第4話 やっぱりそのキャラは厳しいと思うよ、朝貝さん
ようやく朝貝さんは僕の渡したミルクティーを開ける。もうぬるくなってそうだけど、おいしそうにごくごくと飲んでいる。男子と違ってでこぼこしてない細くてすっきりとした喉が動いている。
どうしよう、僕ももう一本飲もうかな……。思いのほか緊張してたみたいで、口の中がからからになっている。
飲むとしたら……何にしようか。
僕の前にミルクティーが差し出される。朝貝さんの飲んでたやつだ。
「別にいいけどさ、空き缶は自分で捨てようよ……」
「違うってば! 三島君が喉が渇いたけど、買うのも微妙だなって顔してたから、分けてあげようと思ったの!」
「ああ、それならいいんだけど」
缶を受け取って、お言葉に甘えて二口程飲む。久しぶりに飲んだけれど、いい香りが鼻に抜ける。ぬるくはなっていたけど、逆に味がはっきりわかる。
「ありがと。さっきコーヒー飲んだばかりだったから、買うかどうかちょっと悩んでたんだよね」
缶を返すと、朝貝さんは妙に大人しく受け取る。別に間接キスとか照れるような年でもないよね? まあなんだっていいけど。
それよりも僕は聞きたいことがある。
「ね、今のそれが朝貝さんの素?」
今週ずっと続けていた三下ムーブは影も形もない。僕から見た今の朝貝さんは、お話を書くのが好きだという女の子だ。少しだけ強かで、それでいて申し訳なさにうつむいてしまうような、普通の子。思い切りの良さは二重丸を付けてもいいかな。濃いキャラクターの後ろに隠れていた彼女とようやく話をできているのだ。
「・・・・・・三島君って結構意地悪だったりする?」
とんでもない。僕は優しい男の子だとも。付き合いもいい。
口をとがらせる朝貝さんだけど、まずは僕の言い分を聞いてもらわないと。何度も会話をしている僕らだけど、僕は素の朝貝さんとはほとんど初対面だってことをね。
「いや、もしかしたらこれも何かのキャラクターなのかなって疑ってる。だって、席替えで隣になるまでまともに朝貝さんと話したことはなかったからね。素を知らないんだよ」
朝貝さんは僕の言葉をたっぷり5秒ほどかけて飲み込んだようだ。そろそろ夕日が西の空を染め始めているけれど、朝貝さんの頬はそれよりなお赤い。
「う・・・・・・、そういえば、確かに話をしたことなかったかも・・・・・・。ええと、この話し方、というか、これが私の素なんだけど、どうかな?」
「どうって言われても……、話しやすいと思う」
「やっぱり話しにくかった? 今までの私は」
「というか困惑が勝るって感じだった。現代社会にあんな性格が形成されるなんて考えたことなかったし。しかも週替わりでさ」
「一回始めると止め時が見つからなくて・・・・・・」
「味を占めてたと。……そういえば時々なにか言いたげにしてたのって、もしかして懺悔するタイミングを探してた?」
うん、と朝貝さんがうなずく。僕よりもよっぽど真面目だな、朝貝さんは。
──でも三島君がいいって言ってくれてよかった。
ぽつりと聞こえたその声に朝貝さんを見れば、恥ずかしそうにうつむいている。長い睫毛が夕日に照らされて頬に落ちる。なんだか文学的だ。なんていうか、すごく──。
僕の頬まで熱を持ちそうだったから、慌てるように話を続ける。
「それで、あとどのくらいいるの? そのキャラクターは」
「えっ?」
「だって、気になるよ。お嬢様と王子様、三下の次は何だろうなって」
「・・・・・・三下?」
「うん。今週はずっと下っ端ムーブだったから」
「あれは犬系後輩だったんだけど・・・・・・」
「いや、今にも揉み手しそうだったし、三下かなぁ」
「ええ~・・・・・・。私の演技力の問題かなぁ・・・・・・」
「イメージの問題じゃないかな。それで、来週はどんなキャラが出てくるのかな?」
「・・・・・・いいの?」
「何でかなって、理由が知りたかっただけだからね」
