第13話
ホームルームが終わり、放課後のざわめきが教室を満たしていた。
望月蓮は、自分のデスクの横にあるバッグの中をちらりと見た。中には、母親から託された桜色のリボンがかかったお菓子の入った紙袋が入っている。
(いつ渡そうか)
朝の教室前での気まずい遭遇の後、結局渡す機会はなかった。放課後、人目につかない場所で渡すべきか、それともまた今度にするべきか。
そんなことを考えているうちに、気がつけば花咲ひよりは教室から姿を消していた。
(どうすればいいんだ)
蓮はため息をついた。頭の中にモヤがかかったままだが、部活の時間は迫っている。
バッグを肩にかけ、弓道部の道場へ向かった。
道場はいつも通り静かで、張り詰めた空気が漂っている。
今日は、部長である篠原先輩が生徒会の集まりでいないため、道場にいるのは蓮と数人の部員だけだ。
集中しなければならない。そう頭ではわかっているのに、的に向かって矢を構えても、なぜか意識は紙袋のことや、ひよりのことに戻ってしまう。
矢を射抜くたびに、わずかに的を外れる。今日はどうにも調子が悪い。
「くそ……」
的に命中しなかった矢を見て、蓮は静かに舌打ちをした。
(今日はダメだ)
蓮はすぐに弓を下ろし、練習を中断して帰ることにした。こんな状態で続けても、雑念が増えるだけだ。
道場から部活の荷物を持って昇降口へ向かう廊下。
手に持ったバッグの中に、まだ紙袋が入っている。
(渡すタイミングを逃した。また明日か……)
そう思って前を見た、ちょうどその時。
前方に、昇降口へ向かう廊下で、こちらに向かってくる花咲ひよりの姿があった。
「あ……望月くん」
ひよりが小さく声を上げた。
「部活、終わり?」
ひよりは緊張しつつも、自然な口調で話しかけてくる。
「あぁ」
蓮は短く返す。
「ね、部活って何部なの?」
ひよりは尋ねた。
「弓道部だ」
会話が、またすぐに途切れた。無言の空間が二人を包み込む。
蓮は紙袋のことを言えず、ひよりは気まづい雰囲気に言葉を探しているようだった。
その無言を破ったのは、ひよりの方だった。
「あのね、昨日のご飯、ありがとう」
ひよりは少し顔を上げ、蓮の目を見て言った。
「本当に美味しかったよ。」
「いや……」
蓮は思わず視線を逸らした。ふいに顔に熱が集まるのを感じた。少しだけ照れてしまった。
(調子が狂う……)
蓮はため息をごまかすように、バッグから紙袋を取り出した。
「これ、母さんが。かれんが世話になったからって」
蓮はぶっきらぼうに紙袋を突き出した。
ひよりは目を丸くして、すぐに笑顔になった。
「わあ!ありがとう。望月くん、お母さんにもありがとうって言っておいてね」
ひよりが紙袋を受け取ったことで、蓮の目的は達成された。なのに、次の言葉は衝動的に口から滑り出ていた。
「……また、来てくれないか?」
言った瞬間、自分らしくない言葉に動揺する。なぜこんなことを言ったのか。
「か、かれんが喜ぶからだ」
蓮はすぐに付け加えた。動揺を隠すように、低い声で。
「うん!」
ひよりは屈託のない笑顔で答えた。
「もちろん。また、かれんちゃんに会いたいな」
ひよりの笑顔が眩しくて、蓮はさらに調子が狂うのを感じた。なぜ、こんなにもこの少女にペースを乱されるのだろう。
二人は並んで昇降口へ向かって歩き出した。
静かな廊下を歩きながら、蓮はずっと気になっていたことを、ついに口にした。
「花咲さん」
「ん?」
「花咲さんって……お兄さんとか、いたりするか?」
ひよりは、きょとんとした表情で蓮を見た。
「え、なんでそんなこと聞くの?」
「いや、ただの気まぐれだ」
「うーん、いないよ。私、一人っ子だから。蓮くん、妹さんがいて羨ましいなあって」
ひよりはあっさりと言った。
兄妹に憧れるような、普通の少女の口調だった。
きっと、あの人と同じ苗字なのは、ただの偶然だったのだろう。
蓮は、そう自分に言い聞かせた。




