表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

第5話

初めての登校日が終わった放課後。

花咲ひよりは、胸の奥がぽかぽかするような満足感に包まれていた。

クラスにはすぐに馴染めそうだし、みんな優しかった。

「またね〜!」

笑顔で手を振ると、「また明日ね!」と返してくれる声があちこちから聞こえる。

ひよりは嬉しくて、思わずスキップした。

光が丘学園で迎える初めての放課後。

“すぐ帰る”なんて考えはまったくなかった。

――探検だー!

そんな気分で、ひよりは学園の外へ飛び出した。


文房具屋さんに駄菓子屋さん、広い公園に、花屋さん。

目に映るすべてが新鮮で、どこを見ても楽しい。

花屋の前で足を止めると、ショーウィンドウには色とりどりの花が並んでいた。

「綺麗……」

思わず声が漏れる。

その声に気づいた店員の女性が、やさしい笑みで声をかけてきた。

「なにかお求めですか?」

「いえ、その……お花がすごく綺麗だなって思って!」

ひよりの言葉に、店員はふっと嬉しそうに笑う。

「ありがとう。毎日お世話してるから、そう言ってもらえると嬉しいな」

そう言って、棚の中から一輪の花を取り出した。

ピンクのガーベラ。

「あなたにぴったりだと思って。よかったら、どうぞ」

「えっ、いいんですか!?」

瞳をキラキラさせて両手で花を受け取るひよりに、

お姉さんはくすっと笑った。

「その笑顔も、お花みたいに素敵ね」


花屋をあとにしたひよりは、るんるん気分で街を歩く。

通りの風が頬を撫で、ガーベラの花びらがゆらりと揺れた。

ふと前方を見ると、

赤茶色の髪を三つ編みにした、小学生くらいの女の子が立ち止まっていた。

キョロキョロとあたりを見回し、不安そうにしている。

気になって近づき、「どうしたの?」と声をかけると、

女の子はびくっとしてから、ぽつりとつぶやいた。

「……迷子になっちゃって」

「そっか……」

ひよりは一瞬だけ焦る。

この街には昔少しだけ住んでいたけれど、

戻ってきたばかりで道にはあまり詳しくない。

でも――目の前で不安げに俯く子を放ってはおけない。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて!」

胸を張ってそう言うと、少女――かれんはほっとしたように笑った。

「ありがとう、お姉ちゃん」

ひよりはかれんの手を握り、もう片方の手でスーパーの袋を持つ。

かれんが持っていたのは、小さな買い物袋。

きっと、家族のお手伝いをしていたんだろう。

「どこに行きたいの?」

「えっと……いつものスーパーからの帰り道なんだけど……」

「よし! じゃあ一緒に帰ろっか!」


夕焼けに染まる道を、二人で歩く。

途中で風が吹き、ひよりの髪とガーベラの花がふわりと揺れた。

「お兄ちゃん、どんな人?」

ひよりがそう聞くと、かれんは胸を張って答えた。

「すっごく優しくて、ちょっと心配性なの!」

「ふふ、いいお兄ちゃんなんだね」

――“優しい兄”。

その言葉がなぜか心に響いた。

ひよりは、自分でも分からない懐かしさを覚える。

けれどすぐに笑って、「早く会えるといいね」と言った。


角を曲がったとき、かれんがぱっと顔を上げる。

「お兄ちゃん!」

ひよりがそちらを見ると、

夕陽の逆光の中に、一人の男子生徒が立っていた。

どこかで見覚えのある制服姿。

……え?

目が合った瞬間、息が止まった。

その顔は――今日、同じ教室で見た人。

まさか、と心の中でつぶやく。

でも確かに、かれんは彼の腕に飛びついた。

かれんは満面の笑みで兄の腕を掴んだまま、

ひよりのほうを向いた。

「お兄ちゃん、ひよりお姉ちゃんに助けてもらったの! すっごく優しかったんだよ!」

「そうか……ありがとう、花咲さん」

彼――望月くんが頭を下げると、ひよりは慌てて手を振った。

「ううん、そんな! たまたま会っただけで!」

するとかれんが、ひよりの手をぎゅっと握って言った。

「ねぇ、ひよりお姉ちゃん。よかったら一緒に家でご飯食べない?」

「えっ!?」

不意の誘いにひよりは目を瞬かせる。

「うん! お兄ちゃんもきっと嬉しいと思うの!」

そう言って、かれんは期待に満ちた目で兄の方を見上げた。

「ね? いいでしょ?」

「……はぁ、まったく」

少しだけため息をついた望月くんは、ひよりの方に視線を戻す。

「花咲さんがよかったら、家に来る?」

「え、あ、えっと……」

まさかそんな展開になるとは思っていなかったひよりは、

ガーベラの花を持つ手を見つめて一瞬考える。

そして、嬉しそうに笑うかれんの顔を見て――

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

夕暮れの光が三人を包み込む。

春の風が、ふわりとガーベラの花びらを揺らした。

――それが、彼らの日常が少しずつ重なり始めた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