実体のある虚構 第4集 joke world in tv
瀬能さんは、社会から完全孤立する爺さんを思い出す。
瀬能「キンポ!」
ヒョウロク「キンポ!」
瀬能「ヒョウロクじいさん、お久しぶりです。」
ヒョウロク「おお、嬢ちゃん。よくここが分かったな。」
瀬能「移動するとは聞いていましたけど、当たりをつけて来ただけです。会えなかったら会えなかったで、それまたご縁だと思って。」
ヒョウロク「まぁ、そうだな。せっかく来たんだ、ゆっくりしていけ。」
瀬能「あ、これ、お土産です。ヒョウロクじいさん、塩、足りてないでしょう?塩と海のもの、持ってきました。」
ヒョウロク「おお!助かるわ!・・・塩は貴重だからな。そっちはなんだ?乾物か?」
瀬能「ええ。スルメと鮭と、あとホッケです。スーパーで買ってきたものですけど。」
ヒョウロク「なんでもいい、なんでも。人間、塩気がないと生きていけないからな。ミネラルは大事だ!」
瀬能「それから、これ、良かったら。」
ヒョウロク「おお。これも助かるわ。アスピリン系頭痛薬。」
皇「ええええ?山ん中で、爺さんを助けた?」
瀬能「そんな驚く事じゃないでしょう。」
皇「なんで爺さんが山にいるんだよ?・・・山で芝刈りか?婆さんは川で洗濯でも?」
瀬能「お爺さんもお婆さんも、そこら中にいるじゃないですか?山にいたって何の不思議もないでしょう?」
皇「そりゃぁ言われてみればそうだけど。どうして、爺さんを助けたんだ?遭難でもしていたのか?」
瀬能「行き倒れ?・・・かなぁ。」
皇「行き倒れ?山で?」
瀬能「ええ。私が山を歩いていたら倒れてまして。死にそうだったので助けてあげました。」
皇「杏子。・・・犬とか猫が怪我してて助けてやったならまだ分かるけど、爺さんだろ?」
瀬能「倒れていたら、犬も猫も爺さんもツルも関係ないじゃないですか。私、博愛主義者なんで。」
皇「独善主義者の間違いだろ?」
瀬能「相変わらず瑠思亜は面白いですね。あははははははははははははははははははははは!・・・まったくもって独善主義者です。」
皇「それで?助けた爺さんが恩返しでもしてくれたのか?」
瀬能「お爺さんはそんなに義理堅いお爺さんではなかったので、玉手箱はくれませんでしたね。」
皇「・・・知らねぇ爺さんに懐かれても困るしな。」
瀬能「空腹と発熱で、半分、極楽浄土に足を踏み込んでいたんです。」
皇「危ないじゃん。爺さん危ないじゃん。」
瀬能「たぶん何かしらの虫にやられて、急性の感染症にかかったんだと思います。最近、温暖化で冬でも越冬する蚊がいますから、私は蚊の類ではないかと踏んでいるのですが。目立つ所に切り傷も擦り傷もなかったし、虫刺されの跡もなかったから、アブや蜂ではなく、蚊だと思うんですよね。」
皇「世界で一番多く、人を殺しているのは蚊だって言うしな。」
瀬能「熱にやられて動けなくなったのか、食べる物がなく動けなくなった所を熱で更にやられたかは分かりませんが、もっている食料。カロリーが取れるブロック菓子と解熱剤を飲ませました。用法用量使用法を一切無視してお爺さんに飲ませたら、動けるようになりましてね。一命を取り留めたっていう次第です。」
皇「良かったなぁ、爺さん、助かって。」
瀬能「一週間ぐらい世話してたら、随分、体が回復したから、山に帰るって言い出しましてね。そのお爺さん。」
皇「なに?山の妖精なの?その爺さん。ねぇ?」
瀬能「私に手を振って、感謝しながら、山に帰っていきましたよ。人間、良い事をした後は気分が良いものですね。」
皇「お前、ほんと、何やってんだよ?山で一週間も爺さんの看病してたのかよ?」
瀬能「・・・ほら、世話をやくと段々、愛着が湧いてくるじゃないですか。犬でも猫でもツルでも。」
皇「爺さんは無ぇわ。」
ヒョウロク「ほら、嬢ちゃん。食え。精がつくぞ。」
瀬能「ありがとうございます。これは何のジャーキーですか?」
ヒョウロク「分からん。皮を剥いて、干した後は、もう、分からん。」
瀬能「貴重なものをありがとうございます。」
