第21話
朝の柔らかな光が、通学路の並木道を照らしている。
いつもなら弓道場で朝練に励んでいるはずの蓮は、今日、珍しくゆっくりとした足取りで歩いていた。部長の篠原先輩から「たまにはしっかり休養を取るのも稽古のうちよ」と言われ、今朝は部活が休みになったからだ。
「あ、蓮くん! おはよう!」
後ろから明るい声がして、振り返るとひよりが歩調を速めて近づいてくるところだった。
「……おはよう。今日は若葉と一緒じゃないんだな」
「うん、学海ちゃんは今日、生徒会の朝集会があるんだって。蓮くんこそ、朝練がないなんて珍しいね」
「ああ。部長にたまには休めと言われてな。今朝は休みになったんだ」
そんな他愛もない会話をしながら、二人は並んで学校へ向かう。ひよりと名前で呼び合うようになってから、こうした何気ない登校風景も、蓮にとって少しずつ自然なことになり始めていた。
――だが、そんな穏やかな時間は、昼休みに起きた予期せぬ出来事で一変することになる。
お昼を食べ終え、午後の授業に向けて廊下を歩いていた蓮は、ふいに背後から腕を掴まれた。
「わっ、なんだ……!?」
驚く間もなく、そのまま近くの空き教室へと引きずり込まれる。そこに立っていたのは、不敵な笑みを浮かべた白衣の少女、思議乃不可だった。
「先輩、いいところに〜!」
「……お前か。何の用だ」
「先輩には私の実験に付き合って欲しくて! ささ、とりあえずこの中入って!」
不可は蓮を連れてくることを最初から計画していたようで、勢いよく彼の背中を押した。
「おい、押すな! どこにそんな力があるんだよ!」
蓮は眉をひそめて抵抗しようとしたが、不可の不思議な力に押され、教室の真ん中に置かれた奇妙な機械の箱の中へと促されてしまう。
その瞬間、箱の奥から微かな声が聞こえた。
「……蓮くん!?」
「えっ、ひより……!?」
なぜか既に箱の中にいたひよりと目が合った瞬間、不可の元気な声が響き渡った。
「じゃあ、イレカワール君、起動!」
不可がスイッチを押し込んだ刹那、箱の周囲をバチバチと青い電気が駆け巡る。激しい光に包まれながらも、中にいる二人に痛みはない。ただ、一瞬だけ視界がぐにゃりと歪むような感覚に襲われた。
やがて光が収まり、機械の扉がゆっくりと開く。
蓮は少しふらつきながら一歩外へ踏み出し、不思議な実験を強行した思議乃に向かって口を開いた。
「おい……思議乃、いい加減に――」
固まった。
自分の口から出たのは、いつもの低い声ではない。
柔らかくて高い、ひよりの声だった。
「え……?」
慌てて横を見ると、そこには「自分」が立っていた。
鋭い目つきに、見慣れた制服。目の前に、望月蓮の姿をした人間が、驚愕の表情で自分を見つめている。
「な、なんで私が、蓮くんの姿に……!?」
自分の姿をした人間が、ひよりの声で絶叫した。
それを見た不可は、ぱあっと顔を輝かせ、るんるんでスキップをしながら近づいてくる。
「大成功! 実験は完璧ね。おめでとう、あなたたち、中身が入れ替わったのよ!」
「「えええええええええええっ!?」」
教室中に響き渡った二人の悲鳴が、新たな騒動の幕開けを告げた。




