エピローグ
北条軍の侵攻により、〈白翔の城〉は燃え尽きた。火矢が水門を越え、舟の縁を裂き、香も記録も炎に包まれた。沙夜は火の中に立ち、僧たちは声を上げず、ただ舟の出を見送った。
流海の民は、霧の中に消えた。帆を畳み、灯りを落とし、櫂の音すら水に沈めて、南の水路へと滑り出した。誰も名を呼ばず、舟に印を刻まず、ただ生き延びるために水を渡った。
それから、長い年月が流れた。
北条は滅び、関東は徳川のものとなった。佐竹は秋田に移され、大掾は名を失なった。水門の縄も、交易の帆も、祈りの場も、誰の記録にも残されなかった。
流海の民を知る者は、もういない。〈白翔の城〉を語る者も、いない。舟の構えも、火の灯りも、香の意味も、すべては水の底に沈んだ。
ただ、霞ヶ浦の水面だけが、変わらずそこにある。
風が吹けば波が立ち、霧が出れば音が消える。舟の影は映らず、火の記憶も揺れない。ただ、水面の悠久の輝きだけが、時を見守っている。
誰も知らぬ記憶が、そこにある。
そして、語られぬ祈りが、静かに続いている。