「・・・・・・ありがと。でも多分もうやらないと思う」
「そりゃなんで?」
「だって、あんな風に一週間も続けられるような、作り込みしてあるキャラクターなんて、私の頭の中にたくさんいるわけじゃないもの」
まあ確かに、一週間ぶれずに続けられるような、しっかりとバックボーンのあるようなキャラクターを何体も抱えてはいられないだろう。けど、それにしては大味すぎる気がするけど。言うほど作り込めてないよなぁ。今までのだって、木曜辺りからようやく板についてくる感じだったし。
「ええ~、もっと朝貝さんのキャラ見てみたいんだけどなぁ」
これは心からの言葉。だって、話すきっかけとしてはとても強い理由になる。いきなり普通のお隣さんに戻ったとしても、今よりもっと仲良くできるかというと自信がない。共通の話題が、それもこれからも続けられる話題が必要なのだ。
僕の切実かつ無責任極まりないコメントに、朝貝さんがベェッと舌を出す。
「もう何にも出てきませんよーだ!」
「あ、いいね、今の! すごく"らしい"!」
いきなり素っ頓狂なキャラクターを演じる子が、そんな恥ずかしがってうつむいているばかりな訳がないんだ。どれだけいるかも分からないキャラクターに興味はある。だけど、それより僕は朝貝さんの普通が見たい。もっといろんな彼女を見て見たいって、そう思う。
「もう! はい、ごちそうさま! 私もう帰るからね!」
「うん、またね。これ以上寄り道しちゃだめだよ?」
「誰が言うの!」
ぷりぷりと怒っているその姿も新鮮だ。教室で遠目に見る物静かな姿とも、隣の席で知らないキャラを演じているときよりも、この姿がいい。
「また、月曜日!」
別れと、それだけじゃない挨拶を大きな声で。もう随分歩みを進めた彼女は、顔だけ僕を振り向き、再び舌を出したように見えた。そして、口が3文字分動いたのも。
それだけのことに、僕は大変満足した。
***
週が明けて月曜日。いつも通り、始業の30分前に学校に着いた。下駄箱で上履きに履き替えて、おなじみ自分のクラスへ。階段を上がってすぐに、僕らのクラスだけ電灯がついていることが分かった。
特に気負うこともなく(あるいはそう言い聞かせて)ドアを開ける。中に入れば、朝貝さんがいつものように背筋をスッと伸ばして座っている。僕が来たことに気づかないはずもないのに、まっすぐな背筋を揺らすこともなく本を読んでいる。
なんだか面白い。もちろん僕だって気にしない。お隣さんが何を読んでいようと別にかまいやしない。でも、挨拶はいるよね。なにせお隣さんだ。良好な関係性を築くに越したことはない。
僕がいつものようにおはようと言う、その寸前に朝貝さんが僕を見た。地味な黒の眼鏡、そのレンズ越しに朝貝さんの鳶色のきれいな目が見える。
「おはようさんでござりまする」
「・・・・・・」
朝貝さんは、自分の口から出た挨拶の、お侍さんじみた物言いに自分で驚いている。今更口を抑えても意味ないと思うよ。
素の朝貝さんを知って、話してみたいなと思ったらこれだ。妙に慌ててるところを見ると、普通に話そうと思ったのに思わずキャラが出たんだろうな。
まだ全然朝貝さんのことは分からないけど、よく分からない頑固さは強く感じてる。きっとこの一週間はお侍さんなんだろうな。
「・・・・・・ちょっとそのキャラは厳しいと思うよ、朝貝さん」
「な、何のことでございますかな?!」
それじゃ昔のオタクじゃない? 思わず息を吐く。まあ、それもいいか。これだって朝貝さんの知らない一面と言えなくもない。こうなったら全部の朝貝さんを見てやろうじゃないか。これでも根気には自信があるんだ。
「朝貝さん。これから、長くよろしくね」
「・・・・・・これはご丁寧に。三島殿、私こそよしなに願い奉る」
できればもう少し話しやすいキャラでお願いしたいな、朝貝さん。
終わり




