10:悪魔王の実験室
10:悪魔王の実験室
魔王城地下、ごみ集積場。
悪魔王ヴェルゼの研究室からは、定期的に大量の薬品が持ち込まれる。
ヴェルゼの”研究と称した悪ふざけ”により生じた、廃薬品である。効果のほどは定かではない。
廃薬品の処理は簡単ではない。痺れるような痛み。意識を失ったり、幻覚を見たことも一度や二度ではない。
「今日こそは文句言ってやる!」
ゼラは意気込んで、ヴェルゼの研究室に向かった。
* * *
魔王城の研究室は、今日も爆発音と悲鳴で満ちていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
「はいはい、大げさに騒ぐな。この程度で死にはしないよ。」
白衣を翻しながら、悪魔王ヴェルゼは軽い調子で言った。
研究室の床には、謎の薬品で黒焦げになった魔族兵が転がっている。
「……これ、絶対死んでるだろ……」
ゼラは呆れた声を漏らした。
「死んではないよ。ほら、まだ指がピクピクしてる」
「それ死ぬ寸前のやつじゃないですか!」
ヴェルゼはくすくす笑った。
「大丈夫大丈夫。ボクの実験は“死なない程度”に調整してあるから。……たぶんね」
「たぶんって言った!?」
助手として訪れていたゼラは思わず距離を取った。
そんなゼラを、ヴェルゼは楽しそうに見つめる。
「ねぇゼラ。君、最近ラミリスやガルドに気に入られてるみたいだねぇ」
「……気に入られてるっていうか、まあ……仲間として……」
「ふぅん。じゃあ、ボクにも“仲間としての価値”を見せてよ」
ゼラは嫌な予感がした。
「……何をするつもりですか」
ヴェルゼはにっこり笑った。
「何って……実験だよ」
「やっぱり!」
ヴェルゼはゼラの腕を掴み、研究室の奥へ引きずっていく。
「ちょ、ちょっと待って!俺、実験台になるなんて聞いてない!」
「聞いてなくても、やるんだよ。だって君、面白いんだもん」
「理由が最低だ!」
ヴェルゼはゼラを椅子に座らせ、拘束具をカチリと締めた。
「はい、動かないでねー。暴れると余計に痛いから」
「痛いの確定なんですか!?」
ヴェルゼは薬瓶をいくつも並べながら、楽しそうに説明を始めた。
「君の魂は異界渡りで、身体はスライムで、しかもサルヴァン様の魔力で安定してる。こんな“珍しい素材”を前にして、実験しないわけないでしょ?」
「素材って言った!」
「安心して。君を壊すつもりはないよ。壊れたらサルヴァン様に怒られるし」
「理由がそれ!?」
ヴェルゼは一本の薬瓶を持ち上げた。
中には黒い液体が渦を巻いている。
「これは“精神干渉薬”。飲むと、心が揺さぶられて、自我が崩れたり、暴走したり、泣き出したりする。自白剤として使えないかと思ってね」
「絶対飲みたくない!」
「はい、あーん」
「やめろおおおおおおおおおお!」
抵抗むなしく、ゼラは薬を飲まされてしまった。
* * *
数分後。
ゼラの身体が震え始めた。
「う、あ……っ……!」
粘体が波打ち、形が崩れ、ゼラの意識がぐらぐらと揺れる。
(……やばい……これ……)
頭の中に、霞がかかる。
「さあ。話すんだ。君の正体を」
ヴェルゼが優しく語り掛ける。
ゼラは叫んだ。
「やめろ……!俺は……俺は……!」
ヴェルゼは興味深そうに観察している。
「へぇ……崩れないんだ。普通ならもう自我が壊れてるのに」
ゼラは必死に意識を保とうとした。
「……俺は……ゼラだ……サルヴァン様に……名前をもらった……俺は……俺だ……!」
薬の効果がピークに達し、 ゼラの身体が一瞬、完全に崩れ落ちた。
だが――次の瞬間、ゼラは自力で形を取り戻した。
「……はぁ……はぁ……俺は……負けない……」
ヴェルゼは目を見開いた。
「……すごいね、君」
ゼラは息を荒げながら睨んだ。
「……こんな……ひどい実験して……何がしたいんだよ……!」
ヴェルゼは静かに答えた。
「知りたかったんだよ。君が“味方かどうか”」
ゼラは言葉を失った。
ヴェルゼは続けた。
「ボクはね、ゼラ。壊れやすいものは嫌いなんだ。すぐ泣く、すぐ折れる、すぐ逃げる。そういう奴は、仲間にしたくない。魔王軍の弱点になるからね」
ゼラは黙って聞いていた。
「でも君は違う。弱いくせに、壊れない。魂が歪んでるのに、折れない。……面白いよ。本当に、面白い」
ヴェルゼはゼラの拘束を外した。
「ねぇゼラ。君はボクの“実験素材”じゃない」
ゼラは驚いた。
「……じゃあ、俺は……?」
ヴェルゼは微笑んだ。
「“仲間”だよ。壊れない心を持つ、ね」
ゼラの胸が熱くなった。
「……ありがとう、ヴェルゼ」
「礼はいらないよ。その代わり――」
ヴェルゼはゼラの肩をぽんと叩いた。
「次の実験にも付き合ってね」
「やっぱり実験するんじゃねぇか!」
ヴェルゼはいたずらっぽく笑った。
「もちろん。仲間なんだから、遠慮なく使わせてもらうよ?」
ゼラは頭を抱えた。
(……この人、絶対まともじゃない……でも……)
ゼラは小さく笑った。
(……悪い人じゃないんだよな)
その時、ゼラの触手から、一滴の粘液が床にたれ落ちた。粘液は泡立ち、研究室の床を溶かした。
「おおっ。これはなかなかの猛毒だね!もう少し出してみて!」
ヴェルゼは嬉しそうに言った。
こうして――ヴェルゼはゼラを“仲間”として認めた。
狂気と知性の狭間に立つ悪魔王は、ゼラの“壊れない心”に興味以上のものを抱いたのだった。
* * *
ちなみにゼラの抗議むなしく、廃薬品の投棄はその後も続けられた。
度重なる猛毒の投与により、ゼラは毒への耐性と、体内での毒生成能力を手に入れた。




