表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

大長編 安楽椅子ニート 瀬能杏子と実体のある虚構

段ボール箱いっぱいのビデオテープを拾った知人がそれを見たいと瀬能さんの所にそれらを持ち込む、と一本のホームビオで出てきて・・・

木崎「・・・。」

布川「・・・あのぉ。木崎さん?どうしたんですか?青い顔しちゃって。」

木崎「俺、どうしていいか、分からないんだ。俺、どうしたらいい、布川ぁ?」

布川「え?あ、ま、えぇえ?・・・何があったんですか?具合悪いなら早く帰った方がいいんじゃないですか?」

木崎「・・・俺はとんでもない話を聞いてしまった。」

布川「なんですか?とんでもない話って。」

木崎「聞いてくれるか?布川、」

布川「いやいやいやいやいやいあいや!・・・言わないで下さい。言わないで。聞いちゃったらマズイ気がします。」

木崎「待てよ、待ってよ、俺の話を聞けよ!・・・俺、一人で抱えられそうにない!ぜったい無い!」

布川「ますます聞きたくないですよ!・・・ああ、ああ、そうだ、部長!部長に話してみたらどうですか?」

木崎「ぶちょうぉお?」

布川「そんな嫌そうな顔をしないで下さい。・・・きっと、あれでしょ?つまんない都市伝説とか噂話、芸能の裏情報とかでしょう?」

木崎「・・・」

布川「ちがうんですかぁ?」

木崎「俺はどうしたらいいんだ。おい、布川!布川ぁ?」

布川「・・・面倒ごとは御免です。僕、定時で帰りたいんで。木崎さん、すみません。お力になれません、さようなら。」

木崎「待てよ!待てよ!待てよ!待てよぉぉおおお!」




橋田「いやぁ瀬能さんに相談して良かったよ。」

瀬能「まぁ同じ公民館の不正占拠仲間ですから。」

橋田「待って。待って、瀬能さん。なにその不正占拠仲間って?」

瀬能「ん?」

橋田「え?」

瀬能「え?橋田さん、公民館を不正占拠しているじゃないですか?」

橋田「なにそれ?はじめて聞いたけど?」

瀬能「毎日、開館時間から閉館時間まで、新聞読んだり、テレビ見たり、本読んだり、たまにイベントがあれば勝手に参加したり、公民館職員でもないのに職員みたいな顔をして利用客に案内してたりしてるじゃないですか?」

橋田「待ってよ、待ってよ、瀬能さん。それはちょっと話を盛り過ぎじゃない?」

瀬能「新聞読んで、テレビ見て、ウォーターサーバーの水を飲んで、エアコンの聞いた廊下で昼寝して。誇張していないと思いますけど。」

橋田「う、うううん。そうだね。・・・うん、確かにそういう側面もある。確かに。でも、不法占拠はしてないよ?合法的に、館のものを触っているだけであって。何も違法な事はしてないけど。」

瀬能「違法な事は何一つしていませんが、朝から晩まで居座っているその精神力、私も見習いたいです。私も同様の身ですから、橋田さんの様な人がいて、助かってます。頼りにしてますよ。」

橋田「え?瀬能さん、僕の事、そういう目で見てたの?」

瀬能「ええ。公民館なんて、あっても誰も使っていないじゃないですか?たまに町内会の寄り合いで使うくらいのくせに、税金であんな東京駅みたいな建物作っちゃって。学生もほら、今、塾中心でしょ?下手したら自分の家でネットの家庭教師ですよ。ますます公民館を使う人がいない。私や橋田さんみたいな暇な人間が使ってやらないと建物が勿体ないんです。堂々と使ってやりましょう!」

橋田「ええ?ちょっと嫌だなぁ。」

瀬能「私が職員にバレないように、図書室の本を少しずつ拡充しているので、もし、橋田さんも読みたい本があったら言って下さい。」

橋田「・・・ああ、だんだん図書室の本が増えているの、君の所為なの?あと、漫画が増えてるなぁとは思っていたけど。でもさぁ、初期の銃夢とか、跳んだカップルなんて誰も読まないと思うよ?何気に王家の紋章、全巻揃っているのは凄いけど。」

瀬能「王家の紋章は私の仕業ではありません。職員の趣味だと思います。稀に学校のバザーがあって、掘り出し物が出る事、あるんですよ。たぶんきっとそれじゃないかなぁと私は睨んでいます。ナルトは中忍試験までだから、誰か最終巻まで入れて欲しいんですけど。」

橋田「ナルトは中忍試験まででいいんじゃない?あとは蛇足でしょう?」

瀬能「私もワンピースはアラバスタまでで良いと思っていますが、作品を全体で見た時、やはり、最後まで読まないと、行間が分かりませんから。ナルトもブリーチも最後まで入れて欲しいんですけど。次のバザーで出てこないかなぁ。」

橋田「分かりました。瀬能さん、僕、足しておきますよ。内緒で。ナルトは発行部数が多いから単価も下がっていますし、バザーだけじゃなくて、古本回収で出回る事が多いから。」

瀬能「古本屋の買い取り価格も安いですからね。発行部数多いと。橋田さん、古本回収にも明るいんですか?」

橋田「ええ。古紙回収の日は散歩がてら市内を回っております。健康の為。」

瀬能「流石です。流石、不法占拠仲間。」

橋田「褒めてないよね?」

瀬能「褒めてはいませんけど、志は一緒のような気がしています。それでこの大量のVHSテープはどうしたんですか?まさか拾ったんですか?」

橋田「まさか、まさか、まさか、そこまでしないよ。もらったの。」

瀬能「もらった?・・・嘘ですね。」

橋田「いやいやいやいやいやいや。ちょっとちょっとちょっと瀬能さん。いきなり嘘って。」

瀬能「正直に言って下さい。誰にも言いませんから。こんな段ボール箱いっぱいビデオテープが出て来る訳ないじゃないですか?不法所持じゃないんですか?」

橋田「さっきから酷い事言ってるけど。あの、駅前に写真屋さんあるの分かる?居酒屋の隣の。そこのお店の人が、朝、段ボール箱かかえて出て来たのよ。粗大ゴミ捨てるって言って。それで聞いたら、8ミリのカメラだったり、機材なんか入ってたんだけど、ビデオテープもいっぱいあって、捨てるならくれ、って言って、もらってきたの。五十本くらいあるじゃない?もしかしたら、これ、お宝が入っているんじゃないかと思ってさ。」

