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第2話 次はそういうキャラにするの、朝貝さん

 席替えから一週間。正確には4日間。月曜の6限で席替えをしたから、金曜までの4日ということで。元の席も窓際後ろだったからあまり新鮮さというものはない。視力に問題はないから板書も苦にならない。むしろロッカーが近くなって楽になったかもしれない。


 一般的な生活の範疇に限って言えば、何にも問題はない。学生たるもの学業に差し支えがないなら万々歳というものだ。

 だけど一般化できないのが人間関係で、こちらはなかなか前途多難だなとため息をつく。問題と言うほど大きくはないけれど、気になって仕方なくもある。いや、今もずっと引っかかり続けている。


 無論、僕のお隣に座る女の子、朝貝さんのことだ。


 お嬢様言葉による高圧的なファーストインプレッションは僕の脳に大きなインパクトを残した。自分の言葉に恥ずかしがっている表情とのギャップが焼き付いて離れない。脳内タイムラインで再生回数を増し続けている。

 もしこれを狙っての発言だったら策士もいいところ。多分一生かなわない相手になる。ただ、このお嬢様言葉が一時のことではなかったのだ。


 ***


 席替えの次の日、いつもと同じように始業より早い時間に登校する。既に朝貝さんも来ていて、スッと背筋を伸ばして窓の外を見ている。

 僕は大概朝が早いほうだが、朝貝さんは僕以上に朝に強いらしい。名は体を表すという訳だ。よく考えると、朝の短い時間だけはこんな風に二人きりの教室になっていることは多かった。

 なのにろくに会話したことがなかったのだから、どこに座っているのかってことは交流に重要な要素であるなと思う。


 お隣さんであるならば、今までのような会釈程度の挨拶で済ませていいわけがない。戦々恐々としながらも果敢に朝貝さんに挨拶をした。


「おはよう、だんだん明るくなるのが早くなってきたね」


 ・・・・・・僕は何を言ってるのか。老人でもあるまいし、朝日とともに目覚めてますみたいなことを言ってどうする。わかってる。僕も結構どうしたらいいかわからないのだ。手探りでのコミュニケーションがこんなにも難しいものとは。


「そうね、あなたにしてはいいことを言ったわ」


 ほら、朝貝さんも困ってちょっとずれた返しになってるじゃん! ・・・・・・いや、これはお嬢様の流れが続いている様だと一拍遅れて気がつく。ついでのようにおはようが付け加えられるのも耳を素通りしていく。

 

 ……もう、なんなの?! 朝貝さんに“僕にしては”、なんて言われるような交流はなかったはずなんだけど! いや怒っているわけじゃない。お嬢様相手に間の抜けた挨拶をしたのは事実だから。いや、お嬢様なのかは知らないけどね!

 

 結局二日目もまるっとお嬢様言葉で、僕に対するやや高飛車な態度が崩れることはなかった。


 朝貝さんが消しゴムを落とした時なんて緊張が走ったよね。僕の足下に転がったのはなじみ深いMONO消しゴム。特に意識することもなく拾ってから朝貝さんの反応が気になりだす。顔を上げるのに勇気がいるな、これは。でも口調はともかくお隣さんだ。困ったときはお互い様で、小さな親切はものの数でもない。深く息を吸ってから、朝貝さんの机の上に置く。


「MONO派なんだね」

「私は一途ですから」

「ずっとMONO? すごいなぁ。あ、でも僕もシャーペンはずっとDr.グリップ使ってる」


 シャーペンについての一途さは同じくらいかもよ? などと言ってみる。どうにも朝貝さんに引きずられて僕まで変なこと言うようになっている気がする・・・・・・。

 案の定怪訝な顔をされる始末。一途とか言い出したのは朝貝さんなんだけども・・・・・・。


 ***


 結局金曜日まで朝貝さんはお嬢様のままだった。毎朝の挨拶から始まって、たわいない日常会話や単なる事務連絡に至るまで。僕との一対一の会話では意地でもお嬢様を維持し続けていた。

