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第3話 そんな理由だったの、朝貝さん

 そうこうしているうちに早くも金曜日が訪れる。三下ムーブの朝貝さんは先週の王子様とのギャップが大きくてたまにくらくらしたね。まあでも、懐かれたって感じがしてちょっと嬉しかった。そりゃそういうキャラクターだからってことは分かってるんだけどさ。


 授業が終わっての帰り道、帰宅部仲間のクラスメイトに軽く朝貝さんについて聞いてみることにした。

 学校からバス停までの歩道でさりげなく質問をする。

 

「ね、朝貝さんって、君から見るとどんな感じだった?」

「どうしたいきなり? なに、三島は朝貝が気になる感じ?」

「ある意味では。で、どんな話ししたかとか教えてよ。ずっと席隣だったろ?」


 興味があるのは間違いないけれど、かといって色恋沙汰に持っていかれるのも困る。口止め料も兼ねて自販機を指さす。おごる代わりに素直に話せよと。落ち着いて話をするために、希望のジュースを買って、そばにある公園に入る。ブランコに腰掛けてジュースを手渡す。


「お、悪いな。・・・・・・朝貝かぁ。ぶっちゃけそんなに印象があるわけじゃないな。隣の席だから多少は話したけどさ、あくまで世間話って感じ。休み時間とかは仲のいい女子同士で楽しげにしてたなって位だ」

「何か特徴的な話し方とか、びっくりするような言葉とか言ったりとか、そういうのはなかった?」

「そんなのだったら印象ないなんて言わないって」


 いつから気になってんのとか、いつ告るのとか、そういう質問を軽く(軽く?)躱して話を打ち切る。結果が出たら教えてくれよと、最後まで恋バナと勘違いし続けた友達を見送る。

 

 ジュース一本で得た情報としては上々だろう。ぎいぎいと油が足りないことを訴えるブランコを揺らしながら、自分用に買っていたコーヒーに口を付ける。

 普通の話し方、普通の世間話。教科書を忘れたときに見せてもらっただとか、なんてことのないエピソードしか出てこなかった。どこを切り取っても、朝貝さんは普通の女の子だ。


 正直に言えば、朝貝さんがどんなキャラで僕に話しかけてこようとかまわないのだ。僕は割と面白がりなたちだから、お嬢様っぽい話し方や、堂々としたイケメン行動も、ちょっと卑屈な声色も、全部楽しんでいた。おかげで毎日学校に行くのが面白いとすらおもった。

 だけど、朝貝さんが僕に話しかけようとして、困ったように止めるのを、僕は気づいている。単に口調を作るのが面倒なのか、僕に話しかけたくないだけか。できれば前者であって欲しいところだけれど、どちらにしてもあまり健全な状態じゃない。普通の女の子を、朝貝さんを無理させていないのか。それが気になる。


 もう一つ僕のわがままを言うなら、朝貝さん自身の普段を僕はみせて貰っていない。それが、とても気になるのだ。

 お嬢様だとか王子様、三下と話すのも楽しい。演じているにしたって朝貝さんは朝貝さんであることに違いはないから。でも、僕と直接話すのがいやで、それで仮想的なキャラクターを作っているとか、そういうことではないといいなとも思う。

 

 いやな想像をしても仕方がない。勢いをつけて僕はブランコから立ち上がり、自販機へと向かう。ぬるくなってきた缶コーヒーを一気にあおる。意外と量が残っていて、ごくごくと喉を鳴らす。そして飲みながらゴミ箱の位置を探した僕は、突然に目が合う。──朝貝さんとだ。あまりにびっくりしてコーヒーが気管に入って思いっきりむせる。