瀬能「・・・本当ですかぁ?」

橋田「いや、本当だって。映画なんて撮る趣味もないし8ミリなんて僕が持っていても使い道がないから、いらなかったんだけど、ビデオテープが一箱あれば、宝探しに丁度いいと思ってさ。時間も潰れるし。」

瀬能「価値的には8ミリの機材の方が、上の様な気もしますが、ビデオテープを取るあたり、橋田さんの下世話な感覚に好感が持てます。」

橋田「でしょう?お宝映像なんかが入っていそうでワクワクしない?・・・それで、このビデオを見ようと、図書館と公民館に行ったんだよ。そしたら図書館はソフトの貸し出しをやっているけど、掛ける機械は無いって言うんだ。じゃあ公民館も視聴覚室があるからそっちなら見られる機械があると思ったら、もうビデオデッキは無くて。それで途方に暮れていたら、瀬能さんならビデオデッキ、持っているんじゃない?って言われて、話をしてもらったわけ。」

瀬能「私はその問題については以前から指摘していて、行政にも訴えているんですが、公共機関ならある程度のレガシー機器を残しておくべきだと思うんですよね。代議士に陳情に行ってますよ。」

橋田「・・・何気に瀬能さんって、社会派なんだ。」

瀬能「当然の主張だと思います。そのうちレーザーディスクもビデオディスクも見られなくなります。何でもかんでも民間じゃお金がかかって仕方がない。・・・今回、公民館の職員さんから相談を受けましたが、常々、思う所があります。それに職員に頼まれたら、日頃のやましい事があるので、無下に断れませんし。」

橋田「ああ。そういうご事情で。」

瀬能「保身も大事ですが、ビデオテープにも興味があります。呪いのビデオとか出てきて欲しいですし。」

橋田「ええぇ?僕に呪われろ、と?」

瀬能「橋田さんが呪われたら面白いじゃないですか?」

橋田「面白かぁないよぉ!そもそもぉ呪われるビデオとか、あり得ないからぁ。」

瀬能「いや、分からないじゃないですか。橋田さん、公民館の職員さんに疎まれている、かも知れないし。」

橋田「ちょっと待って?・・・え?・・・疎まれている?」

瀬能「ほら、あの有名な呪いのビデオ映画。山荘でビデオ見たら呪われるって言う。終いにはテレビから怪奇な女が飛び出してくる演出でおなじみの。実は、設定自体は古典的で、手紙や写真がビデオテープに変わっただけで、怖さの要素は普遍的なんですよ。突き詰めると、ビデオテープですからビデオを見て呪われるっていうのは分かりますが、写っている一コマ一コマのテープはどういう扱いなのか、っていうのがあって、考えると呪いのビデオテープって何?ってなってしまうんですよね。将来的には呪いのブルーレイだったり、呪いのDVD-BOXになったりするんじゃないでしょうか。特典映像付きで。」

橋田「あの。瀬能さん。怖い物の話で、突き詰めて考えると楽しくないよ?恐怖は、それを楽しむものであって、設定に無理があるとか言っちゃうと白けちゃうから。あと、何気に瀬能さん、酷い事、言ってるよね?流してたけど。」

瀬能「気の所為です。気の所為。・・・ビデオデッキの準備は出来ましたから、見ていきますか。それにしても、写真屋さんに何故こんなにビデオテープがあるのでしょう?・・・明らかに映画を録画したもの、これも、ラベルを信じればの話ですけど、ホームビデオの類もあるんでしょうねぇ?」

橋田「僕はどっちかっていうとそっちを期待しているんだけど。人の家のホームビデオは、そのままその人の家をのぞき見している様な背徳感があるよね?ね?」

瀬能「ね?と言われましても、私はそういう趣味はないです。」

橋田「瀬能さんはこの気持ち、理解してくれると思っていたんだけどなぁ。」

瀬能「ちょっと前は、ホームビデオを撮れる家なんて裕福な家だけでしたけど。まずカメラが買えません。VHS時代のビデオカメラはろくにバッテリーが保たないくせに二十万、三十万。ようやく8ミリビデオテープが出て十万円台で買えるようになりましたが、それでも、高価でした。だから、ホームビデオは裕福な家庭の象徴と言って過言ではありません。デジタル録画が出来るようになってようやく一般家庭に普及したんじゃないですか?」

橋田「それは言えるね。裕福な家庭をのぞき見できるチャンスじゃない。」

瀬能「テープの磁気が生きているのはあと数年と言われていますから、見られるチャンスは最後かも知れませんね。そもそも私は、人の家の中を覗くという行為に関心がないのでどうでもいいんですが。」

橋田「み~んな、よそ様の家の中に興味あるんじゃないの?瀬能さん、変わってるね?・・・だけど、瀬能さん、物持ちがいいね。よくビデオデッキなんて持ってたね?」

瀬能「DVDが出た時に念の為、買っておいたんです。安い奴ですけど。SVHSのデッキにしようか迷ったんですが、この先、SVHSで撮る事もないので、見るだけだったら普通のVHSでいいかなと思って。SVHSも再生は出来ますから。ベータのデッキもありますよ。」

橋田「ベータもあるの?」

瀬能「ソフト販売していたアニメがVHS、ベータ、両方出していて、どうせ見るなら高画質と思ってベータのデッキを買ったんです。ただ、普段使いでは圧倒的にVHSの方がテープが安いので、自然とVHSばかり使うようになってしまいましたが。VHSの三倍録画は今、考えると反則だと思います。百八十分テープで三倍録画できますから紅白歌合戦を撮ったり、テレビ東京の長時間時代劇をまるまる撮れたりできましたからね。」