 時々言葉に詰まって顔を赤くしたり、一拍置いてからすごくお嬢様っぽいことを言ってみたりと、とても自由にふるまっていた。そういう時の朝貝さんのどや顔は、正直お嬢様かなぁと思ってたりもする。言わなかったけどね。

 

 ただ、時折第三者の介入による会話の中断があった。さすがの朝貝さんも、全く状況を知らない他の人相手にはお嬢様を維持できなかったのである。僕も武士の情けと言うべきか、それについて指摘することはしない。言っちゃあなんだけど、僕はこの面白い状況を手放したくなかったから。


 ***

 

 次の週。教室のドアを開けると、やはりと言うべきか、既に朝貝さんは席に着いている。相変わらずピシッと背筋を伸ばして姿勢がいい。

 朝貝さんのことは未だ何が何やらわからないけれど、この姿勢の良さはいいなと思う。体の軸がきれいにバランスをとっていて、首の後ろで結んだきれいな黒髪が、なんというか、すごくよく見える。


 自分の席に近づくと、それはつまり朝貝さんに近づくということで、当然朝貝さんも僕の登校に気がつく。先週のルーティン的にはここで僕が挨拶をする。朝貝さんは一瞬だけ僕と目を合わせて、それからそっぽを向く。でもちゃんとおはようという。ちょっととげのある言葉を言いつつも、少し気まずげにするのがなんだか面白かったりするんだよね。


 でも今日は違った。目をそらすことなく、じっと僕を見ている。何か意を決したというように息を吸って、朝貝さんが口を開く。


「やあ、おはよう! いい朝だね。三島君も、そう思わないか?」


 え・・・・・・、誰ぇ?


 いや朝貝さんだ。朝貝さんに間違いはないんだけど、どうしたことだこれは。先週までの丁寧だけどちょっと高圧さがある言葉遣いはどうした? 少しかすれたようにささやくよう声が、ハキハキとはっきり言葉の輪郭がとれている。それに、口調そのものが男の子っぽい口調になっている!


 全くの別人みたいなのに、僕の目に映るのは先週と何一つ変わらない朝貝さんだ。肩より少し長い、一つに結んだ髪。黒縁の眼鏡。丸くて大きな目は、笑顔できれいな曲線を描いている。なんだろう、あまりの変わりように頭がバグっている。


 表情と口調だけを変えただけでもこんなに印象が変わるのか。これは新鮮な発見だ。先週をお嬢様と言うのなら、今回のは王子様、とでも言うべきか。少女漫画に出てくるような、かっこいい女の先輩といえばいいか。いや、それはそれとして挨拶を返さなくては。朝貝さんがちょっと困ってる。


「あ、ごめんごめん、おはよう! 確かにいい朝だなって考えててさ」


 どこかホッとしたような朝貝さんに、いたずら心がわく。ここで僕がキザっぽい台詞言ったら、もっとかっこいい台詞で返してくれたりしないだろうか?


「……なにせ朝一で朝貝さんと話せたからね!」


 あんまりキザっぽくはないな。僕にはあまりその手のセンスはないのかもしれない。まあ僕のことはよくて、朝貝さんだ。この適当なトスを、朝貝さんはどう捌く?


 僕の発言に驚いたように目を見開いている。言葉が出ないのか、パクパクと口を開けたり閉じたりしている。先週はずっとしてやられてばかりだったから、こうやって動揺する朝貝さんを見るのは新鮮だ。

 頬を赤く染めて、それでも頑張って何か言おうとしているようだ。・・・・・・悪いことしたかな?

