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流海の城  作者: 双鶴


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9話

小田氏との交渉が一時的に保留となったその翌週、流海の北岸に異変が起きた。佐竹氏の使者が、鹿島方面から舟で現れた。旗は高く掲げられ、甲冑を着た武士が三人、舟の上に立っていた。


沙夜は水門を絞り、見張りを増やした。舟の城には緊張が走ったが、使者は火を焚かず、布を掲げて停泊した。交渉の意志を示していた。


源蔵、弥八、陸と共に、沙夜は舟を出した。佐竹氏は常陸国の守護代として北方を支配し、霞ヶ浦の北岸に強い影響力を持っていた。


使者は若く、礼儀正しく言った。


「佐竹家は、流海の動向を注視している。小田氏との緊張は承知の上。交易の意志があれば、北岸を通じて道を開く」


弥八が即座に反応した。


「交易路の確保は歓迎する。だが、我らは独立を望む。従属はせぬ」


使者は頷いた。


「従属は求めぬ。ただし、佐竹家の名を借りるならば、旗を掲げよ。水門の管理は共有とする」


沙夜は静かに答えた。


「水門は命の綱。共有はできぬ。交易の道は開きたい。だが、縄は我らの手に」


使者は布を巻き、舟を返した。


その翌日、東の水路から大掾氏の舟が現れた。鹿島・行方・稲敷郡を拠点とする大掾氏は、宗教勢力との結びつきが強く、香取神宮との関係も深かった。


妙蓮はその動きに敏感に反応した。


「大掾は、祈りの場を奪われた者たちを集めている。流海の祭礼が再興されたことを、見逃すはずがない」


沙夜は妙蓮と澪を伴い、舟を出した。大掾氏の使者は僧衣をまとい、言葉も穏やかだった。


「この地に祈りが戻ったこと、喜ばしく思う。だが、香取の祭礼は大掾の庇護のもとにある。流海の祈りも、導きに従うべきでは」


妙蓮が即座に答えた。


「祈りは民のもの。導きは要らぬ。火を灯し、水を供える。それだけでよい」


使者は微笑みながら言った。


「ならば、香取の僧を送りましょう。祭礼を整え、祈りを深めるために」


沙夜は首を振った。


「祈りの場は、舟の上にある。地に根を張らぬ者に、導きは不要」


使者は布を巻き、舟を返した。


そして三日後、南の水路から江戸氏の舟が現れた。下総を拠点とする江戸氏は、利根川を通じて軍事行動を繰り返していた。以前の火矢の襲撃も、彼らの仕業だった。


舟には武装した兵が乗り、火を焚いていた。交渉の意志は見えず、威嚇の色が濃かった。


藤兵衛が櫂を構え、源蔵が板を打ち直した。沙夜は舟を出さず、水門を絞り、見張りを増やした。


陸が水路を巡り、報告した。


「江戸の舟は、動かずに停泊している。だが、火矢の準備をしている気配がある」


澪は帆を畳み、舟を風に乗せて移動させた。


「風は西。火が走れば、舟の城に届く」


沙夜は民を集め、言った。


「佐竹は交易を求め、大掾は祈りを導こうとし、江戸は火を構えている。三方の影が、流海を囲んでいる」


源蔵が言った。


「舟の数を増やす。外縁に軽舟を並べ、中央に重舟を集める」


藤兵衛は鉄板を打ち、火矢に備えた。


妙蓮は祈りの場を守り、香を焚いた。


弥八は交易品を整え、北岸への道を開いた。


陸と澪は水路を記録し、逃げ道を再確認した。


沙夜は水門の縄を結び直し、舟の中央に立った。


「我らは誰にも従わぬ。交易は選び、祈りは守り、火には備える。舟の城は、流海の民のものだ」


舟の城は、三方の影に囲まれながらも、静かに揺れていた。


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