橋田「テレ東の年末のあれ?年末と言えば、長時間の時代劇と歌謡ショー。あれと紅白が小一時間、かぶるのよ。」

瀬能「ご年配の方は若い、知らない歌手が出る紅白より、テレ東の歌謡ショーの方をそのまま見ます。サブちゃんも幸ちゃんも先に出ますから。そういう番組もこの中に入っていれば上出来なんですが。」

橋田「早速、見てみましょう。」




瀬能「いきなり濃いのが出てきましよ。肉体の門、白蛇抄。昭和エロ映画の明部です。」

橋田「よくこんなの取っておいたわ。関心する。」

瀬能「テレビで何度か放送した事ありますからね。それを録画したのでしょう。単純にエロ映画として楽しんだのか、戦後混乱期の人間ドラマとして見るのかで別れますね。肉体の門なんて五社英雄版ですよ。白蛇抄なんか小柳ルミ子だし。瀬戸の花嫁のルミ子。若山先生も出てるし。昔はキャストが凄いなぁ。これ、ソフト化されてるのかな?」

橋田「これ、価値あるって事?」

瀬能「戦後モダンが好きな人なら十分価値があると思いますが、話、重たいですよ?あと、画が暗いです。三倍録画だから余計、画質悪いし。」


瀬能「あ、これはダメな奴だ。」

橋田「なにそれ?ダメって?」

瀬能「ステレオ放送アニメです。」

橋田「何も映ってない。」

瀬能「これが正解です。」

橋田「何も映っていないのが正解って、なにそれ?」

瀬能「だからダメな奴と言ったんです。コマーシャルカット録画で撮られたアニメです。」

橋田「何も映ってないじゃん?」

瀬能「テレビ番組の録画をあとで見る時に、する事ってありますか?」

橋田「倍速視聴?・・・あ、あ!」

瀬能「ちょっと違うんですけど、VHSのデッキの中で、番組のコマーシャルだけ自動で、消してくれる、機種があったんです。コマーシャルに入る度に早送りしなくても良い機能です。純粋に番組だけ、録画してくれる画期的な機能がそれです。」

橋田「え?じゃぁ、なんで録画されてないの?そのアニメ?」

瀬能「橋田さんに問題です。では、番組本編と、コマーシャルをどうやって、見分けて、選別していたと思いますか?・・・昭和の初期みたいに、テレビの前に張り付いて、姉のいう事を弟が、下僕同然でいう事を聞かされていた時代の、人力コマーシャルカット機能ではありません。」

橋田「・・・ああ、そういう時もあった、あった。歌うヤンヤンスタジオを録れと命令されて。ビデオデッキがない頃だったからラジカセをテレビのスピーカーにくっつけて録音してたよ。じいちゃんばあちゃんの声が入って、よく怒られたわ。なんて、話を聞くけれども。」

瀬能「私は、今となってはむしろコマーシャルに価値があると思うので、コマーシャルカットは不必要だと思います。それに、このテープの様に、正常な誤動作を起こしてしまう訳ですから。」

橋田「正常な誤動作?」

瀬能「簡単な話です。ステレオ放送になった途端、録画がストップするのです。コマーシャルはどこもステレオ放送だったので、コマーシャルをカット出来るとメーカーも考えたのでしょう。それに対し番組本編はモノラル放送が一般的です。ただし、このテレ東の夕方アニメは、世界で初めて、ステレオ放送で、放映されたアニメだったので、コマーシャルカット機能で録画していた人間は、もれなく、一話がまるまる録画される事はありませんでした。番組本編もコマーシャルも全部、ステレオ放送だったからです。リアルタイム世代では幻の一話と言われています。」

橋田「・・・そう言われると見てみたいなぁ。」

瀬能「そうですか?この頃から、これ、主題歌を空中分解しちゃった男性アイドルグループが歌っているんですけど、アニメのアテレコなんかやりたくないって言ってる奴にアテレコさせたり、タイアップ自体どうなの?ってモメてたらしいし、でも、シンゴちゃんは次回作にノリノリで声優やってて、かなり評判良かったんですよね。ピカチュウの大谷さんが女の子やってるのが見たい人は、見ればいいかな位で、原作読んだ方がすっきりしていて分かりやすいと思います。」

橋田「あ、そう。」


瀬能「これは洋画吹き替えですね。」

橋田「吹き替え?」

瀬能「バック・トゥ・ザ・フューチャー、バットマン、大災難。特筆すべきは、バック・トゥ・ザ・フューチャーと大災難ですね。これテレビで一回しか放送していない企画ものなんですよ。」

橋田「吹き替えに企画ものとかあるの?」

瀬能「マーティに織田裕二、ドクが三宅裕司。これが織田裕二が下手で。ぜんぜん声が出てないんですよ。がんばっている感はあるんですけど。たどたどしい感じはどのバック・トゥ・ザ・フューチャーの中でも一番で、クセにはなりますね。ドクに関してはとぼけた感じが一番出ていて好きです。三宅裕司も下手ですけどね。更に下手なのが大竹まこと。大災難っていうコメディで吹き替えしたんですけど、棒も棒。やる気ないんじゃないんですかね?どういう意図でキャスティングされたか不明です。大竹まことに関しては、明らかに別録りしたんだろうなぁっていうのが視聴者でも分かるくらいですよ。相手役と息が完全に合っていませんから。そもそもどうして大災難なんてテレビで放送したのかも謎です。これだったら所ジョージがやったアヒルの宇宙人を放送した方が良かったと思います。」


