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異端者の叫び

作者: アスペルガー

この文章は、筆者の主張をより強調するために、歴史や社会に対する極端な解釈やそれに伴う感情的な表現を多分に含み、議論の上で本来考慮すべき例外事項の一切を排除しています。

人はよく、アスペルガー症候群をはじめとした発達障害、自閉症を持つ者に対して「迷惑だ、不快だ、ストレスが溜まる」といった不満を漏らすことがあるが、それはこちらからしても全く同じことなのに、なぜたまたま多数派に生まれたというそれだけであんなに傲慢になれるのだろうか。たとえば、SNSで散見される、エンジニアの思考や彼らの会話をあたかも狂人であるかのように、その恩恵を受けているにもかかわらず槍玉にあげてその人格を非難し、あるいは笑いものにする風潮がある。しかしああいった会話はむしろ、自身が悪意に塗れ、それ故に他者からの悪意に過剰に敏感になった人たちのための作法などは、健全なコミュニケーションに全く必要のないものだと証明するものだ。だが、あなた達はその現実を見て見ぬふりをし、彼らを異端扱いする。歴史を振り返ってみれば、人類の文明を発展させてきたのは彼らで、それを悪用してきたのはいつだってあなた達だった。自閉症なくしていったい誰が、石を割り続けて石器を作り上げただろうか。だが、大衆はそれを使って他者を殺戮することはすぐに覚えるのだ。原子爆弾が何十万という日本人の命を奪ったとき、アインシュタインがなんと言ったかを知る者は少ない。だがその代わりに、どこかのイカれた天才が大量破壊兵器を開発したのだと信じる者のなんと多いことか。通説によれば、人間の約1割は発達障害などを持ち、自己中心的で、共感力や協調性、コミュニケーション能力にかけるのだそうだ。ではそうでないものは、これらを備えているのだろうか? まず共感力だが、私の見てきた限り、健常者がこれを発揮するのは同じ健常者に対してだけだ。自閉症を持つ者たちへの日ごろの仕打ちを見れば一目瞭然だ。対して彼らは、往々にして自分とは違う存在にも興味を示し、一定の理解を得ようとする。それは文化などの違いだけではなく、種族の差すらも超え、自閉症を持った人が他の人よりも動物や虫などと良好な関係を築いている例は多いだろう。だが健常者はどうだろうか? 自分たちと違う者は爪弾きにし、あるいは対立するだろう。これは発達障害を持つものに対してだけではない。属性や考え方によってもだ。もしこの世の大半が健常なる者で構成されているのならば、なぜ国家間の争いが起きるのか? なぜ、共感力と協調性とコミュニケーション能力を持ったあなた達が武器を手に死人の統計が取れるほどの殺し合いをするのだろうか。戦場には特別自閉症が多いのか? いいや、協調性のない者たちが集団生活を営み行進したり、団結して同じ人間を虐殺したり出来るはずがない。そう、あなた達は確かに協調性を持っているのだ。足並みを揃えて皆んなと同じことをやり、いつしか皆んながやっていることなら正しいと思うようになり、その空虚な協調性によって仲間はずれを作っては皆んなで虐めて、組織の問題は隠蔽し、いつしか皆んなで戦場に赴き、敵将兵にとどまらず無辜の民にも銃口を向けるのだ。それが単なる領土問題等だけではなく、宗教間の争いにも起きるのだから救いようがない。アスペルガー症候群であったとされるイエスキリストは隣人を愛せと言ったのであって、汚職に塗れた組織を設立して宗教の違いを口実に他国に攻め入って略奪や虐殺、奴隷を取ったりしろなどとは一言もいっていないはずだ。またあなた達は、そういったことのために一部の能力に優れた発達障害者から知的好奇心を搾取するのだ。彼らは戦争のために核エネルギーを取り出したのではないし、戦争を起こすために神の教えを説いたのでもないのに。そして陰では「天才と馬鹿は紙一重だ」などと言って嘲笑う。もちろん、アスペルガー症候群を持つ全ての者が文明の発展に貢献したわけではない。その多くはこの社会に受け入れられず、かといってそれを覆すほどの能力もなくゴミのような扱いを受けてきた。だが、その中でも彼らは利他的な思考や願望を持っている場合が多いことはよく知られているだろう。アスペルガー症候群の人間は、トロッコ問題においては往々にして迷わず1人を犠牲にする選択をとることが多く、それもまた彼らへの人格攻撃の材料にされる。しかし、彼らの場合はその1人が自分自身だったとしても答えを一貫する者がほとんどだろう。逆に、あなた達はその1人が自分の嫌いな人間であったならば喜んでその者を殺す選択をとるだろう。これを人情と呼んだりもする。そしてその人情によってあなた達は戦争を起こし、戦争を肯定するのだ。自己中心的なのはいったいどちらだろうか? あなた達が自己中心的でなく、共感力や協調性を持ち、コミュニケーション能力を備えているのならあなた達同士で殺し合わなくて良いはずだ。それぞれの国家や集団に約1割存在している自閉症の彼らを一生虐め抜いていれば良い、それで世界から戦争が無くなるのならば彼らとて本望だろう。どうせ自分たちが社会に受け入れられ愛される未来は来ないのだから。自分の強みをもって、あるいは自分を犠牲にしてでも他の誰かを助けようとするのが群れで生きる動物としてのあるべき姿であることを彼らはよく理解している。そして、同じような性質を持った個体だけが集まればその群れが破滅に向かうということも少し考えればすぐに分かることだ。それなのにあなた達は、多数派の自分たちと少しでも違っている者がいれば、忌避し、存在を否定し、迫害する。少数派であったがために受けるこのような仕打ちをなんと呼ぶべきかはここでは敢えて論じないことにするが、断じて許されるものでないのは確かだ。それを今の今まで野放しにし、この現状に露ほどの違和感も感じておらず、これからもただ障害者を煙たがるだけのあなた達に問いたい。あなた達のいったいどこが健常なのか?

持論だが、この世の人間の9割程度は、古今東西の遍く悪魔が逃げ出すほどの醜悪さを持った者たちで占められている。そして悪魔とは、その存在の意味を表すには最も見当はずれな名前をつけられた不憫な存在のひとつだ。

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