第11話
昨夜の望月家のあたたかさが、まだ身体に残っているようだった。
ホカホカの肉じゃがの優しい味、かれんちゃんの無邪気な笑い声、そして望月くんの少し照れたような表情。枕元に置いたピンクのガーベラが、今朝も穏やかに香っている。
(本当にあたたかくて美味しいご飯だった)
学校に行ったら、望月くんに改めてお礼を言おう。何かお礼のもの用意するべきだったかな……。
そんなことを考えながら、ひよりは春の陽光の下、まだ慣れない通学路を歩き始めた。
まわりにはチラホラと私と同じ制服の人達が歩いてる、仲良さそうに友達と歩いてる人、少しまだ距離があるようなでも幸せそうなカップル。いいな一緒に登校とか。
そんな事を考えてると。
「花咲さん!」
後ろから明るく声をかけられ、ひよりは振り返った。
立っていたのは、若葉学海さんだった。彼女は、少し息を切らしながらも、爽やかな笑顔を向ける。
「おはよう!よかったら、一緒に登校しない?」
「あ、うん!おはよう、若葉さん」
急でびっくりしたけど凄く嬉しかった。
隣に並んで歩き始めると、学海さんがふと言った。
「ね、若葉さんじゃなくて、学海でいいよ。その方が話しやすいでしょ?」
「わかった。じゃあ、私もひよりでいいよ。よろしく、学海ちゃん」
「うん、ひより!」
学海ちゃんはにっこり笑った。
「困ったことあったりしたら、遠慮なく言ってね。この学校のことなら、たいていのことは知ってるから!」
その面倒見の良さに、ひよりの心が軽くなる。学海ちゃんは、クラスのことや先生のこと、この街のおすすめの場所など、次から次へと楽しい話題を提供してくれた。
「ひよりは、この学校はどう?馴染めそう?」
「うん。学海ちゃんとか、みんな優しいから」
そんな他愛ない会話を交わしていると、自然と笑顔がこぼれた。
学校の門に近づいた、ちょうどそのとき。
横を、一台の高級そうな黒いセダンがゆっくりと通り過ぎていった。
「わあ……すごい、高そうな車!」
思わずひよりはテンションが上がり、目を輝かせる。
「あれ、天光院さんの家の車だよ」
学海ちゃんが静かに教えてくれた。
セダンは学校のロータリー前で止まり、光が丘学園の制服を着た落ち着いた雰囲気の男性が降りてきて後部座席のドアを開ける。
その男性は、隙のない立ち姿で、少女をエスコートした。
そこから、金色の明るい髪の少女が、ゆっくりと降りてきた。
制服を完璧に着こなし、その佇まいだけで周りの空気が変わるような、華やかで、どこか近寄りがたい雰囲気を持っていた。
「あれが、天光院玲奈さんだよ。うちの学校じゃ、ちょっと有名なんだ」
学海さんが、少し声を潜めて説明する。
「有名?」
「うん。あまり良い噂は聞かないね、わがままな財閥のお嬢様とか言われてるよ。」
ひよりは、その華美な少女に思わず見入った。
そのとき、ひよりはふと、天光院さんと目が合ったような気がした。
彼女は何も言わず、ただまっすぐに前を見ていたが、その一瞬の視線には、冷たい光が宿っているように感じられた。
学海ちゃんが慌てて笑って話を逸らした頃、二人は教室の扉の前に着い瞬間
廊下の反対側から、望月蓮と、隣に立つ水無瀬文音が現れた。四人は教室の入り口で、ぴたりと鉢合わせになった。
どうしていいかわからなくてひよりはつい笑顔が消える。
蓮とひよりの視線がぶつかり合ったが、ひよりはなんとなく気まずくて、何も話せないでいた。
「望月くん、どうかしたの?」
水無瀬さんが望月くんに尋ねる
望月くんは、水無瀬さんにも背中を向けたまま、低い声で答えた。
「いや、なんでも」
四人の沈黙は長く続かず、望月くんはそのまま教室へと入っていく。ひよりは、その背中を見つめることしかできなかった。




