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怪奇事変

怪奇事変 標本

掲載日:2026/03/09

蝶の標本以外で見た事あるものって、博物館の恐竜ぐらいなんだよな…

第二十怪 標本


 標本――その名の通り、調べたり学んだりするために、その代表作品として集められ保存された品物の事。

 そこには様々なジャンルが散りばめられてあり、代表的なのは博物館であろう。

 その中でも特に有名なのは――ミイラ。

 古代エジプトなどが代表として挙げられる他、人体の骨格標本や臓器や組織の標本なども現存する。

 そう――これはあくまで生きとし生けるものに“学ばせるため”が目的である。

 ――が、しかし、その背景には恐ろしい事実も存在する。


 19世紀――

 1820年代――イギリスでは医学研究のための遺体が不足していた時代。

 2人の男がある目的のため、殺人を犯し“解剖用”としてその遺体を売買していた事が明らかになっている。

 金が目的であろうが、医学用の材料として売られた遺体の使い道に、その時代の者達は、その扱いを非人道的として問題視され、そこから解剖や遺体提供の法律が整えられたとも言われている。

 それでも犯罪は止まらなかった。

 20世紀では人体の収集や展示目的での犯罪が多く、コレクターとしてその使い道を考えていた猟奇的な思考をした人物も居たと言う。

 そう――学ぶとはかけ離れた、学術的ではなく己の自己自慢のための使い道として……。


 そして――その考えは、今も尚、この世に現存している。


 臓器売買で高額な金額を手に入れる代わりに、これらを重宝している人物――“人体収集家”。

 彼らはその“コレクション”のためなら生死すらい問わない、完全に人の道から外れた“外道”である。




 「井上君」


 「はい教授、もう少しで昆虫の標本が完成しますので、もうちょっとだけ……」


 「君は常に仕事熱心だがいかんよ、研究室にも時間が決まってる」


 「はい教授、でもあと少しで完成するんです!反省文なら今日帰ってから書きますから――」


 「このままだと警備員を呼んで君を無理やり拘束しなければならない」


 「……わかりました教授、明日にします」


 「うむ、時間は有限だが――君の時間はまだ多くある、そこまで焦る必要はない。標本の出来も、他の大学のと比べてかなり完成度が高いと評価されていたぞ」


 「ほ、本当ですか!?」


 「ああ、だが君の性格については、少し方向修正すべきだと思うよ、今後君が教授として活躍するならね」


 「わかりました……教授」


 「それでは帰りたまえ、夜道には気をつけてな」


 「はい、教授も気を付けて」

 

 研究室を後にした井上は大事そうに“あるモノ”抱えて部屋を後にした。

 学校の校門を目指しているとある人物と遭遇する。


 「井上……」


 「岡田……お前、残ってたのか?」


 「……ああ、気になってる研究が合ってね、追い出された」


 この岡田と言う人物も井上と同じ研究会の一員である。

 既に部屋に居なかったため、帰ったと思ったのだが、何故こんな所に居るのだろうか?っと疑問に思っていた所、鼻で笑われてしまう。


 「お前の言いたい事は分かる、大方なんで研究室に居なかったのに、こんな夜遅くまで校内に居たかって事だろ?」


 「ああ」


 「研究室だと教授が五月蠅(うるさ)いからな、別の部屋で作業してた所、別の教師にタイムリミットを告げられたんだ」


 「なんだ、俺と一緒か」


 「同じにするな、お前のはつまらない昆虫を飾ってるだけだろ」


 「な!?」


 「俺はもっと世の中に行き渡る標本を完成させる、発表会までには間に合わせるつもりだ、井上、お前とは研究会に入ってからどちらも互いに評価された身だが、今回は俺が勝つ」


 「勝ち負けの話なのか!?どちらが優れてるより、どちらの研究も此処から世界に配信できればそれで良いじゃないか!!」


 「お前とは論理的思考が異なるんだ、俺はあっちだからお前はこっちに来るな」


 「いや、バス停同じだろ、無茶言うなよ」


 2人は犬猿の仲である……少なくとも岡田訓(おかだみちる)の中では。

 一方の井上義(いのうえただし)はそうは思ってはいない。

 同じ仲間であり、時にライバルであり、最終的には同じ研究会の同士としてそれぞれの研究成果をリスペクトしあう存在として、彼を認めているのだ。


 それが岡田にとっては鼻につくのであろう。

 互いに切磋琢磨できる関係なら良かったが、それは井上と岡田にとって考えが全く違う意味となっていく。


 ――井上の自宅――


 「よし」

 

