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第7話

いつものスーパーへ向かう道を歩きながら、私は少しだけ胸を張っていた。

 ここはよくお兄ちゃんと一緒に行くスーパー。

 でも今日は、私ひとりで行けるもん。


 お兄ちゃんはいつも言う。

「かれんは方向音痴だからな」って。

 そんなことないもん、と思いながら手提げをぎゅっと握る。


 春の風が髪を揺らして、スカートの裾をふわりと揺らした。

 信号を渡ると、スーパーの赤い看板が見えた。


 店に入ると、聞き慣れたレジ音と、魚売り場の呼び込みの声。

 私はまっすぐ調味料コーナーへ向かった。


 しょうゆ、しょうゆ……。

 棚の上のほうに並ぶ瓶を見つけて、背伸びして手を伸ばす。

 よし、取れた!


 レジで会計をすませると、袋の中で瓶がかたんと音を立てた。

 「うん、買えた!」

 袋を見て思わず笑みがこぼれる。


 スーパーを出て、夕焼けの空を見上げた。

 「よし、帰ろう!」

 お兄ちゃん、きっと褒めてくれるかな? なんて考えながら足を進める。



 そのとき、道の脇で小さな鳴き声がした。


 「にゃー」


 「……猫ちゃんだぁ」


 夕陽の中に見えたのは、一匹の黒猫だった。

 つやのある黒い毛が光を受けてきらりと輝く。

 近づくと、逃げるどころか足もとにすり寄ってきた。


 「かわいいねぇ。飼い猫さんかな?」


 頭を撫でると、猫はもう一度にゃーと鳴いた。

 その声はどこか人に話しかけるみたいで、思わず笑ってしまう。


 「なぁに?」


 猫は私の顔を見上げて、くるりと向きを変える。

 とことこ、とことこ。少し進んでは、振り向いてまた鳴く。


 「ついてきてほしいの?」


 気づけば、私はその小さな黒い背中を追いかけていた。



 どんどん進んでいく猫ちゃん。

 「どこまで行くのー?」と話しかけると、また「にゃー」と返ってくる。

 それがなんだか会話みたいで、ちょっと楽しくなってきた。


 けれど――気づけば見覚えのない道に立っていた。

 猫ちゃんが急に走り出し、「まって!」と小走りで追いかける。

 けれど、次の瞬間には竹やぶの奥に消えていった。


 入口には、赤い文字で『立入禁止』の札。


 「……入っちゃだめだよね」


 そう思って立ち止まった瞬間、はっとした。


 (ここ、どこ?)


 あたりを見渡しても、知ってる道じゃない。

 少し焦って、ポケットを探る。


 「スマホ……!」


 けれど、リビングの机の上に置きっぱなしにしてきたことを思い出した。


 「どうしよう……」


 胸がぎゅっとして、泣きそうになったそのとき――


 「どうしたの?」


 優しい声が聞こえて、私は顔を上げた。



 そこに立っていたのは、見たことのある制服のお姉さん。

 淡いピンク色のツインテールが、夕陽に染まってきらきら光っている。


 「……迷子になっちゃって」


 ぽつりと言うと、お姉さんは少し考えてから笑った。


 「大丈夫。お姉ちゃんに任せて!」


 その言葉に、胸の中の不安がふっと溶けていく。


 「ありがとう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃん――花咲ひよりさんは、そう名乗ってくれた。

 私の手をやさしく握って、しょうゆの袋も持ってくれた。


 「どこに行きたいの?」

 「えっと……いつものスーパーからの帰り道なんだけど……」

 「よし! じゃあ一緒に帰ろっか!」


 夕焼けに染まる道を、二人で歩く。

 風が吹いて、ひよりお姉ちゃんの髪が揺れた。

 その風に乗って、ガーベラの花みたいな甘い香りがした。



 「お兄ちゃん、どんな人?」


 ひよりお姉ちゃんに聞かれて、少し考えてから答えた。


 「すっごく優しくて、ちょっと心配性なの!」


 「ふふ、いいお兄ちゃんなんだね」


 ほんとに、いいお兄ちゃんなの。

 でも――今ごろ、心配してるかも。


 そう思って少しうつむいたそのとき、角を曲がった先に――


 「……お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんの姿が見えた。


 思わず駆け寄って、腕に飛びつく。

 「お兄ちゃん、ひよりお姉ちゃんに助けてもらったの! すっごく優しかったんだよ!」


 蓮は一瞬驚いたあと、ひよりの方を見た。

 「そうか……ありがとう、花咲さん」


 そう言って頭を下げるお兄ちゃんに、ひよりお姉ちゃんはあたふたと手を振った。

 「ううん、そんな! たまたま会っただけで!」


 ……その瞬間、私は気づいた。

 お兄ちゃんがひよりお姉ちゃんを見たとき、

 どこか、今まで見たことのない表情をしていた。


 なんだか不思議で、少しくすぐったくて、

 私はそっとひよりお姉ちゃんの手を握った。


 「ねぇ、ひよりお姉ちゃん。よかったら一緒にご飯食べない?」


 もっと仲良くなりたい。

 それに――お兄ちゃんとお姉ちゃんが仲良くなってくれたら、

 きっともっと楽しくなる気がしたから。

 

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