13話
交易の舟が三方へと出てから五日が過ぎた。流海の水面は静かだったが、舟の民の動きは活発だった。交易の成果を喜びながらも、心の奥に違和感を抱えていた。
「我らは、ただ拒んでいるだけではないか」
その言葉を最初に口にしたのは、塩村の漁師・庄吉だった。交易から戻った彼は、舟の中央で火を囲む代表者会議に招かれていた。源蔵、お咲、澪、弥八、そして沙夜が揃う中、庄吉は静かに言った。
「小田に年貢を拒み、佐竹に旗を拒み、大掾に導きを拒み、江戸に印を拒んだ。それぞれに理由はある。だが、我らは何を差し出したのか。交易の品か。言葉か。それだけで、信を得られると思っているのか」
源蔵は舟の構造図を広げながら答えた。「縄を譲れば、命を渡すことになる。それは譲れぬ。だが、縄を守るだけでは、城は築けぬ。舟を繋ぎ、火を灯すには、周囲との繋がりが要る」
お咲は薬籠を抱えたまま頷いた。「病を癒すには、薬草だけでは足りぬ。交易の道があってこそ、命は繋がる。拒むだけでは、治せぬ」
澪は帆の向きを見ながら言った。「風は読める。だが、進むには舵が要る。今の我らは、風に乗っているだけだ。舵を握らねば、漂うだけになる」
弥八は交易品の帳面を開きながら言った。「交易は成立した。だが、信はまだ得ていない。塩と薬草を渡しただけでは、関係は築けぬ。言葉を交わし、誠を示さねばならぬ」
沙夜は火を見つめながら、静かに言った。「ならば、我らの立場を見直そう。縄は譲らぬ。だが、縄の使い方は、共に考える余地がある。交易は続ける。だが、条件を示すだけでなく、相手の事情も聞こう。祈りは守る。だが、導きを拒むのではなく、共に灯す道を探そう」
庄吉は頷いた。「それができれば、我らはただの避難民ではなくなる。舟の民として、名を持つ者となる」
源蔵が言った。「ならば、名を改めよう。舟の城は、ただの構造ではない。民の意思を示す場だ」
お咲は言った。「火を灯し、命を癒す場。それにふさわしい名を」
澪は帆を見上げた。「白い帆は、風に乗る。だが、翔ぶには意思が要る。ならば、翔ぶ帆の名を」
沙夜は火の前に立ち、言葉を紡いだ。「この舟の城を、〈白翔の城〉と呼ぼう。白き帆は、風に乗り、意思を持って翔ぶ。水門を守り、交易を開き、祈りを灯す。それが、我らの名だ」
その夜、舟の城では全体会合が開かれた。火が灯され、板が渡され、民が集まった。沙夜は代表者会議の内容を報告し、これまでの拒絶の姿勢を見直すことを提案した。
「縄は譲らぬ。だが、縄の使い方は、共に考える余地がある。交易は続ける。だが、条件を示すだけでなく、相手の事情も聞こう。祈りは守る。だが、導きを拒むのではなく、共に灯す道を探そう」
漁師の男が言った。「それならば、佐竹の水路に見張りを置こう。交易の舟が通るたびに、言葉を交わせば、信が生まれる」
農民の女が言った。「大掾の祭礼に、我らの火を添えよう。香取の名を借りずとも、祈りを共にすれば、導きは要らぬ」
薬師の若者が言った。「江戸の舟に、我らの帆を見せよう。印ではなく、帆の色で意思を示す。それが、誠の証になる」
船大工の老人が言った。「小田には、縄の構造を示そう。譲らずとも、共に守る方法はある。水門は命の綱だ。ならば、命を守るために、縄を握る理由を語ろう」
沙夜は民の声を聞き終え、火の前に立った。「ならば、〈白翔の城〉として、動き出そう。拒むのではなく、示す。奪われぬために、差し出す。沈まぬために、翔ぶ。それが、我らの答えだ」
舟の城は、白翔の城として、静かに夜を越えていった。