 先ほどから大事に包んであった布を剥がすとそこには昆虫の標本があった。

 どれも研究のために知り合いから譲り受けた“死骸”を丁寧に使って作り出された標本だ。

 その他にも部屋には昆虫以外だと動物や植物、鉱物と多種多様だが、井上が好んで居るのは昆虫であった。

 昔から彼は昆虫が好きで、飼育していた事もあって、そこから研究者として結びついていく。

 自分はいつか繁殖など標本ではなく生きた生物を育てる仕事に携わるであろうと何となく思っていたが、ある日を境に一遍する。


 「あの時は楽しかったな……」


 両親の仕事の都合上、どうしても忙しく、近所に付き合いのあった、友人のご家族に誘われて自然史の博物館に誘われた時、世界が変わった。

 まるで生きてる様だと連想させる美しい昆虫たち。

 動きはしないが、詳しく書かれた生態とその標本に見取られ、彼は小学4年から生と死に触れあい生活する事になる。

 それ以降も標本に携わる部活やサークルに入り、今の大学では研究会で生物学の標本を担当している。


 「教授には明日って言われたけど、今じゃないとダメなんですよ――ね」

 

 慎重にピンセットを使い微調整を咥えながら完成させていく標本は、今にも羽を羽ばたかせて自然界に飛びだとうとする蝶の様にも見えた。

 

 「おし、完成」


 インスタントの珈琲を漏れながら並べられた標本を目にし、それを見ながら珈琲を飲むのが彼の趣味。

 オタクでフィギュアを飾っている友人もいるが、それと同じだと感じる。

 好きな物は好きなのだから仕方ない、そう言う感じだ。


 「次は……えーっと」


 昆虫の標本は完成した。

 生物全般を公開するため、あと残された課題は鉱物と動物だろう。

 動物の方はある程度兆候として進んでいるが、鉱物の方はあまり進捗が望ましくない。


 「鉱物は俺より吉田の方が得意だからな……何もすること…ないか」


 天井を見上げながらふと岡田が何の研究をしていたのかが気になった。

 同じ研究会と言っても生物学に携わっているのは自分であるが、彼も同じ生物学だったはず……だが割り当てられたチームに彼の名前は――無かった。

 ならあの場で一体何の研究をしていたのか?


 「考えても仕方ないか、岡田は言ったんだ」


 自分よりも凄い標本を作る……と。

 既に生物学はある程度完成しているし、明日辺りに聞いてみるのもいいかもしれない。

 そう思い、ベッドに寝転んで就寝するのであった。


 

 「おはよう!」


 「うぃ~す」


 「吉田、鉱物の標本は」


 「まぁある程度、鉱石と研磨は終わってるから結晶標本ぐらいかな……」


 「……ふむ」


 鉱石も標本の種類が豊富だが大体大まかに3つに分類されており、先ほど言った鉱石標本・研磨標本・結晶標本となる。

 結晶は水晶などが使われており、中でも方解石は割れやすい事で有名で取り扱いもかなり慎重差が増すとの事だ。

 サンプルで送られてくるモノが破損しているケースもあるが、本物が現地で割れた時なんかは肝を冷した。

 それぐらい神経を使うって事だ。


 そして生物学の方に行くと、今回は昆虫標本を手掛けた訳だが、小動物標本……つまり魚や蛙などをアルコール漬けにしたものと、はく製がメインとなる。

 もっと細かく分類すれば植物や微生物、それから動物の内部や骨格などもあるが、そこは別のチームが分担して行われているため順調そうだ。

 