瀬能「いわくつきが出てきましたよ。」

橋田「いわくつき?怖いなぁ。」

瀬能「テレビ放送版、天空の城ラピュタです。」

橋田「ラピュタは結構、テレビでやっているじゃない?それがどうしていわくつきなのさ?」

瀬能「ジブリと日テレはズブズブじゃないですか?今でこそジブリを放送すると視聴率が取れるから、ノーカットで放送しますけど、日テレが強かった時代は二時間のテレビ枠に収まるように途中、カットされて放送されていたんです。」

橋田「ラピュタでカットするところ、あるの?」

瀬能「金曜ロードショーは二時間枠ですが、コマーシャルをいれれば、九十分、百分がいいところです。中だるみしそうな所をカットして番組枠に収めていたんですが、問題はそこではなくて、ラストシーンが本編と違うバージョンなのです。」

橋田「???・・・どゆこと?え?ラストシーンが違うって?」

瀬能「ですから本来の映画と違うラストシーンが、テレビ版で流された、という事です。」

橋田「いいの?そんな事して?え?日テレが勝手にラストシーン変えちゃダメでしょ?」

瀬能「そうなんですけど。そういう、いわくつきのテレビ版ラピュタ。これはお宝ですね。これは日本中で話題になりましたから。インターネットがない時代、日本中で話題になった、別ラストシーンラピュタ。どうしようかなぁ。ダビングしちゃおうかなぁ。」

橋田「瀬能さん、見てからね。とりあえずチェックしてからね、まだテープ、大量にあるから。」


瀬能「タイムカプセル?・・・タイムマシンの間違いじゃないでしょうか?」

橋田「ああ、これ、ようやく、ホームビデオだよ。僕が見たかった奴。」

瀬能「そういう意味でタイムカプセル。なるほど。東京タワーとか万博に行くと、数年後の自分に、こういうの送りますものね。」


ビデオ「・・・映ってる?・・・こんにちは。こんばんは、かな?白井実です。小学五年生です。今日は僕の誕生日です。お父さん、お母さんから誕生日プレゼントをもらいました。欲しかったグローブです。ファーストのミットです。ファーストミットを持っている友達はいないので自慢できます。

・・・ちゃんとファーストでレギュラーでいないとダメよ

もちろんだよ。他のポジションになっちゃったらこれ、買ってもらった意味ないじゃん!

・・・じゃあ、がんばりなさいよ。

もちろん、がんばるよ!

・・・勉強もね

うるさいなぁ。勉強もがんばります!勉強も野球もがんばって、将来はプロ野球選手になることが夢です!これを見ている、未来の僕は、その夢を叶えていますか?僕の目標は、ドラフト、三位までに入りたいです。

・・・一位じゃないの?

さすがに一位は取れないよ、そんなにプロは甘くないよ!

・・・がんばって一位指名されてお父さんとお母さんを楽、させなさいよ!

わかってるって。じゃあ、夢はドラフト一位指名です。契約金は、一億円です。近鉄に入団しています。

・・・近鉄じゃぁ一億円は無理じゃない?もっと下げて交渉しないと?巨人は?西武は?

嫌だよ。僕は近鉄に行きたいの。

・・・お父さんは巨人に入ってもらいたいなぁ。長嶋監督のサイン、もらってきて欲しいんだけど。

そういうのは自分でやってよ!

・・・はははははははははははは

・・・あははは

プロ野球に入って、家族を楽にしてあげたいです!・・・そう、聞いたんだけど、この前、北子連にスカウトの人が来てたって。

・・・え?本当?

正のお父さんが言ってたから。

・・・小学生の大会にスカウト、来るんだぁ。実、お前、がんばって、スカウトの人の目に留まるようにしろよ!応援してるからな!

うん、もちろんだよ!」


橋田「なにこれ?凄い、ハートフル。僕、感動しちゃった!」

瀬能「完全にホームビデオですね。親バカ全開です。カトチャンケンちゃんごきげんテレビみたいにアクシデント、起きないかなぁ。」

橋田「これ、この子、今、何歳ぐらいなんだろうねぇ。」

瀬能「・・・まだバッファローズが近鉄ですもんね。この、明らかに現代だったら虐待と言われかねないピチピチで裾の短い、半ズボン。昭和感がハンパないですね。テイクアットイージー、ベリーショート、ショタ、カモン!」

橋田「流石に僕もこんなピチピチした半ズボンは履いてなかったなぁ。」

瀬能「すると橋田さんより下の世代でしょうか?」

橋田「野球を一生懸命やっている時点で、僕より年下だよ。僕の頃はサッカーだから。子供のスポーツって言ったらサッカー。」

瀬能「サッカーJリーグが出来て、子供のなりたいスポーツ選手ランキングが、野球からサッカーに変わりましたものね。部活も急に、サッカー部ができたりした話を聞いた事があります。サッカー知らない先生がサッカー教えてたってよく聞きますよ。」

橋田「走りはじめはどこもそんなもんなんじゃない?」

瀬能「ところで橋田さん。本当にサッカーやってたんですか?」

橋田「やってたよ。ちっちゃい頃は。それ、今、見た目がこんなだから言ってるんでしょ?僕だってねぇ、子供の頃は、かわいかったの。そうだ、あのさぁ、瀬能さん。」

瀬能「なんです?」

橋田「これ、この人に届けてあげようよ。このビデオテープ。きっと喜ぶんじゃない?」

瀬能「ええぇ?どういう了見で?」

橋田「いや、だってさぁ、タイムカプセルでしょ、これ。本人が大人になって見るから意味のあるものであって、他人が見ても、面白くないでしょ?こういうの、昔、撮ったって分かれば、懐かしいと思うし、喜ぶと思うんだよね。」

瀬能「最初から私は、他人のホームビデオなんか見て、楽しいとは思わないと言っていたと思いますが?」

橋田「それはそうだけど、届けてあげようよ。大人になって見て、本人、感慨深いと思うんだよね。他人と僕等が見て、こんなに良いと思うんだから、本人だったらなおの事だと思うんだよね?」

