせない岩だ。
「うおおおおおおおおおおッ!!」
筋肉が膨れ上がり、岩がゆっくりと、だが確実に持ち上がる。
「通れるぞ! 急げ!」
鉱夫たちはラグナの作った隙間から坑道へ駆け込んだ。
ラグナは息を荒げながらも、笑った。
「山が相手なら、俺の出番だろ」
そう言うと、彼は再び坑道へ突入した。
* * *
坑道の中は暗く、粉塵が舞っていた。
ラグナは黒鉄の大斧を地面に突き立て、そこから微弱な磁力を発生させる。
「……よし、反応あり」
黒鉄の勇者の能力――黒鉄武装 壱式。
鉄分を含む物質を感知し、引き寄せ、操ることができる。
坑道の奥に残された鉱夫たちの道具やヘルメットの金属反応を頼りに、ラグナは進んでいく。
「おーい! 誰かいるか!」
「た、助けてくれ……!」
微かな声が聞こえた。
ラグナは声のする方向へ走り、崩れた岩を素手でどかしていく。
「よし、見つけた!」
岩の隙間に、三人の鉱夫が閉じ込められていた。
「ラグナ様……!」
「安心しろ。すぐ出す」
ラグナは大斧を振り上げた。
「黒鉄断山――!」
黒鉄の刃が光り、岩盤を一刀両断する。
粉塵が舞い、鉱夫たちが自由になる。
「すげぇ……!」
「礼は後だ。まだ奥にいるはずだ」
ラグナはさらに奥へ進んだ。
* * *
坑道の奥に進むにつれ、空気が変わった。
冷たく、湿り気を帯び、どこか生臭い。
「こりゃ……魔族の匂いだな」
ラグナは眉をひそめた。
崩落の原因は自然現象ではない。
魔族が仕掛けた罠に違いない。
その証拠に、坑道の奥から低い唸り声が聞こえた。
「グルルルル……」
「やっぱりか」
暗闇から現れたのは、岩のような皮膚を持つ魔獣――ロックオーガ。
崩落を引き起こした張本人だろう。
「お前らのせいで、何人が死にかけたと思ってんだ……!」
ラグナは大斧を構えた。
「黒鉄武装――弐式!」
黒鉄の斧が光り、ラグナの体が鉄の巨人のように膨れ上がる。
「うおおおおおおおおッ!!」
ロックオーガが拳を振り下ろす。
ラグナはそれを片手で受け止めた。
「遅ぇ!」
大斧が唸り、ロックオーガの腕を切断する。
さらに一歩踏み込み、胸元へ渾身の一撃を叩き込んだ。
「黒鉄断山――砕ッ!!」
ロックオーガは粉々に砕け散った。
* * *
魔獣を倒したラグナは、さらに奥へ進む。
最深部で、十数人の鉱夫が閉じ込められていた。
「ラグナ様……!」
「遅くなったな。今助ける」
だが、最深部の岩盤は巨大で、普通に斬っても崩落を誘発する危険がある。
「……よし、やるか」
ラグナは大斧を地面に突き立て、深呼吸した。
「黒鉄武装――零式」
黒鉄の斧が分解され、全身を覆い、ラグナの体がさらに巨大化する。
筋肉が膨れ、黒鉄の光が脈動する。
「黒鉄断山――全力ッ!!」
黒鉄の拳が振り下ろされ、岩盤が真っ二つに割れた。
崩落は起きず、鉱夫たちが救出される。
「すげぇ……!」
「これが……黒鉄の勇者……!」
ラグナは照れくさそうに笑った。
「俺はただ、山の民を守っただけだ」
* * *
全員を救出した後、ラグナは山の麓で一人、空を見上げていた。
「俺は上手くやれてるか?……親父」
ラグナの父も鉱夫だった。
崩落事故で亡くなった。
だからラグナは誓ったのだ。
「二度と、誰も山で死なせない」と。
その誓いが、彼を勇者へと押し上げた。
「さて……次は魔族の連中に文句言いに行くか」
ラグナは大斧を担ぎ、北東の国境に向かい、山道を歩き出した。
国境の向こうはアビスフェルド、魔族どもの巣喰う土地だ。
その背中は、山のように大きく、頼もしかった。