 「どうだ~」


 「井上さん、はく製が少し手こずってるようですね、骨や皮の処理、腐敗防止に防虫処置などもしてますから、順調なんですけど、任せた相手が新人でして……」


 「手こずってるって所か……まぁ最初は誰でもそうだよな」


 「はい、あ!分かってるとは思いますけど――」


 「手は出さないよ、彼らの経験にならないし。それより聞きたい事があったんだ、岡田って何処のチーム?」


 やはり研究室には来てないようだ。

 先ほどから辺りを見渡しているが見つからない。


 「岡田さん…ですか?確か小動物の方で色々やってましたが、直ぐに終えて“別の研究”があるとか」


 「“別の研究”?」


 「俺も詳しくは分からないんですか、別室を借りて研究をしてるそうで、しかも今日学校には来てないそうなんですよ」


 「……校内でできない研究」


 そんなものはルール違反になると思うが、井上は自分が言えた義理ではないかと心の中で突っ込む。

 もし岡田を追求しようものなら昨日持ち帰った標本の取り組みは何だ!?って突っ込まれそうだからなっと愚痴る。

 

 「でも最近……あくまで俺の感想ですけど、何か岡田さんの様子が変なんですよね」


 「変?」


 「やけに人の事をジッと見たり、部屋の人体模型を触れてブツブツ言ったり」


 「なんだろうね?」


 「俺も不思議なんですよね、暇を持て余してるとは言え……何かここだけの話気持ち悪くて」


 「顔が?」

 

 「ち、違いますよ!その視線とかですよ!なんて言うかまるで――これから解剖にかかる研究者って感じの」


 「ふ~ん……」


 そんな様子は微塵もなかったが、もしそう感じたならそうなのだろう。

 だがあの岡田が?っと考えてしまう。

 確かに自己肯定が強く他者との競い合いでは負ける事を嫌う頑固者ではあるが、それが引き金になって何かとんでもない事をしでかすような人物には見えないなと考えてる。


 「それに知ってますか?」


 「なにが?」


 「最近、失踪者が増えてるらしいですよ?」


 「ニュース?」


 「見てないんですか?」


 「うん」


 「はぁ……」


 呆れられてしまった。

 だがそれよりもその失踪者についてだ。


 「で、内容的には?」


 「警察も現在調査中なんですけど行方不明者が今月に入ってもう8人になるそうですよ」


 「8人は……多いね」


 「ですよね、何だか気味悪くて……」


 「でも、それと岡田が何の関係が?」


 「あの気味の悪い視線を感じた一部の生徒からは、岡田さんと無関係じゃないんじゃないかって噂が流れてまして……」


 「ふむ……」


 「随分前から博物館の展示会は決まってて、今月がピークじゃないですか?そこから一気にニュースが駆けめぐってきてまして、俺は無関係じゃないと思うんですよね」


 「……まあ、俺からも岡田見つけたら何の研究かは聞いとくよ」


 「え?まぁ、そこは知らなくても良いんですけど……」

 

 「じゃ頑張って」


 「は、はい」


 あれ?そう言えば、今日は教授見かけてないなっと今気づいた井上。

 まぁ何か小言を横で言われるよりはマシかと思い、自由時間でどれぐらいチームの進捗度が進んだかを見ていた。



 

 「おい、もう時間だ!早く切り上げて帰宅しろ!」


 教師の一声で現場の仲間たちは作業の手を止め「お疲れ様でした」と言い、研究室を出ていく。

 やはりその日、教授と岡田の姿は見えなかった。

 昼休みの時間に教員室で聞いてみた所、今日は有休休みだと言う。

 岡田に関しても欠席を取っているらしく、2人が偶然休んだ……と考えるのが自然な発想ではあるが――


 『でも最近……あくまで俺の感想ですけど、何か岡田さんの様子が変なんですよね』


 その一言が余計な思考力を展開させていく。

 2人が休んだのは偶然でなく計画性を持った休み……いや、流石に妻子持ちの教授が休みの日に家族との暮らしよりも学生を優先するとは到底思えない。

 ただの杞憂だと捨て帰路に着く。

 その際に、救急車が何台か通過していくのをみると、そこは井上の帰路の道中にある場所であった。


 「あの、何かあったんですか?」


 「通り魔だよ、いきなり後ろから殴られたんだってよ」


 「えぇ……」


 酷い話だ、確かに出血してるから相当強い力で殴られたのは見れば分かる。

 女性で年代的には20代ぐらいの女性だった。


 「大丈夫ですか?」


 「え、えぇ……大丈夫…ッ……」

 

 ではなさそうだ。

 至急、病院で処置してもらわないと、頭は非常に危険だからな。


 「あ、貴方!ッ……何処の学生?」

 

