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流海の城  作者: 双鶴


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10話

小田氏からの最後通告は、舟の城の空気を一変させた。舟の数を減らし、水門の縄を解き、交易品の一部を年貢として差し出せ――従わぬ場合は軍勢をもって制圧するという。文は丁寧だったが、言葉の端々に威圧が滲んでいた。


沙夜はすぐに、代表者による会議を招集した。舟の構造と水門に精通する源蔵、薬草と病人を守る薬師のお咲、若者の声を代弁する澪、そして交易の実務を担う弥八。火を囲み、舟の中央に板を渡して四人が向き合った。


源蔵は文を読み終えると、静かに言った。「水門を渡せば、舟は沈む。それは構造の問題ではなく、命の問題だ。縄は、民の手にあるべきだ」


お咲は薬籠を抱えたまま口を開いた。「薬草を年貢に差し出せと言われたが、それは病人を見捨てることになる。命を守るための草を、命を奪うための取引には使えない」


澪は帆の向きを気にしながら言葉を継いだ。「舟の数を減らせという命令は、逃げる力を奪うことだ。動けることは、動かぬための備え。それを削られれば、民は縛られる」


弥八は交易品の帳面を開きながら言った。「交易は成立している。だが、信はまだ得ていない。塩と薬草を渡しただけでは、関係は築けぬ。言葉を交わし、誠を示さねばならぬ」


沙夜は火を見つめながら、静かに言った。「ならば、我らの立場を見直そう。縄は譲らぬ。だが、縄の使い方は、共に考える余地がある。交易は続ける。だが、条件を示すだけでなく、相手の事情も聞こう。祈りは守る。だが、導きを拒むのではなく、共に灯す道を探そう」


その夜、舟の城では全体会合が開かれた。舟を寄せ、板を渡し、火を灯し、香を焚いた。漁師、農民、薬師、船大工、商人、祈りを捧げる者、子どもを抱える母親――すべての民が舟の中央に集まった。


沙夜は火の前に立ち、代表者会議の内容を一つひとつ丁寧に報告した。小田氏の要求、水門の縄、舟の数、交易品の年貢――それらに対する答えを、源蔵、お咲、澪、弥八と共に説明した。


「我らは、交易を続ける意志を持っている。塩の一割、薬草の三割までなら、交換として差し出せる。だが、水門の縄は譲らぬ。舟の数も減らさぬ。それが、代表者四人の答えだ」


舟の上に沈黙が広がった。やがて、漁師の一人が声を上げた。「水門を握られれば、漁の時間も決められる。魚は待たぬ。潮に合わせて動かねば、網は空になる」


農民の男が続けた。「舟が減れば、畑に肥を運べぬ。交易が止まれば、種も手に入らぬ」


薬師の女が言った。「病人を守るには、薬草が要る。三割までなら、我らも納得できる」


船大工の若者が言った。「舟は動ける。だが、動かぬためにこそ、数が要る」


祈りを捧げる老女が言った。「火を灯す場を、誰にも渡してはならぬ。祈りは、民の心を繋ぐものだ」


沙夜は、民の声をすべて聞き終えた後、火の前に立ち直った。「ならば、誓おう。この舟の城を、誰にも渡さぬと。水門の縄は、我らの命の綱。舟の数は、我らの足。薬草は、我らの命。火は、我らの心」


源蔵は縄を結び直し、お咲は薬籠を舟の中央に置き、澪は帆を広げて風を受けた。弥八は交易品を舟の縁に積み直し、民はそれぞれの持ち場で、誓いの印を示した。


沙夜はその夜、返答の文をしたためた。交易は続ける。塩の一割、薬草の三割まで。舟の数は減らさず、水門の縄は譲らない。流海は誰にも属さぬ地であり、民の命の場であることを、一字一句に込めた。


文は翌朝、澪と弥八の手で小田氏の舟へ届けられた。返答はすぐには来なかったが、火矢もまた放たれなかった。


舟の城は、誓いの火を灯したまま、静かに夜を越えていった。


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