人間とはこんなものか
人間とはこんなものか。
私はため息をつく。
数十年前にどれだけ時間が経とうと私を愛すと誓った男。
彼はもう五年も私の話をろくに聞かない。
どれだけ声をかけても申し訳なさそうに言うのだ。
「ごめん。今は一秒でも時間が惜しいんだ」
一秒。
彼はそう言う。
当然か、永遠の命を持つ私と違って彼の寿命は有限なのだから。
しかし、彼は私にプロポーズをするときに確かに言っていた。
「僕と君の寿命の差など関係ない。僕は命の限り君を愛す」
あんなに熱っぽく私を見ていた男。
今ではすっかり私を相手にしてくれない。
所詮こんなもの。
そう思っていても私は悲しかった。
そして、ある日。
彼は静かにベッドの上で息を引き取った。
晩年にはほとんど私を見てくれなかった。
もうきっと私のことなどどうでも良かったのだろう。
いや、ひょっとして人外である私に恋をした人生を後悔していたのかも知れない。
「馬鹿みたい」
呟いて私は彼の遺体の前でさめざめと泣いていた。
こうなることを分かっていたのに彼を愛してしまった自分が惨めだった。
永遠に愛してくれると言ったのに。
「嘘つき」
そう呟いた途端。
「まだ決めつけないでくれよ」
「えっ?」
不意に聞こえた彼の声。
慌てて彼の遺体を見るが当然ながら彼はもう息をしていない。
「こっちだよ。こっち」
声に気づいて背後を見る。
すると幽霊となった彼がそこに立っていた。
ぽかんと口を開けていると彼は言った。
「永遠に一緒に居る方法を探したんだけど、こんな方法しかなくてさ」
霊となった彼の身体には邪な気が混じっている。
どうやら、悪霊の類いらしい。
「何してるの、あなた……」
「見ての通り、君に取り憑いている。何せ、大きな後悔を持っていたからね」
「後悔?」
「あぁ。晩年に君に冷たく当たってしまった後悔と君を独りにさせてしまった後悔」
そう言って私の隣に座る。
「君と同じく永遠を生きるにはこの方法しかなかった。寂しくさせてしまってごめん」
私は少しの間、固まり、そして。
「馬鹿みたい」
笑った。
彼もまた笑う。
人間とはこんなものか。
こんなにも愚かなものか。
そんなことを考えながら、私は片手を伸ばす。
彼はその手に軽く口づけをしながら、あの日と同じように宣言した。
「僕は命の限り君を愛す」
「死なないくせに」
「そう。だから永遠に君を愛する」
私の泣き笑いに彼は穏やかに笑うばかりだった。