ヒョウロク「久しぶりの客人だからな。人間と喋るのも久しぶりだ。嬢ちゃんは特別だがな。特別中の特別だ。」
瀬能「ヒョウロクじいさん、しばらくはここを拠点に?」
ヒョウロク「ううぅうん。まぁあなぁ。ほら、おかわりもあるぞ。そうだな。ここに来たのは去年の夏の終わり頃だ。標高が低いくせに、山に囲まているから人も動物も滅多に入って来ないからな。・・・いい場所だろ?」
瀬能「雪はどうなんです?」
ヒョウロク「雪は仕方がない。降るなって言ったって降るもんだろ。冬は冬眠だな。」
瀬能「冬眠ですか。」
ヒョウロク「良いウロは先客がいる。かち合わない様に要注意だ。喧嘩してもこっちがやられるだけ損だからな。まぁ一年もいりゃぁ、見てみろ?雨風ぐらいはしのげるだろ?」
瀬能「良いねぐらは、動物も狙ってきますし。私からは気を付けて、しか言えませんけど。よく見つけましたねぇ、感心します。」
ヒョウロク「まず生きていくには衣食住が大切だ。良い拠点が手に入れば、他の事も楽になるからな。ほら、」
瀬能「ありがとうございます。ジャーキーからうま味がにじり出て、スープに溶け込んで、美味しいですね。肉々しくて。普段、こんなもの食べられないです。」
ヒョウロク「当たり前だろう。なっはっはっはっはっはっはっは」
皇「どいう事だ?完全、孤立?」
瀬能「ええ。完全に孤立した生活を送っているんです。」
皇「・・・ま、今、年寄りが一人で生きているのも珍しくないだろ?ただ、山に一人で住んでいるっていうのは珍しいけど。おまけに、死にかけたんだろ?」
瀬能「いや、そういう事じゃなくて、社会から孤立しているんです。」
皇「だから社会から孤立して、山に」
瀬能「えぇぇぇっと、日本から孤立しているというか、独立しているのいうか、」
皇「お前、何、言ってんの?」
瀬能「ですから、完全に孤立しているお爺さんなんです。」
皇「かわぐちかいじ、か?」
瀬能「似たようなもんだと思います。」
皇「日本から独立とか、孤立とか、どういう意味だよ?」
瀬能「いや、そのままの意味で。日本国から一切お世話にならずに生きているんです。最初聞いた時は驚きました。けど、よくよく聞けば、納得する話もありまして。」
皇「国から世話になってないって、年金、もらわずに、とか、そういう意味か?」
瀬能「もちろん年金も貰っていないですし、他にも行政サービスを受けていませんね。」
皇「山、ん中だからな。」
瀬能「年金もらっていないっていうか、年金、払っていないみたいですし。なんなら税金も払っていないみたいで。・・・大きな声じゃ言えませんけど、死んでいる事になっているみたいです。」
皇「はぁああ?」
瀬能「だからぁ、死んでいるので、日本のお世話になっていないんですよ?」
皇「・・・戸籍抹消ジジイって事か?」
瀬能「ええ。行方不明になって、何年か既定の年数を超えると、死亡扱いになる、アレですよ。」
皇「義務の放棄だからな。あまり大きな声でいえる話じゃあないわな。一般論だけど、税金払って、行政サービス、受けた方が、断然、お得だし、生活しやすいのに。だって海外にも行けないし、病気にもなれないだろ?どうしても働けなくなったら保護もしてもらえないし。」
瀬能「そういうの全部、いらないみたいです。人知れず、生きていきたいと話していました。」
皇「こんな事、言っちゃ水差すようだけど、この世界で、誰のものでもない、番地がついてない土地なんて何処にもないぜ?その爺さん、一人で生きているつもりだけど、結局は他所様の土地に、勝手に間借りして住んでいるだけだぜ?都合がいい、孤立って私は好きじゃない。」
瀬能「それは本人も分かっているみたいですけどね。ほら、あんまり説教みたいな事、すると、意固地になっちゃうから。」
皇「ああ、お前みたいだな。」
瀬能「だから気が合うのかも。あははははははははははははははははははは」
皇「その爺さんみたいに望んで戸籍を消す人間もいるし、親や国の都合で戸籍が無い人間もいるし、難民もそうだ。・・・もう大分、年齢的にいなくなってきたけど戦災孤児で戸籍がない人たちも大勢いたらしいからな。戸籍がない人より、戸籍が持てない人間の方がよほど深刻な話だ。」
