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流海の城  作者: 双鶴


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5話

春の風が湖面を撫でる頃、流海の舟の城では、民の動きが再び活気を帯び始めていた。襲撃に備えた防衛と脱出の準備は続けられていたが、それと並行して、暮らしを立て直すための作業も着実に進められていた。


交易の再開に向けて、商人の弥八は塩の流通路を整えた。湖岸の塩村では、漁師たちが製塩を再開していた。葦を刈り、塩田を整え、火を焚いて塩を煮詰める。弥八は舟で塩を運び、舟の城の一角に塩俵を積み上げた。


「塩は命を繋ぐ。魚を守り、肉を保ち、薬を効かせる。戦があろうとなかろうと、塩は必要だ」


彼はそう言い、交易の再開を小田氏に打診した。小田氏は警戒を続けながらも、塩と薬草の交換に応じる姿勢を見せた。舟の城には、交易用の舟が一艘、外縁に停泊するようになった。


一方、宗教者の妙蓮は、祈りの場を整え直していた。焼け残った仏像を舟の中央に祀り、香を焚き、祭礼の準備を進めた。彼女は、かつて鹿島神宮で修行を積んだ尼僧であり、戦で寺を失い、流海に流れ着いた。


「祈りは、民の心を繋ぐ。舟の上でも、香は立ち、声は響く」


妙蓮は、祭礼の日を定めた。満月の夜、舟の城の中央に火を灯し、民が集まって祈る。舟の上に板を渡し、香を焚き、水を供える。祈りは戦勝を願うものではなく、命を守るためのものだった。


沙夜は、祭礼の準備を見守りながら、水門の調整を続けていた。水位が安定すれば、舟の揺れも収まり、火も安定する。彼女は朝に水門を巡り、昼に舟を調整し、夜に火を見守った。


若き漁師の陸と澪は、塩村との往復を担っていた。陸は水路の変化を記録し、澪は風を読みながら舟を操った。二人は、交易と生活の両面で欠かせぬ存在となっていた。


「水が変われば、道も変わる。塩を運ぶには、流れを読まねばならぬ」


陸はそう言い、水路の地図を更新した。澪は、舟の帆を調整し、風に乗って塩俵を運んだ。


鍛冶職人の藤兵衛は、火を使う道具の改良を進めていた。鍋の底に鉄板を打ち、火の回りを制御する工夫を施した。火事の記憶が、彼の手を止めることはなかった。


「火は使うもの。恐れるものではない。制すれば、命を守る」


舟大工の源蔵は、板の補修を続けていた。交易用の舟は荷が重く、板が軋む。彼は舟の底を厚くし、舳先を高くして水の抵抗を減らした。


「舟は生き物だ。使えば傷む。傷めば直す。それだけのことだ」


祭礼の夜、舟の城には民が集まった。火が灯り、香が立ち、水が供えられた。妙蓮が祈りを捧げ、民は静かに頭を垂れた。舟の上に響く声は、風に乗って湖面を渡った。


沙夜は、舟の先に立ち、水面を見つめた。風は穏やかで、葦は揺れ、鳥が鳴いた。彼女は、舟の城が生きていることを感じていた。


「この地に、命がある。塩があり、祈りがある。ならば、守る価値がある」


祭礼は夜更けまで続き、火は静かに燃え続けた。舟の城は、戦の影を背負いながらも、暮らしを繋いでいた。


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