瀬能「そういうのは探偵ナイトスクープに頼んだらいいんじゃないですか?」

橋田「ナイトスクープ?」

瀬能「知りませんか?探偵ナイトスクープ、ABCのオバケ番組ですよ。現代社会に鋭いメスを入れ、なんたらかんたら、探偵を派遣し、謎や疑問を徹底的に追求する、探偵ナイトスクープ、私が局長のカミオカリュウタトウですぅ、秘書のオカゲマリです、そして顧問はこの方、難波のモーツアルト、キダタロー先生~、うぉおおおおおお、探偵は桂小枝、清水圭、越前谷ヒョウタ、ジミー大西、トミーズ雅、しかしまぁなんですなぁ~、までが様式美のナイトスクープです。」

橋田「・・・たかじんのばあなら見た事あるけど、ナイトスクープは、知らないなぁ。」

瀬能「仮に、仮にですよ。我々で探すにしても、何をどう頼って探すか、見当もつきません。徒労に終わると思います。」

橋田「ビデオにヒントがあると思うんだよね。これをさ、細かく見ていれば、持ち主に辿り着くと思うんだけど。あ、そうだ。カメラ屋さんに聞いてみるか。カメラ屋さんが持っていたビデオテープなんだから、もしかしたら見当がつくかも知れないし。」

瀬能「橋田さん。・・・橋田さんが勝手にするのは良いですが、あまり迷惑をかけない方がいいと思いますけど?既に、私に、負担をかけている訳ですから。」

橋田「ちょ?ええぇ?瀬能さん、迷惑だったの?」

瀬能「私もある程度、時間を融通できる人間ではありますが、自分の趣味で、他人を巻き込むのは、控えた方がいいんじゃないかな、と思います。ビデオデッキ、貸しますから、あとはご自分で、楽しんで下さい。」

橋田「待ってよ、待ってよ、瀬能さん。冷たいじゃない?せっかくビデオ、一緒に見た仲なんだからさぁ、少しは協力してよ?」

瀬能「ビデオデッキを貸しただけで十分、協力したと思いますが?」

橋田「わかった!これ、あげる!これ。ラピュタ。織田裕二。他にも欲しいのあったら言って?遊星からの物体x、テレビ版バットマン!これ、ミスキャットだよ、ミスキャット!ミスターフリーズじゃなくてアイスマンだよ。アイスマン。」

瀬能「アイスマン、アイスマンって謝っているわけじゃないよ、のアイスマンですね。・・・欲しい。欲しい。欲しいぃぃぃいいい!」

橋田「じゃあ、手伝ってよ。あげるから。」

瀬能「・・・橋田さん、ちょっとだけですよ。本当にちょっとだけですからね。」




橋田「ごめんよぉ、お邪魔するよ。瀬能さん、これ、ティラミス、食べる?」

瀬能「橋田さん。こんにちは。ティラミス?おお!大きい!・・・遠慮なく、いただきます。」

橋田「倉庫のお店?行ったら売ってたからさぁ、買って来たんだ。」

瀬能「全部いただいていいんですか?」

橋田「いや、瀬能さんに買って来たから」

瀬能「夢のティラミス丼じゃないですか!おおおお!おおおおお!どこまで行ってもティラミスぅ!・・・せっかくなので橋田さんにもお裾分けします。待っていて下さい。」

橋田「それでさ、昨日、カメラ屋さんに行ったのよ。テープの事情、聞きに。」

瀬能「あ、はい。」

橋田「ま、結論から言うと、分からないって言うんだ。」

瀬能「わからない?・・・どうぞ、橋田さん。」

橋田「ありがとう。やっぱ外国のティラミスはデカイねぇ。すぐ痛風になっちゃいそうだよ!いただきます!」

瀬能「幸せです。私、ティラミスに埋もれて寝たいです。もしかしたら夢じゃなくなる可能性もあります。」

橋田「この厚さなら寝られるよね?」

瀬能「寝られますよ。」

橋田「そうじゃないよ、それで写真屋さんに聞いたら、こういうテープ、いっぱいあるんだってさ。要は、写真屋さんじゃん?カメラを貸し出していたんだって。」

瀬能「カメラを貸し出す?そういうサービスをしていたんですか?」

橋田「そういう事らしい。写真だけ撮るんじゃ儲からないから、高くて買えないビデオカメラをレンタルしてたんだって。息子さんがやってたって言ってたな。ビデオカメラが高価だった時代だから。」

瀬能「今でも通用するサービスです。カメラ貸してくれたら私、助かりますもん。ゴープロ、貸してくれたら儲かると思うんですけどね。」

橋田「ああ、確かにね。ちょっと高くても性能の良いカメラをその時だけ、貸してくれたら助かるわな。その時だけっていうのがミソだよ。」

瀬能「でも、肝心のテープの持ち主は分からず終いなんですね。」

橋田「白井って言われても記憶にないんだって。顧客名簿とかも昔すぎて残ってない、っていうか、探せないって言っていたなぁ。だってさ、写真屋さん自体、VHSを再生する機械がないんだから。」

瀬能「写真屋さんにカメラを借りに来るくらいだから、ご近所の人なんじゃないんですか?」

橋田「カメラ屋が二丁目にあるからと言って、二丁目の人とは限らないし、下手したら市内全域、県内全域。国内全域だってあり得るよ?カメラ貸してくれるなんて言ったら、飛びつく人、多いんじゃないの?」

瀬能「・・・あり得ますね。例えば、結婚式で需要がありますね。今でこそ当然の様に結婚式を撮りますが、カメラが貴重だった時代は、特別な演出だったでしょうから、カメラを借りに来る人もいたでしょうね。そうなると、何を手掛かりに探せばいいか、分かりませんね。困りました。」