瀬能「たまたま山で助けたお爺さんが、何もかも無い、真の自由人だったというわけです。生きるのも死ぬのも自分次第っていう。」
皇「戸籍がない爺さんを自由人って呼んでいいのか謎だけどな。」
ヒョウロク「ほれ、大豆だ。味はないがな。」
瀬能「ありがとうございます。貴重なたんぱく源を。」
ヒョウロク「大豆はだいたい、どんな所でも育つからな。豆を煮て、食っていれば、そうそうくたばらんわ。たまにこうやって肉も食う。あと、これだ。」
瀬能「おお!立派な舞茸ですね。・・・ヒョウロクじいさん、キノコの目利きは大丈夫なんですか?信じていいんですか?」
ヒョウロク「疑っているのか?キノコに関しては未だ、自信がないが、こいつは大丈夫だ。流石に儂でも、変種と新種が出てこられたら訳がわからん。菌とかウィルス、毒のたぐいは、体に慣らさせていけばそのうち大丈夫になるもんだ。」
瀬能「ヒョウロクじいさんが大丈夫でも、私は平気じゃないですからね。言っておきますけど。」
ヒョウロク「慣れなかったら死ぬだけだ。なっはっはっはっはっはっは!毒があるやつ、食えないやつは、動物が食わないから、それが目印だ。」
瀬能「その動物だってキノコと共生関係にあったら、食べるでしょ?」
ヒョウロク「嬢ちゃん、詳しいなぁ!なっはっはっはっはっはっはっはっは!食って死んだらそれまでよ、運が悪かったと思うしかあるまい。」
瀬能「まあ、いいですけど。・・・ああ、舞茸の出汁が出て、美味しい。」
ヒョウロク「いま、世の中はどうなってんだい?嬢ちゃん、今晩の肴に聞かせてくれないか?」
瀬能「世間を捨てた人間が、浮世の事が気になるんですか?」
ヒョウロク「こいつはいけねぇ。それもそうだ。自分から世を捨てたくせに、未だ、世捨て人になりきれない。ざまあねぇなぁ。」
瀬能「日本だけじゃなく世界は極めて混迷していますよ。二極化、二極化、世の中、すべて二極化です。」
ヒョウロク「二極化ね。白か黒かではっきりしていていいじゃねぇか?何か困る事でもあるのかい?」
瀬能「はっきりし過ぎていて困る事ばかりですよ。白か黒か、正義か悪か、好きか嫌いか、曖昧が許されない時代になってきました。ヒョウロクじいさん、人間って白黒だけで割り切れるものなのでしょうか?・・・好きか嫌いかだけで世の中、割り切っていったら、息苦しくて生きていけなくなると思いますよ。」
ヒョウロク「そんなもんかねぇ。好きか嫌いかだけでいいじゃねぇか?困る事もねぇだろ?ダメだったらそれでお終い、次に行けばいいじゃねぇか。なぁ?」
瀬能「じゃあですね。これ、舞茸。私、好きですけど、嫌いだったとします。そうすると、舞茸は終わり。舞茸を出したヒョウロクじいさんも終わり。世間から嫌いと認識されたら失敗のレッテルを張られ、二度と立ち直る事は出来ません。二極化の世の中ですから、失敗すれば即終了。失敗が許されない世の中なんです。ヒョウロクじいさんが言うような、失敗したら次で頑張ろうっていうのが、許されない社会なんです。」
ヒョウロク「はぁ?なんだそりゃ?なんだ、情とか義理とか、そういうのは無いのか?失敗したら終わり?」
瀬能「冗談のように聞こえているかと思いますが、ヒョウロクじいさん。冗談じゃないんですよ、それが今の社会です。レールに乗っている間は、安全で健全な生活を約束されますが、一度、レールから外れればそれはもう真っ逆さま。レールに戻れる事はありません。一生、アウトローです。」
ヒョウロク「・・・つまらない世の中になっちまったな。」
瀬能「皆さん必死ですよ。レールから外れない様に。レールにしがみ付いた生き方をするのに必死ですよ。私みたいなレールから外れた人間は、ヒョウロクじいさんと一緒で、世間から見えていない様に扱われています。まるで透明人間。そこにいるのに、いない、みたいな。」
ヒョウロク「情けは人の為ならず、なんて言うけど、そういう気概もなくなってしまったんだな。」
