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流海の城  作者: 双鶴


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6話

満月から十日が過ぎた頃、流海の水面に再び異変が現れた。西の水門近くに、小田氏の舟が三艘、静かに停泊していた。旗は掲げられておらず、武装も見えなかったが、舟の動きは明らかに偵察のそれだった。


沙夜は水門の開閉を絞り、舟の城の配置を再調整した。防衛の備えは整っていたが、戦を避けるためには、先に動く必要があると判断した。


「こちらから話を通す。動かねば、動かされる」


そう言って、沙夜は一艘の舟に乗り、白布を掲げて水門を越えた。同行したのは、商人の弥八と若き漁師の陸。弥八は交渉に長け、陸は水路に通じていた。


小田氏の舟は、流海の外縁に停泊していた。舟の上には、甲冑を着た武士が三人、控えていた。中央にいたのは、家老筋と見られる中年の男だった。


「流海の者か。名を名乗れ」


「沙夜と申します。流海に集う民の代表として参りました」


男は沙夜を見下ろし、舟を寄せるよう指示した。舟が並ぶと、男は口を開いた。


「この地は、我ら小田家の水域に属す。無断の居住と交易は、咎めを受ける」


弥八が一歩前に出た。


「交易はすでに許可を得ております。塩と薬草の交換は、貴家の使者と取り決めた通り」


男は鼻を鳴らした。


「それは一時の便宜。恒常の許しではない。舟を繋ぎ、城を築くとは、いささか度が過ぎておる」


沙夜は静かに答えた。


「我らは城を築いたのではありません。舟を繋ぎ、火を灯し、命を繋いでいるだけです」


男はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「ならば、年貢を納めよ。塩の一割、魚の二割、薬草の半分。舟の数も制限する。水門の開閉は我らが定める」


弥八が抗議しかけたが、沙夜が手で制した。


「持ち帰って、民と相談いたします」


男は頷き、舟を返した。


舟の城に戻ると、沙夜はすぐに会合を開いた。源蔵、藤兵衛、妙蓮、弥八、陸、澪――主要な者たちが集まった。


「年貢を納めれば、交易は続けられる。だが、水門を奪われれば、命を握られる」


源蔵が言った。


「水門を制されれば、舟は沈む。それは、首を差し出すのと同じだ」


藤兵衛は拳を握った。


「塩の一割はまだしも、薬草の半分は過ぎる。病人が出れば、どうする」


妙蓮は静かに言った。


「祈りの場を奪われることはない。だが、祈りの火を絶やせば、心が崩れる」


弥八は唇を噛んだ。


「交易を断てば、孤立する。だが、従えば、搾られる」


沙夜は皆の言葉を聞き、舟の地図を広げた。


「水門は我らが守る。交易は続ける。ただし、年貢は交渉する。塩の一割、薬草は三割まで。水門の開閉は譲らぬ」


陸が言った。


「舟を動かせば、逃げられる。だが、ここを捨てれば、もう戻れぬ」


澪が続けた。


「ならば、動かずに備える。舟を繋ぎ直し、外縁に見張りを置く。水門の縄は、我らの手に」


沙夜は頷いた。


「交渉は続ける。だが、備えは崩さぬ。舟の城は、誰にも渡さぬ」


その夜、舟の城では、火が静かに灯された。舟の間には網が張られ、水門には見張りが立った。舟の底には薬草が隠され、塩俵は板の下に積まれた。


沙夜は舟の先に立ち、水面を見つめた。風は止み、葦は揺れ、鳥が鳴いた。


舟の城は、揺れていた。だが、沈んではいなかった。


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