橋田「・・・瀬能さんの場合、そんなに困った様に聞こえないよ。」

瀬能「他人事ですから。あはははははははははははは。責任が無いって良いですね。」

橋田「そんな事言わないで、手伝ってよ、映像から手がかりを見つけるしかないよ。これは。」

瀬能「人の家の庭ですから、手がかりも何もないですよ。東京タワーとかスカイツリーみたいなランドマークが映っているならば目印になりますけど、それらしいものは無かったと思います。隣家との壁が板塀っていうのは時代を感じますが。」

橋田「大きな、目立つ、ランドマークが見えないって事は、住宅地だよね?」

瀬能「日本中、住宅地がどれほどあるか、見当もつきませんよ?」

橋田「近鉄が好きって言うんだから、関西圏かな?」

瀬能「・・・百歩ゆずって関西圏だとしてですよ?関西圏の住宅地って、どこを調べるんですか?大阪の巨人ファンだっていますし、肩身が狭い思いをしてかの大阪の地で巨人を応援している方々もそれなりにいらっしゃいますから、定説、逆説、両方を鑑みても球団本拠地がある土地の住人説は、難しいと思います。ビデオの中の話し方を聞いても、関西圏の人の話し方じゃないじゃないですか?訛っていない話し方です。私、言語の専門家じゃないから詳しくわかりませんが、訛り方が少ないから、極めて関東圏に近い所に住んでいる家族だったのでしょうね。」

橋田「話し方かぁ。訛りって、本人は気が付かないからな。同じ関東圏でも、標準語、しゃべっているつもりでも、東京の人から聞くと訛りがあるって聞くし。標準語もアテにならないよね。」

瀬能「東京の人がしゃべるのは、いわゆる江戸弁で、標準語じゃないみたいですよ。東京の人が綺麗な標準語をしゃべるとも限らないです。」

橋田「へぇ。そうなるとお手上げだね。」

瀬能「ただ、私が聞いても訛りが少ないから、関東圏ではあると思います。イントネーションが綺麗だから、極めて、東京に近い。もしかしたら、東京を中心に一番遠い、沖縄、北海道の可能性もありますね。」

橋田「そういう可能性もあるんだ?」

瀬能「訛り、方言は、東京、というか江戸を中心に、同心円状に広がったとされています。ですから、北海道と沖縄で同じ言葉を話していても不思議ではないんです。特に北海道と沖縄は、海を隔ているので、江戸の文化が伝わりにくく、独自の文化圏をつくっていましたから、極端に、青森、九州と北海道、沖縄では、文化圏に差異があると言われています。距離で言えば一番離れていますから、江戸の文化が最後に到達する地域ですので、江戸の言葉が残っていても不思議ではないのです。」

橋田「えぇ!沖縄とか北海道とか言われちゃったら、もう、捜査終了じゃん。何も手の打ちようがないじゃん!」

瀬能「諦めましょう。諦めましょう。あははははははははははははははは」




瀬能「公民館で、ホームランバー食べてたら怒られますよ?」

橋田「あ、瀬能さん。」

瀬能「あ、じゃないですよ。」

橋田「別に飲食禁止って書いてないし。こんなでっかいソファが遊んでるだから使ってやらないと勿体ないでしょ?僕達の税金で買ってる訳だから。エアコンもガンガン効いてて、アイス食べるには持ってこいの場所だね、ここは。おまけに、百インチ?何インチ?知らないけどバカでかいテレビも備え付けでさぁ。」

瀬能「私も不正占拠仲間ですから、涼みに来ました。」

橋田「なんか飲む?おごるよ?」

瀬能「飲み物は自宅から持ってきました。自作スムージーです。約五種類の果物と、そこら辺にあった野菜を潰して混ぜた、画期的な健康飲料です。橋田さんこそ、私のスペシャルなスムージー、召し上がります?」

橋田「その約って何?約って。物体なんだから確実に数は数えられるでしょ?」

瀬能「私も適当に混ぜたので、三個までは覚えているんですが、後は、気分で。」

橋田「ええぇ?もう、それ、気分じゃん?気分ジュースじゃん?」

テレビ「与党本部前から中継です。先程、一方が入った通り、細村議員の議員秘書、千駄木氏の無罪が確定しました」

瀬能「だいたい最後に牛乳いれれば、なんでも、美味しいんですよ。」

橋田「いやいやいやいや。瀬能さん、幾らなんでも、牛乳だって万能じゃないよ?」

テレビ「かねてより疑問視されていた千駄木氏のアリバイが証明された事が、大きいとされていますね。アリバイが証明されれば反対に検察側が訴えられる事だって考えられる訳ですから、検察側も慎重にならざる得ないでしょうねぇ。」

瀬能「リンゴとバナナと牛乳さえ入っていれば、全部、ミラクルで、味が解決される気がします。これ、私の経験則です。」

テレビ「ただ千駄木氏のアリバイを証明した白井氏だって、同党の議員秘書でしょう?・・・アリバイとして認めて良いものなんでしょうか?今回、アリバイを証明して採用されてしまった、という経緯になってしまう訳ですが。」

橋田「瀬能さん、俺、思うんだけど、ホームランバーのでっかい奴、売ってないからなぁ。こんな指の先くらいのアイスじゃすぐ終わっちゃったよ。僕の腕ぐらいある奴、ないかなぁ。」

瀬能「そういう人は、一リットル升のアイスを食べてた方が良いですよ。」

テレビ「あ、細村議員に続いて、加治議員。加治議員の後ろに、アリバイを証明した、白井議員秘書が党本部ビルから出てきます。ああ!一斉にフラッシュが焚かれます。・・・白井さん、白井さん、本当に千駄木さんのアリバイはあったんですか?」

橋田「僕、あれ、ダメなの。一色の味だと、飽きちゃって。味が変わらないとダメなの。味が変わってくれさえすれば、好きなだけ食べられるんだけど。無限に食えるよ。」

瀬能「・・・橋田さんは食えないデブですよ?」

橋田「何を言ってるかな、瀬能さん。僕は食べられるよ。」

瀬能「橋田さんみたいなタイプは、自分の好きな物を好きなだけ食べるタイプのデブだから、一見、大食いに見えますけど、レギュレーションを整えたら、私より食べられないと思いますよ?」