瀬能「世の中、好きか嫌いか、白か黒かに分かれるじゃないですか。だから、自分が勝ち組になるように必死なんですよ。多勢に無勢。人の心の探り合いです。自分が少しでも優位になるように、多数派にいるように、相手を貶めてでも、自分が勝ち組になりたい。二極化、二極化です。・・・私からしてみれば勝ち組とか負け組とか、相対的な物の見方でしかないんですけどね。立場が変われば考え方も変わってくると思うんですけど。」
ヒョウロク「視野が狭いと極論しか見えてこなくなる。自分だけの支離滅裂な正義を振りかざすようになったら人間、終わりだぞ?」
瀬能「だから終わっているんです。そういう人、ばっかりです。特にそういう人が、一国のトップになっていますから、世界中、腹の探り合い、罵り合いです。誰も責任を取ろうとしない。勝ち組の人間は、勝ち逃げが出来ますが、負け組の人間は、何処にも行けず飢えて死ぬだけ。畜生、羽虫にも劣る生涯だと思いませんか?」
ヒョウロク「人間が家畜以下とは、笑うにも笑えない状況だな。」
瀬能「裕福な人間はより裕福になり、困窮する人間はより困窮する。・・・ユーラシア大陸の方で今、戦争が起きているんですけど」
ヒョウロク「戦争?・・・内戦じゃなくてか?」
瀬能「ええ。戦争です。国と国が、戦争しているんです。」
ヒョウロク「嬢ちゃん。この、このご時世。冷戦で互いにがんじがらめになる事で、武力は税金の無駄遣い。それより経済発展、技術発展の外交で、国益を守ってきたんじゃないのか?戦争?・・・戦争したって何の得にもならないだろ?共産国家の名を語った独裁国家ならいざ知らず、常識ある人間であるならば、二度の世界戦争の教訓と、それに伴う勝戦国中心の国家間会議が、世界を監視していたはずじゃないのか?国家間の戦争を引き起こさせない為に。」
瀬能「いいえ。今や独裁国家ばっかりですよ。民主主義国家を語った独裁国家です。トップになれば、やりたい放題。憲法も法律も自分が好きなように変えられます。やろうと思えば、戦争だって出来てしまうんですから。安全保障?自国の安全保障を盾にとって、相手は、いつ襲ってくるか分からない敵国だから、その前に武力的に制圧してしまいましょう。これは攻撃ではありません。積極的な防衛です。相手にやられる前に相手を倒す、という防衛です。」
ヒョウロク「無茶苦茶な。なんて無茶苦茶な理論だ。」
瀬能「無茶苦茶な事がまかり通ってますよ。さっきも言けどヒョウロクじいさん。世界は二極化です。戦争で国を追われ、難民となった人間もいれば、フットボール、ベースボールなどで一人の選手に、何億と言うお金が動き、戦争が起こっている事を忘れ、平和を歓喜する。働いても働いても貧しい労働者がいれば、電話で親族を装って詐欺をする連中がいたり、知恵や知識を学校で勉強できなかった為に、労働力として搾取されたり、誘拐され人身売買の道具にされてしまう事件も起きています。反対に、インターネットで有名になれば、不労所得とは言いませんが、労せず大枚を得る事も可能です。二極化かどうかも分かりません。すべてが危うく、泡沫した世界なのかも知れません。」
ヒョウロク「戦争、平和、金、・・・世界はアンバランスだな。アンバランスだ。儂には崩壊しているようにしか聞こえないのだがね。」
瀬能「まったくもってその通りです。終わっているのは世界の方かも知れませんね。」
皇「ああ。その爺さんみたいに、世界から孤立して生きている方が幸せかも知れないな。」
瀬能「こんな終わっている世界から切り離されて生きているのですから。これも二極化です。」
皇「私は・・・俗世の人間だから、しがみついてでも、この世界で生きている方がマシだ。お前はどうなんだ?」
瀬能「私は俗世の塊ですから。」
皇「それよりキンポってなんだよ?」
瀬能「挨拶です。おはよう、とか、こんにちは、とか、そういう意味らしいですけど、ヒョウロクじいさんが考えた言葉なので、深くは知りません。」
皇「キンポ?」
瀬能「キンポ!」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。