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流海の城  作者: 双鶴


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2話

流海の水辺に、舟が集まり始めていた。舟は漁師のもの、商人のもの、祭礼に使われていたもの、戦で奪われたもの――形も大きさもまちまちだったが、いずれも水に浮かび、荷を運び、人を乗せる力を持っていた。


沙夜は、舟を繋ぐことを提案した。湿地に家を建てるには地盤が不安定すぎる。だが舟ならば、水位に応じて浮き沈みし、移動も可能である。舟を繋ぎ、板を渡し、屋根を架ければ、雨をしのぎ、火を焚き、物を置くことができる。舟の上に暮らす――それは、流海の地形に最も適した生き方だった。


最初に応じたのは、舟大工の源蔵だった。彼は香取神宮で祭礼用の舟を造っていた経験を持ち、舟の構造に精通していた。


「舟を繋ぐには、舳先と艫の高さを揃えねばならん。でなければ板が歪み、人が転ぶ」


源蔵は古い舟を解体し、板材を取り出して高さを調整した。沙夜は水門の流れを見ながら、舟の配置を決めた。風の向き、潮の満ち引き、葦の密度――それらを考慮し、舟が安定する場所を選んだ。


鍛冶職人の藤兵衛は、舟を繋ぐための金具を打った。鉄は貴重だったが、戦で焼け残った農具や武具を溶かして再利用した。藤兵衛は言った。


「戦の道具を、暮らしの道具に変える。それが、今の我らの務めだ」


商人の弥八は、舟の上に物資を並べた。塩、魚、薬草、材木――交易の再開を目指し、各地から集めた品を舟に積み、板の上に広げた。弥八は言った。


「舟の上なら、誰でも来られる。道がなくても、水があれば繋がる」


宗教者の妙蓮は、舟の一隅に祭壇を設けた。焼け残った仏像を祀り、香を焚き、祈りの場を整えた。彼女は言った。


「寺は失われても、祈りは残る。舟の上でも、心は鎮まる」


こうして、舟を繋いだ拠点が少しずつ形を成していった。板を渡し、屋根を架け、火を灯す。舟の上に暮らしが生まれ、民が集まり、言葉を交わすようになった。


沙夜は、舟の配置を毎日見直した。水位が変われば、舟の傾きも変わる。風が強ければ、縄が緩む。水門の開閉に応じて、舟を移動させる必要もあった。彼女は朝に水門を巡り、昼に舟を調整し、夜に火を見守った。


ある日、舟の一隅で火事が起きた。鍋の火が板に燃え移り、屋根の葦に火が走った。沙夜はすぐに水を汲み、火を叩いた。周囲の者も水を運び、板を剥がし、火を防いだ。火はすぐに鎮まり、舟は焼け残った。


「火を使うには、風を読まねばならぬ」


沙夜はそう言い、火を焚く場所を舟の中央に移した。周囲に水桶を置き、板を厚くし、屋根を高くした。火は暮らしに欠かせぬが、制せねば命を奪う。舟の城は、火と水の間に築かれていた。


舟の上では、子どもたちが遊び始めていた。板の上を走り、舟の間を跳び、水に手を浸す。母親たちは洗濯をし、父親たちは網を編み、老人たちは縄を綯った。舟の城は、暮らしの場となっていた。


だが、流海の外では戦が続いていた。小田氏と江戸氏が水域を巡って争い、舟を焼き、村を奪った。流海はその狭間にあり、いつ戦火が及ぶか分からなかった。


沙夜は、舟の城を守るために、見張りを置いた。水門の近くに舟を配置し、火を絶やさず、夜には灯を掲げた。舟の上に弓を置き、櫂を武器として備えた。戦を望む者はいなかったが、備えなければ守れぬ。


源蔵は言った。


「舟は逃げることもできる。城とは違う。動けるからこそ、生き延びられる」


沙夜は頷いた。舟の城は、定住の場でありながら、移動の力を持っていた。水が流れれば、舟も流れる。民が動けば、城も動く。それが、流海の生き方だった。


ある晩、舟の上で雨が降った。屋根を叩く音が続き、水が板を濡らした。沙夜は火を守り、舟を繋ぎ直し、水門を調整した。雨は夜通し降り続き、朝には湖が広がっていた。


舟の城は、雨にも耐えた。火は消えず、舟は沈まず、民は眠れた。沙夜は舟の先に立ち、水面を見つめた。風が止み、葦が揺れ、鳥が鳴いた。


舟の城は、確かにそこにあった。


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