テレビ「ああ、記者さん、よろしいでしょうか?一回、止まりますよ。道路から出ないようにね。危ないから。ああ、本当はしっかりした所で記者会見を行いたいんだけれども、今現在、私が言える事は、この白井実君は、事件があったとされる時間、千駄木君と、そう、こちらにいらっしゃる細村先生の議員秘書である千駄木君と会合をしていたんだ。証拠もある。証拠があるから、採用され、千駄木君が無罪となった訳だ。という事はだね、君達、同時に、細村先生の疑惑も晴れたという事になる。ほんとに素晴らしいと思うよ。理解ある判決をしてくれた裁判官諸君に敬意を表したいと思う。あとは、党から追って各メディアに連絡が行くと思うから、それに従って欲しいと思う。ただし、どこぞのテレビ局が、細村先生のプライベートを無視して、取材と言う名の、名誉棄損行為を行った。これに対し、我々党としては、見逃す事が出来ない。なぜなら細村先生は、志を同じくする者だからだ。侮蔑な行為には鉄槌を与えなくてはならないと、私は考えている。・・・まぁまぁ加治先生。今日の所は穏便に。」

橋田「・・・白井実?」

瀬能「・・・白井実。」

橋田「え?・・・今、テレビに映っている人?」

瀬能「いやぁ、でもぉ、同姓同名の可能性だってありますから、なんとも、言えないですけど?・・・バナナがドロっとして気持ち悪くて、リンゴの良さを殺してますね。ああ、健康になりそう!」

橋田「おたくが子供の頃のビデオが出てきましたよ、って言ったら、驚くかな、この人?」

瀬能「野球、やってなさそうじゃないですかぁ。」

橋田「だいたいの人間が野球は趣味でやるものなの。野球で食ってる人なんて、一握りだから。議員秘書だから、そういう人、あつめて、草野球とかやってんじゃないの?」

瀬能「盗塁を牽制してきそうですよね?」

橋田「え?いいじゃない?ダメなの?」

瀬能「そういうのじゃなくて、正々堂々、野球やって欲しいんですけど。イメージですけが、こういう人達って、ダブルプレーとかトリプルプレーでアウトにしてきそうじゃないですか。感じ悪くないですか?」

橋田「それこそ知らないよ。」




橋田「いたいた。瀬能さん、探したよ。公民館にいないから心配しちゃったよ。」

瀬能「ああ。・・・それはどうも。ご心配いただきありがとうございます。私、毎日、公民館に行っている訳ではないので」

橋田「そんな事よりさ、見てもらいたいものがあるんだよ」

瀬能「お宝鑑定団ならセカンドストリートの方が目は、確かですよ。」

橋田「そうじゃないんだよ。・・・借りてたビデオデッキ、瀬能さん、テレビ貸して?」

瀬能「テレビ、、、、とりあえず上がって下さい。居間までどうぞ。少しちらかってますが。」

橋田「・・・。」

瀬能「そこのテレビ、繋いで下さい。ドリームキャストの線、抜いちゃっていいので。」

橋田「ここね。」

瀬能「それで何ですか?見せたいものって?」

橋田「結局さ、僕、もらったビデオテープ、ぜんぶ、見返したんだよ。段ボール、全部。」

瀬能「そう言ってましたもんね。」

橋田「これ。見て。」

瀬能「はぁ。」


ビデオ「今日は実の中学校の卒業式です。実ー!

・・・父兄の方は、大声を出さず、ご着席下さい。

怒られちゃったよ。あっはっはっははっははっは!もう来週?再来週には高校生だろ?今度は、高校の入学も撮らないとなぁ。」


橋田「白井実が中学を卒業した時の記録だ。」

瀬能「ん?・・・という事はですよ?この白井実という人のホームビデオは続き物だったって事ですか?」

橋田「続き物っていう表現が合っているか分からないけど、節目、節目で、カメラを借りて撮っているのは確か、だと思うんだ。」

瀬能「別段、同級生に、今をときめく俳優が映り込んでいたり、お笑い芸人が余興しているそぶりもありませんね。」

橋田「次は、これ。白井実が大学に入学した時の映像。」

瀬能「それ、見せる前に言っちゃっていいんですか?」


ビデオ「今日は大学の入学式という事で、地元からわざわざ家族で上京して来ました。実、まぁ、無事、入学できて良かったなぁ。

・・・なんとかアパートも見つかったからね。本当に入学式に間に合って良かったよ。

お前が呑気だからこういう事になるんだぞ?もっと早くからアパートを

お父さん、もう、入学したんだから、いいじゃない?

いや、そういう事じゃない。こいつは、何でも、後に回す癖があるんだ。実、お前、本当に、一人でやっていけるのか?

・・・ここまできたら、やるしかないだろ?・・・もう、入学式も終わったんだから、父さんも母さんも、何か食べて帰ろうよ。俺、お腹、減っちゃったよ。

そうねぇ。近くに何かあるかしら?

学生街だから、探せば何かあるだろ?ラーメンか蕎麦か、

・・・いやぁ、もっとしっかりした物が食いたいんだよ。かつ丼とか、牛丼とか、

贅沢言うな、お前は。

お父さん、今日から一人暮らしなんですから、好きな物を食べさせてあげましょう。

お前、料理、出来んのか?

・・・出来る訳ないだろ?

ああ、お前は。俺は本当に頭が痛いよ。そうだ、母さん。アパートに行って、実に、メシの炊き方、教えてやってくれ。もう、時間が無いぞ?

