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流海の城  作者: 双鶴


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23話

夜半、霞ヶ浦に霧が立った。水面は音を吸い込み、舟の影すら見えなくなった。北条軍の舟が水門の外に並び、火矢を積み、帆を張っていた。小田の名は掲げられず、三つ鱗の印が風に揺れていた。


沙夜は火の前に立ち、最後の会議を開いた。源蔵、藤兵衛、澪、弥八、お咲、庄吉、妙蓮、僧たちが揃った。


「戦う術はない。水門は破られる。だが、霧がある。水路がある。舟を出せば、見つからずに逃げられる。今夜、全舟を南へ退かせる。子どもと病人を先に、交易の舟は分散、記録は最低限。祈りも火も残すな」


源蔵は縄の構造図を指しながら言った。「水門は開ける。順に舟を出す。音を立てず、帆は畳み、櫂で進む。霧が深ければ、追えぬ。水門の縄は切る。戻る道はない」


藤兵衛は舟の底を叩いた。「鉄板は外す。軽くせねば進めぬ。防ぐのではなく、逃げるために舟を整える。防火布も外す。火矢が来れば、燃える前に沈む」


澪は水路の図を広げた。「南へ抜けるには三つの分岐を越える。風は読めぬが、流れは知っている。先導は私が担う。舟の間隔は広く、灯りは使わぬ」


弥八は記録板を閉じ、布に包みながら言った。「記録は最低限。出発時刻と舟の数だけ残す。品目も交易先も書かぬ。帳面は一冊にまとめて、私が持つ」


お咲は薬籠を分けながら言った。「病人の舟は中央に。香は使わない。火も灯さない。祈りは口にせず、舟の中で静かに続ける。薬は必要分だけ積む」


庄吉は舟の順を決めた。「子どもと病人を先に出す。交易の舟は分散して後に続ける。残る者は、北条の目を引くために火を焚く。盾になるのではなく、時間を稼ぐ」


妙蓮は香を手にしたが、焚かずに包んだ。「祈りは言葉ではなく、行動に宿る。残る者は声を上げず、火のそばに立つ。それだけで十分だ」


沙夜は全員の顔を見渡し、火を見つめた。「私が残る。舟の出を見届け、水門の前に立つ。火は焚くが、香は使わぬ。祈りは言葉にせず、ただそこにいる。北条が来れば、私が応じる。舟の名は告げない。記録も渡さない。時間を稼ぐ。それだけだ」


その夜、舟の城は静かに動き始めた。霧が深まり、音が消えた。舟は順に水門を抜け、霞ヶ浦の水路へと滑り出した。帆は畳まれ、灯りは使われず、櫂の音も水に吸われた。


沙夜は火の前に立ち、僧たちと共に舟の出を見送った。火は高く、香は焚かれず、舟の城を包む煙だけが北条の目を引いた。


北条の舟が水門に迫った。火矢が放たれ、舟の縁に火が走った。鉄の縁は外され、布は燃え、舟の城は炎に包まれた。


霧は濃く、舟の影は見えなかった。北条の兵は火の中を探したが、誰も見つけられなかった。


沙夜は火の中に立ち、舟の出を見届けた。僧たちは声を上げず、香を焚かず、ただそこにいた。火は高く、舟は静かに遠ざかっていった。


夜が明ける頃、舟の城は燃え尽きた。水門は崩れ、火は消え、煙は風に溶けた。沙夜の姿は、火の中に消えていた。


だが、南の水辺に舟が辿り着いた。灯りはなく、記録は一冊だけ。薬籠は分けられ、子どもと病人は無事だった。


誰も名を呼ばなかった。舟に刻まれた印もなかった。ただ、霧の中を抜けてきたという事実だけが、流海の証だった。


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