「だ、大丈夫・・・・・・?」


 心配してくれるのはうれしいけれど、答えるにはちょっと時間がかかる。ごほん、えほんと喉を鳴らして、ようやく落ち着いた。


「あ”あ”~、うん、大丈夫みたい。いや、朝貝さんのこと考えてたら本人と目が合ったものだからさ、驚いちゃって」

「わたしのこと・・・・・・?」


 口が滑った。僕は思わぬところでいきなり朝貝さんに会ったことに自覚している以上にびっくりしてたみたいだ。どうしようか、誤魔化すのもいいけど、考えを変える。

 どうせ飛び出た問題発言なら、勢いに任せるのもいい。疑問を解消するいい機会だと捉えようってこと。


「うん。あの口調って一体どういうことなのかなって考えてた。・・・・・・もしよければ、教えてくれる?」


 朝貝さんは僕の言葉に面白いくらいに萎れて見せた。完全に無自覚でやっていたわけではなさそうで一安心だ。


「やっぱり変だよね・・・・・・」

「変だね」


 まごう事なき変人だ。少なくとも現代社会においてあんなステレオタイプのお嬢様も王子様もいない。三下は・・・・・・いなくはないかもだけど。

 今まで僕が話してきた朝貝さんのことごとくが日常にいるはずのない話し方をしていた。変でないわけがない。


 なぜかショックを受けている朝貝さんに、ついでの言葉を投げる。


「まあ、僕は面白くて楽しませてもらっているけど」


 顔を上げて朝貝さんが僕を見る。鳩が豆鉄砲を食らった顔、とでも言えばいいのか。ひどく衝撃を受けた様子だ。まさか前向きな言葉が返ってくるとは思わなかった顔だ。

 もしかしたら、僕が気にしている以上に、朝貝さんも自分のよくわからなさに振り回されていたのかもしれない。


 手元の空になった缶を軽く振る。持っている意味は無い。朝貝さんから視線を外し、自動販売機の横に置いてあるゴミ箱に捨てにいく。

 スコンとゴミ箱に缶を捨てて、代わりに新しくミルクティーを買う。そして朝貝さんの元へとゆっくり戻ってから、ミルクティーを差し出す。


 朝貝さんは、僕が差し出したミルクティーをじっと見ていた。


「あげる。話を聞かせて貰う代わりだと思ってくれるとうれしい」


 ちらと、僕の目を警戒するように見てから、恐る恐るミルクティーを受け取ってくれた。そしてぎゅっと缶を握っている。


「そんなに握るとすぐぬるくなっちゃうよ?」


 ささやかな忠告は全く響かなかったらしい。朝貝さんはそのままミルクティーを握りしめたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「私ね、文芸部なんだけど、文芸部っていうだけあって小説をね、時々書くの。そんなにしっかりとしたお話じゃないよ? ただ、みんなで書いたのを読み合って、わいわい騒ぐだけなんだけど」

「へぇ、そんなことやってるんだ。書いたやつないの?」

「見せないからね」


 少しだけ気恥ずかしそうに、そして自然な口調で断られてしまった。恥ずかしいのはわかるからこれ以上は言わないけど、結構気になる。


「それで、先生がね、小説に現れる人間には強い人間性が必要ですって言うの。1+1を聞いたとき、必ず2を答えるようじゃロボットみたいでしょ? その人なら、どう答えるかなってことをイメージすると、ちゃんとしたキャラクターになるよって」


 田んぼの田と答えるへそ曲がりがいるよねってことかな。普通に考えれば答えは2だから、多くの人は2と答える。でもその答え方にはブレがあってしかるべき、そういうことなら納得はする。それを人間性というのかはちょっとよくわからないけど。


「はじめの頃はね、私の代わりに考えた子がいたらどうなるかなって想像してたの。でも頭の中で考えるだけだと考えた行動しか出てこないなっていうのが分かって。なんていうか、机に向かっても私がそう考えただけのキャラクターしか出てこないんだよね」


 朝貝さんの表情は複雑だ。恥ずかしがっているようにも、失敗を笑っているだけのようにも見える。


「教室に一番乗りしてるのもね、静かな環境なら集中できるかなって思って始めたんだ。集中は……あまりできなかったけどね。書いてるのを見られたらいやだなぁって思っちゃって」


 思い出してみれば、確かに初めの頃はノートに向かっている姿を見たような気もする。家で宿題やり忘れたのかなとか、割と失礼な感想を持ってた。正直に言うと怒られそうだから言わないけれど。


「席替えで、三島君と隣になったでしょ? 結構意識してたんだ、三島君のこと。だっていつも絶対私の後に登校してくるもんね」


 一瞬ドキッとしたけど、理由も説明されるとうぬぼれられる隙が無くて困る。いや、別に何が困るんだという話か。

 別にいつも二番目を狙って登校していたわけではない。単に僕の生活リズムが一番丁度良かっただけ。そりゃ、席替えの後からはだいぶ意味が出てきたことは認める。でも席替え以前については本当に何にも考えてなくて、単にちょうどいい時間だっただけだよ。

 どう説明するかを考えてみるけれど、朝貝さんはそこを深堀する気はなかった様子。さっさと話が元に戻る。

 

