18話
水門協定が定められてから十日が過ぎた。舟の城では記録板が定期的に更新され、交易の帆は香とともに風に乗り、祈りの場には火と水が絶えず供えられていた。制度は機能していた。だが、若い舟の民の間に、静かな疑問が広がり始めていた。
澪は交易から戻った舟の上で、弥八と向き合っていた。帆を畳み、香を収めた後、澪は言った。
「帆の色で意思を示す。それは分かる。香を焚いて出入りする。それも守っている。だが、動きが決まりすぎて、風を読まなくなっている気がする」
弥八は帳面を閉じた。「記録があることで、安心は得られる。だが、帳面に書かれていない動きが、舟には必要だ。潮の変化、風の癖、相手の気配――それは、制度では拾えない」
澪は帆を見上げた。「火を灯すことが、目的になっていないか。祈るために灯すのではなく、灯すために祈っているような気がする」
弥八は静かに言った。「制度は、守るためにある。だが、守ることが目的になれば、動けなくなる。舟は、動くためにある」
その夜、若手の舟民が集まった。澪、弥八、交易に出ていた若者たち、祈りの場を整えていた薬師の弟子、帆の修理を担う船大工の見習い――火を囲み、言葉を交わした。
「水門の記録は必要だ。だが、三日ごとの報告では、潮の変化に追いつかない」
「交易の帆は白でいい。だが、香の種類で目的を示すのは、風に流されて分かりにくい」
「祈りの場は落ち着く。だが、火と水と香だけでは、心の動きが記録されない」
「制度があることで、動きが鈍くなっている。誰が動いていいのか、迷うようになった」
澪は火の前に立ち、言った。「制度は必要だ。だが、制度に縛られては、舟は漂うだけになる。動くための仕組みでなければ、意味がない」
弥八は続けた。「ならば、見直そう。記録の周期、帆の表示、祈りの形式――すべてを、動きに合わせて調整する。制度は、止まらぬためにある」
翌朝、澪と弥八は沙夜のもとを訪れた。火の前で、若手の声を伝えた。
「記録は三日ごとでは遅い。潮に合わせて、日ごとに更新すべきだ」
「帆の色だけでなく、帆の縁に印を加えたい。香ではなく、帆で目的を示す」
「祈りの場に、言葉を残す板を設けたい。火と水と香に加え、心の記録を残す」
沙夜は静かに聞き、火を見つめた後、言った。
「制度は、守るためにある。だが、守るだけでは、舟は沈む。動くための仕組みでなければならない。ならば、見直そう。記録は潮に合わせ、帆は風に応じ、祈りは心に寄り添うように」
その夜、代表者会議が開かれた。源蔵は記録板の更新周期を変更し、藤兵衛は帆の印の位置を調整した。お咲は祈りの場に言葉を記す板を設け、庄吉は若手の意見を記録に加えた。
舟の城は、制度を整えながらも、動きに合わせて揺れ始めた。
火は灯り、帆は揺れ、香は風に乗り、言葉は板に残された。
〈白翔の城〉は、制度の中に動きを取り戻し、静かに夜を越えていった。