 「え?自分ですか??自分は天咲(てんしょう)学園の、生物学部の者ですが」


 「……曖昧なんだけど、殴った際に相手の顔は見れなかったけど、制服が……アナタとそっくりだった」


 「え?」

 

 「はいはい集まらないで、患者さんを運びますから!」


 救急隊の方に無理やりどかされ連れて行かれる女性。

 それにしても――自分と同じ制服とはどう言う事だ?っと井上は考える。


 『制服が……アナタとそっくりだった』


 『行方不明者が今月に入ってもう8人になるそうですよ』


 『その視線とかですよ!なんて言うかまるで――これから解剖にかかる研究者って感じの』


 まさか――あり得ない。

 それは絶対ないっと自分の中に生まれた考えを否定する。

 このご時世でその様なマッドサイエンティストの様な奇行に走る程、岡田は馬鹿じゃない。

 岡田ではない別の人物……いや、今日の欠席名簿を見れば明白だが、全てに目を通さなくとも事件の解決は警察が行ってくれるはずだ。

 

 「(そうさ、何も心配ない、何も……)」


 そうして井上の帰路に着くところを“ある人物”が凝視していた事に、まだ井上は気づけなかった。

 



 「今日もまた欠席か」


 「もう1週間、てか教授も体調不良なんて珍しいですよね?休みで羽を伸ばしすぎたんじゃないですか?」


 「かもな。とりあえず、標本の方は準備通りに終わったし、これから――」


 続きを言う前に扉が開くと、そこには岡田が立っていた。

 何事もないかのように進んで行き、井上の目の前まで来るとこう宣言した。


 「井上、見せたいモノがある。今から一緒に来れないか?」


 「岡田、お前……つうか、何か、金具臭いな、何かしてたのか?」


 「ああ、少し、いや、だいぶ大変だった、けどようやく完成した作品が合ってな、飾る前にお前に見せておきたいんだ」


 嫌な予感がする。

 この臭いは何処かで嗅いだ事がある臭い、それに生気の宿っていないような視線、その表情がより井上を不安にさせた。


 「それは――別に、此処で見せても良いんじゃ――」


 「此処じゃダメだ!!」


 凄まじい怒号の様な声で叫ぶ岡田。

 周囲の人間も何事かと井上達の様子を伺う。


 「教授だって居ないし、まずは教授に見せて――」


 「見せたくても教授は体調不良で休みだろ?まずはライバルのお前に俺との格差を教えてやる、良いから付いて来い」


 「岡田!」


 「付いて来ないなら別に良い、けど後悔するかもな?」


 「後悔?」


 「最近ニュースで殺人鬼がうろついてるんだろ?もしソイツにお前が狙われたりしたら、俺の作品は一生拝めなくなるからな」


 「……」

 

 見せる理由になっていない。

 何だか子供の口喧嘩の様な挑発を繰り返しているだけだ。

 岡田は何がしたいんだ、俺に何を見せたいんだっと葛藤する井上。


 「分かった、付いていく」


 「って、井上さん!?」


 「みんなは引き続き制作に集中しててくれ、俺は岡田の作品を見に行ってくる」


 「……後悔させないぜ」


 そうして学園を後にした。




 岡田の家は裕福な金持ちの家で独自のラボが存在できる程の豪邸と言った具合だ。

 とは言っても東京なのでそこまで私有地が広い訳ではない、あくまでそれだけの規模の物を揃える事が出来つつ、地下にその施設があるっと言った具合だ。

 先行する岡田に付いていくと、そこにはまるでゾンビゲームの様な実験施設が完備されていた。


 「これは……」


 「コレだ、コレが俺の集大成だ!!」


 布で覆われたモノを見せるとそこには本当に“ゾンビ”が存在していた。


 「な、なんだ……コレは……」


 「人の標本で最もミイラに近い存在!!見つけたんだ、俺は!!」


 「……岡田、お前、まさか――」


 「あ?もしかしてニュースの殺人鬼と連想でもしてんのか?」


 「ち、違うのか?」


 「ちげーよ、俺は殺ってねー」


 だがこれは……人――“だったモノ”。

 人体による標本は条件が存在する、コレが大学や医療機関で管理されているモノだとしても、それを岡田が所持しているのは筋が通らない。

 かと言って、何かしらで亡くなられた遺族から引き取るにしても個人でその様な事をすることはできないはずだ。

 ならば――やはり――


 「岡田、落ちたな、お前、人を殺めた……だろ」


 ゆっくりと後退しながら武器になるような物を探す。

 そんな俺の姿に岡田はニヤリと笑いながら話す。


 「落ち着けよ、友よ。俺は本当に人を殺しちゃいないって」


 「なら何でーー」


 「19世紀に行われた犯罪をお前も知ってるだろ?」


 「……提供か!?」


 「そう、俺はマジで殺ってない、ただ資金提供――いや、素材提供してもらっただけだよ!!」


 「酷い事を……!」


 「何怒ってんだ?実証をする為に必要な行為だろ?」

 