「だから三島君に実は仲間意識持ってたりしたのでした。隣の席だって分かって、安心というか、気が緩んだのはそのせい」

「まあ、警戒されるよりはいいかなって思うよ。今となっては僕も朝貝さんに仲間意識があるのは間違いないし」

「……ありがと」

「もしかしてさ、僕で試してみようとか、そう考えてた?」

「ううん、そんなつもりはなくて。本当にね、頭の中からするりと出てきちゃったの。私が考えたキャラクターが、私を飛び越えてしゃべりはじめちゃったの」

「お嬢様が?」

「お嬢様が」


 お互いから出てくるキャラクターの特徴に、ちょっとだけ笑いが漏れる。気持ち、空気が緩んだ気がする。朝貝さんはどうも僕に対しておかしな対応をしてきたという事実自体に申し訳なさを感じている様子。僕としては全然問題がなかったわけだし、もっと気楽に話してもらいたいところだ。


「……不意に出てきたのはまあ、分かったけど、そのあとも続けてたのはなんで?」


 当然と言えば当然の疑問に、朝貝さんが体を固くする。言いにくそうに僕の様子を伺っている。

 ……ああ、そういうこと。


「調子に乗っちゃった?」


 こくりと朝貝さんが頷く。視線が僕と周りを行き来する。客観的に言えば、僕は体よく朝貝さんの創作のための実験台にされていたということになる。頭の中で考えただけのキャラクターは、僕という対話相手を得て輪郭を濃くしただろう。日がたつほどにお嬢様は生き生きと、そしてお嬢様らしくなっていったからね。僕との会話が役に立ったことに疑いの余地はない。

 毎日部活で小説を書いているというなら、その効果に朝貝さんは気づいたはず。そして、嬉しくなったんだろう。今まで越えられなかった壁を越えたということもでもあるし。


「みんなが褒めてくれたの。このお嬢様はすごく人間味を感じるって。すごく素敵なキャラになったねって」


 うつむいている。さっきまでの朗らかな雰囲気も、楽しくて紅潮した頬も、固く冷たくなっているようだ。朝貝さんが真面目な性格なのはもう分かってる。僕をいいように使って、その結果だけを享受している。そう考えているんだろうな。


「朝貝さんはさ……、僕のことをどう考えてるのかな?」


 恐る恐る、という風に朝貝さんが僕を見る。上目遣いに、眼鏡のレンズ越しの視線が僕を捉える。何を言っているのかと、何が言いたいのかと不安げに揺れているのが僕にはわかる。

 朝早く学校に来るし、宿題も提出物も忘れたことはない。出来る限り人と喧嘩をしないように無理に我を張るようなこともしない。先生の話も聞いて、率先して手伝いだってする。真面目を四角四面な型に嵌めてできた人間だとでも思っているのだろうか。


「僕は楽しかったよ。朝貝さんがさ、素っ頓狂な口調で話しかけてくれたのが。傍目にはただの真面目で融通の利かないやつに見えてるのかもしれないけど、面白いことを放り出してまできちんとする必要なんてないって思ってる。僕を利用したと、そう思っているなら別にそれでもかまわないけどさ。でも僕も朝貝さんを自分の楽しさのために野放しにしていたんだってことは覚えておいてほしい」

「・・・・・・」

「忘れてるかもしれないけど、僕は朝貝さんによろしくって言ったんだよ? 仲良くしてほしいって、お嬢さまの朝貝さんにそう言った。王子様の朝貝さんも三下の朝貝さんも、僕に改めて名乗ることはしなかった。今、僕と話している朝貝さんだって、今更そんな風には言わないし、そんなこと考えてもない。だって、口調も性格も別人めいているけれど、朝貝さんは朝貝さんだからね」


 僕は朝貝さんのことを面白いと思っているよ。──だからもっと、話してみたいんだ。


 残念ながら後半を言葉にはできなかったけど、それでも伝えなければならないことは伝えられた。


 目を丸くしている朝貝さんへ、にこやか~に笑いかける。どうだろう、これで伝わるかな?


「怒って、ない?」

「今も、今までもね」

「本当に、いいの?」

「嘘は言わない」

 

 さっきまでの表情は複雑すぎて僕には朝貝さんの感情を読み取り切れなかった。でも今の朝貝さんのことなら分かる。喜びだ。なぜか唇を軽く感情を抑えようとしている。

 いや、やったーとか叫んでもらってもいいんだけど?

 朝貝さんの目が、僕を見る。多分、僕だけを。


「……じゃあ」


 朝貝さんが言葉を止めて、大きく深呼吸をする。


「改めて、これからもよろしく」

「もちろん。よろしく朝貝さん」


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