 しかしそこは朝貝さん。口を引き結び、キリッとした表情で僕を見る。そして立ち上がり、僕の腰に手を回して引き寄せる。


「フフッ、かわいいことを言うね? もっといい朝にしてあげたくなるよ」


 少しだけ首をかしげてウインクのオマケつき。おお! これはすごい! あっという間に攻守逆転! 僕がヒロインになってしまった! 悔しいかな、ちょっとときめいてしまった。いや、すごいな朝貝さんは。


 残念ながらすぐに朝貝さんは僕から離れて席に戻ってしまった。あぶない、危うく身も心も乙女になってしまうところだった。でも、いい体験をさせてもらった。世の女子がどうしてああもキザったらしい王子様キャラにきゃーきゃー言うのか、身をもって分からさせられてしまった。


 そして朝貝王子はきっちり5日間、ずっと僕の隣に座っていた。僕を時折どぎまぎさせながらね!


 ***

 

 週明け、月曜の朝。すでに僕の頭は朝貝さんの態度がどう変わるかでいっぱいだ。うっかりバスを乗り過ごしそうになったり、なんてこと無い段差に躓きそうになったりと朝から散々だ。でもそれは今このときのため! なんていうと大げさかな。まあ、そのくらい胸を高鳴らせているということにして欲しい。


 いつもと変わらず、朝貝さんは椅子に座っている。読んでいる本はそういえばいつからかハードカバーに変わっていた。一体どういう本を読んでいるのか、どんな本が好きなのかが少しだけ気になった。

 ガラガラと教室の扉を開ければ、すぐに朝貝さんが僕の方へと向いてくる。さあ、どうだ? 王子キャラのままなら、手招くようにして僕を椅子に座らせる。お嬢様ならツーンとすぐに本に視線を戻す。


 朝貝さんはガタリと席を立ち、僕の元へとやってきた。


「今日も早いっスね! なんかいいことでもあったんスか?」


 そう言いながら僕の周りをぐるぐる回る。心なしか背筋を丸めているようで、視線の位置が低い。いわゆるごますりっていう姿勢をとっている。僕を見る目も自然に上目遣いになっている。これは・・・・・・後輩、いや三下か? 僕の歩みに合わせて、顔を見ながら横並び。なんだろう、これはなんか既視感がある。


 ・・・・・・ああ、おじいちゃんの家で飼っている犬がこんな感じだった。一緒に散歩へ行くと、リードを持っているおじいちゃんの顔を見ながら歩くのだ。僕がリードを持つとぴゅーっと飛び出すくせに、おじいちゃん相手だとどうします? どこ行きます? って風に尻尾を振るのだ。


 朝貝さんはそこまでではないけど、意味なく周りをうろつく感じはよく似ている。

 他の生徒が登校してくる頃には落ち着いて二人とも席に座っているけれど、それでもなんとなくこちらをチラチラ伺っている視線を感じた。


 ***


 3週間を過ぎていくつか分かってきたことがある。

 朝貝さんは週替わりでキャラクターが変わること。お嬢様から王子に三下、特に共通点みたいなものは思いつかない。どれもえらくアクが強いことは共通しているけども。

 そして、もう一つは僕にだけこのキャラクターでいること。これはお嬢様の段階で分かっていたことだけど、まあ当然と言えば当然かもしれない。さすがの朝貝さんも思いっきり演じている姿を他の人に見られたくはあるまい。

 それしても、朝貝さんは自分の友達と話しているときにはとても普通だ。さりげなく会話を耳に入れてしまっているけれど、二人の時とのあまりのギャップにめまいがしそうだ。……盗み聞きは行儀がいいとは言えないけれど、そこは許して欲しい。

 ともあれ、どこにでもいる普通の女の子が、自然な話し方でドラマや家族のことをしゃべっている。たわいない日常の一幕。


 ……僕はそれが、なんと言ったらいいのか、とてももどかしい。なんで朝貝さんは僕の前でだけ、キャラクターを作っているのか。

 

 僕にもそんなたわいない話をして欲しい。気がつけば、僕はそう思うようになってしまっていた。

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