 「その為に欠席して、遺体をいたぶってたのか?」


 「んな事してねーよ」


 「個人で遺体を取り扱う事なんてできない、医療機関や大学、警察じゃなきゃそれは死体遺棄と同じだ」


 「……法律の勉強は堅苦しくて俺には肌に合わん」


 「違う!お前のやってる事は、非人道的な行為だって言っている!こんなモノを見せる為に俺達は標本を作ってるんじゃない!!」


 その言葉に反応した岡田はぐるりと目玉を周る様にこちらを見つめた。

 

 「こんなモノ……だってさ――“先生”」


 「……は?」


 何を言っているんだ、これが先生なはず――。


 「もう数週間経つんだぜ?長期欠勤っても限度があるだろう、依頼した奴等、女性にしろって言ったのに……老いぼれ担いで来やがって」


 「……ニュースの…さっきあった女性を殴ったのも!?」


 「ああ、多分、依頼している連中だろ?」


 まるで他人事の様に話す岡田。

 コイツの心の中には――人の心は存在しないのか?

 自身の知的好奇心さえ満たせれば、それが恩師であろうが親友であろうが、関係ないっと言う事のなのだろうか?

 怒りが湧いてくる、コイツを野放しにしておけば、犠牲者が増える一方だ。


 「まぁアイツ等も馬鹿だからな、失敗したら標本にしてやろうと思ってたけどしっぱ――」


 「フン!」


 近くに置いてあった長物で岡田の顔面を強打し、そのまま逃走するも、ドアノブに触れた瞬間――


 「ガァァァァァァァ!!??」


 凄まじい衝撃が身体を駆け巡った。

 そのまま倒れ込む井上と交代するように起き上がる岡田は患部を抑えつつ、笑いながら語った。


 「電流だ、仕掛けがあるんだよ、マウスを逃がさない為の――な!!」


 「マウス……だと」


 「標本が完成した!――てのは嘘だ、最も憎むべき最も疎むべき存在、そんな存在を標本にしたらどうなるのか、俺は試したくて仕方ないのさ」


 「……その為に、俺を?」


 「ああ、何となくわかってたんじゃないか?」


 「……フ、お約束じゃないか、呆れたよ。学者の風上にも置けない」


 「安心しろ、お前の物差しで測る学者の域はただの凡人だ、神に近い成果を出すためなら、俺は喜んで魂さえ差し出す!」


 「イカレ……野郎」


 意識が朦朧としてくる。

 何かごちゃごちゃ言っているが、その言葉が井上に届く事は――なかった。

 

 その後、警察の必死の捜査によって、岡田訓は捕まった。

 同時に天咲学園に努める教授がDNA検査によりあのゾンビの遺体から取れた事で本人と一致した。

 井上義は拘束されており無事に解放されたが、何やら薬を投与されたせいで、しばらく呂律も身体も動かない生活が続いた。


 だがようやく――


 「先生、ありがとうございました!」


 「いえいえ、無理はなさらず」


 「井上、心配したぞ」


 「……」


 「井上?」


 「え?あ、ああ……すまん」


 「残念だったな、教授。まさか岡田があんな事をしてるなんて――」


 「そう……だな」


 「お前もショックだったろうよ、悔しいが博物館の展示は中止だ」


 「……そうか」


 「案外普通だな、もっと驚くと思ったんだが」


 「いや……綺麗だなって」


 「は?」


 「いや、なんでもない」


 そう、岡田訓の狂気の宴は幕を閉じた。

 だがその熱は――序章に過ぎない。

 

 「本当綺麗だな――人って」


 そう――“呪い”として引き継がれていくのだ。


 第二十怪 受け継がれる標本制作

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