第17話
校内集会での理事長の一言で決まった、今日、花見山へ登るというイベント。
光が丘学園の生徒たちは花見山の麓に集まっていた。花見山は学園からほんの少し離れた場所にあり、標高としてはそこまで高くはなく、過酷なものではない。どちらかというと、ハイキング程度の山だ。
今回、理事長がなぜ山登りなどと言い出したのかは蓮にはわからない。
(いい運動になるし、足腰を鍛えるにはちょうどいい)
蓮はそう思いながら、淡々と山を登り始めた。
しばらく登っていると、聞き慣れた明るい笑い声が聞こえてきた。
そう、花咲ひよりだ。
俺を見つけた花咲さんは、満面の笑顔で手を振って駆け寄ってきた。
「望月くーん!」
その少し後ろには、同じクラスの若葉学海もいる。なぜか、俺と花咲さんと若葉の三人で登ることになっていた。
「わあ、空気が美味しいね!」
なぜかるんるんに登る花咲さんを見て、蓮は(この人はなんか相変わらずだな)と呆れたような、妙に落ち着くような気持ちになる。
若葉が蓮に問いかけた。
「望月くんとひより、仲良いの?」
仲良いというか――と、蓮は返答に困った。
「妹が世話になってな」
蓮はそれだけを伝える。
「ふーん」
どうやら期待していた返答ではなかったのか、若葉は一言だけ言って、少し先に進んでいたひよりの方へと足を進めていった。
蓮もその後を追う。
少しすると、後ろからどたどたと音がした。走ってきている。
振り向くと、生徒会長が理事長であるルナをおんぶして、こちらに向かってくる光景が目に入った。
そのありえない光景に、ひよりと蓮はびっくりして足を止めた。学海は、ああ、とでも言うように苦笑いを浮かべている。
走ってくる生徒会長たちのさらに後ろを、走ってはいないものの、妙にどこか早く感じる、でも優雅に歩く部長の篠原琴羽先輩の姿があった。
篠原先輩は蓮に目をやり、「どうも、望月くん」と名前を呼んで微笑んだので、蓮は小さく挨拶を返した。
生徒会長が息を切らしている中、ルナが言った。
「ありがとう、悠真。とりあえず、一旦ここで下ろしてちょうだい」
それに対し、生徒会長は疲労困憊といった様子で「おれはタクシーか」とぼやきながら、ルナを下ろした。
ルナはひよりの方に行き、尋ねた。
「楽しめてるかしら?」
ひよりは屈託のない笑顔で答える。
「うん!楽しいよ!私、こういうの登ったことないし、みんながいるから!」
ルナは「そう」とどこか少し嬉しそうに答えると、続けた。
「頂上までいくと、更に楽しいのが待っているわよ」
そしてまた、悠真と呼ばれた生徒会長に「悠真、進むわよ」と一言。生徒会長はため息をつきつつもおんぶをする。
(何だこの光景は……)
蓮とひよりが圧倒されて立ち尽くしていると、学海が明るく言った。
「行くよー!」
どうやら、生徒会ではあのような光景は日常的なようだ。
ようやく頂上に着いた時には、既に夕方になっていた。
「わぁ、すごい」
隣からひよりの声がする。
そう、ここからは花崎市が全部見渡せるようになっていた。夕焼けに染まり始めた街並みが広がる。
「すごいでしょ」と理事長がひよりに言う。
「ここからの景色、すごいおすすめなのよ。ここまで頑張って登って見る景色は最高でしょ?」
その言葉に、学海がすかさずツッコミを入れた。
「いや、ルナは自力じゃなかったでしょ」
その言葉を聞き、蓮が目をやると、木陰で座り込んでいる生徒会長と、彼に水を渡している篠原先輩の姿が見えた。
(お疲れ様です……)
蓮は思わず心の中で呟いた。
そんなやり取りの後、学海はふと思い出したようにルナへ問いかけた。
「ところで、ルナはここに来たことあるの? なんだか詳しいみたいだけど」
ルナは遠くの街並みを見つめたまま、静かに首を振った。
「いいえ、初めてよ。……ずっと、来てみたかったの。ある人がね、『ここからは、いい景色が見える』って言っていたから」
そう言うと、ルナは隣にいるひよりを、どこか愛おしそうに、あるいは懐かしむような視線でチラリと見やった。
ひよりはその視線には気づかず、「本当に最高だね、連れてきてくれてありがとう、ルナちゃん!」とはしゃいでいる。
(……ある人?)
蓮はルナのその一瞬の視線の意味を測りかね、夕焼けに染まる二人を黙って見つめていた。
周りを見ると、他の生徒たちは皆、写真を撮りあったりと、ここからの景色を思い出として楽しんでいるように見えた。
(たまにはこういうのもいいのかもな)
蓮は、夕焼けに染まる街を見下ろしながら、そんな気がした。