そうねぇ。

・・・待ってよ、俺はかつ丼が食いたいんだよ。」


瀬能「大学の校門の前で、家族が言い合っている様ですか。見方によっては仲睦まじい感じもしますが。」

橋田「次。・・・大学卒業。」

瀬能「人生ゲームのマスみたいに飛びますね。」


ビデオ「こんにちは。白井実です。大学を無事、卒業しました。その記念と記録です。以上。」


瀬能「呆気ないですね。もう家族、出てこないんですか?入学する前はあんなに、子供に絡んでいたのに。」

橋田「瀬能さん、気が付かないか?」

瀬能「何をですか?」

橋田「いいかい?もう一回、再生するよ。」


ビデオ「こんにちは。白井実です。大学を無事、卒業しました。その記念と記録です。以上。」


瀬能「ええ。・・・見ましたけど。」

橋田「じゃあ、戻って、大学入学式。」


ビデオ「今日は大学の入学式という事で、地元からわざわざ家族で上京して来ました。実、まぁ、無事、入学できて良かったなぁ。

・・・なんとかアパートも見つかったからね。本当に入学式に間に合って良かったよ。」


瀬能「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

橋田「この白井実の顔、よく覚えておいて。いいかい、入学式の顔がこれ。じゃあ、卒業式のテープとチェンジするよ。」


ビデオ「こんにちは。白井実です。大学を無事、卒業しました。その記念と記録です。以上。」


橋田「これが卒業式の白井実の顔。」

瀬能「・・・別人じゃないですか?」

橋田「・・・。」

瀬能「成長の過程ではよくある事なんじゃないですか?私、男性の事は知りませんが、男性も十代から二十代に成長すれば、顔も体型も変わるんじゃないんですか?もしくは、同姓同名の他人が紛れ込んじゃったとか。」

橋田「顔が二年や三年で変わると思うかい?それに、同姓同名の他人とか言っても、これまでずっと、子供の時から、白井実の成長を追いかけて来たんだ。急に違う人と間違える訳がないじゃないか?」

瀬能「橋田さん!このビデオはなんなんです?・・・どういう意図で撮られたものなんですか?何故、定期的に、白井実の記録が残されているんですか?」

橋田「俺が聞きたいよ。・・・瀬能さん、あと、これ。成人式。成人式じゃないわ、葬式。」

瀬能「ちょちょちょちょちょちょよ、、、、、、、怖い事、言わないで下さいよ。どういう意味ですか?」

橋田「だから、白井実の葬式だよ。」

瀬能「頭、おかしいんですか?」

橋田「見てみれば?」


ビデオ「・・・えぇ、今、白井君を乗せた霊柩車が出発します。皆、頭を下げています。ああ、目の前を通ります。じゃあ、僕達も、火葬場の方で合流しますか?すみませーん!空いている車が合ったら、乗せてください!

・・・バスが出るみたいだよ。

ああ、バスが出るんですか。ああ、ありがとうございます。すみません、こういう式に参加するの、初めてで。

・・・なに?カメラ、撮ってるの?

ええ。白井のお父さんに頼まれまして。葬儀の様子を撮影してくれって。

・・・撮ってどうすんのかねぇ?

いや、わかんないんですけど。記録にって事だけ頼まれたんで。すみません。俺もよくわからないんです。すみません。

・・・君は悪くないよ。」


瀬能「え?・・・え?・・・どういう?」

橋田「だから、この白井実っていうのは、ハタチで死んでるの。その記録。」

瀬能「待って下さい。待って下さい。」

橋田「いいよ、いいよ、何時までも待つよ。」

瀬能「・・・白井実は、大学に入学して、在学中に、亡くなった。・・・でも、卒業式に、別人の白井実が現れる。」

橋田「そういう事。・・・まだ、続きがある。」

瀬能「続き?・・・私、もう見たくありません。もう、関わり合いたくありません。ああああ、橋田さん、何だったら、このビデオデッキ、テレビ事、差し上げますよ?ドリ、ドリームキャストも持って行ってもらって構いません?あの、えっと、そうだ。ピピン、ピピンつけます。ピピン。」

橋田「このビデオさ、僕の予想だけど、機械的に、白井実の元に送られるシステムになっているんじゃないか、って思ったんだ。」

瀬能「機械的?」

橋田「だから、今でいう、サブスクリプションだよ。」

瀬能「ある日付になると、自動的に、ビデオカメラを送付しているとでも言いたい訳ですか?」

橋田「ああ。その通り。・・・たぶん、受け取っている方も、疑われない様に簡単にビデオを撮って、返却してるだけだと思う。」

瀬能「何の為に?」

橋田「僕が知る訳ないだろ?」

瀬能「どんな理由があるのか知りませんが、これは、間違いなく呪いのビデオの類です。関わっちゃダメな奴です。いいですか、橋田さん。もう忘れた方がいいです。私は忘れます。・・・もう、忘れました。もう私は忘れました。何もかも忘れました。あはははははははははっははははははははは。いいですか?ビデオデッキは返してもらいますよ?こんなものがあるから、ビデオテープを見てしまうんです。こんなものは厳重に密封しておくべきです。・・・ドラえもんも、事が起きたら直ぐに原状復帰していたら問題が大きくなる事も無かったんですよ?」

橋田「・・・瀬能さんの言いたい事は分かるけど。」

瀬能「忘れましたか?」

橋田「ええ?・・・ああ、うん。忘れた。・・・忘れたよ。忘れた。」

瀬能「ビデオテープは私の物ではないので、すべて、持ち帰って下さい。いいですね?」




瀬能「今日は暑いのに、エアコンが効いた公民館でホームランバーを食べていないんですね?」

橋田「ああ。・・・瀬能さんか?」

瀬能「どうしたんですか?顔色が、真っ茶色ですよ?」

橋田「・・・僕、寝られなくてさ。寝れないと茶色になるんだよね?知ってた?」

瀬能「私、好きな時間に寝てますから。睡眠で困った事が無いので。」

橋田「実はさ、、、、、、、、、、、、、、、ちょと、ちょっと、ちょっと、待ちなさいよ」

瀬能「聞きたくないです。あーあーあーあーあー聞きたくないです。絶対、おかしな事、言うんでしょ?わかってますよ?聞きたくないんです。だから言わないで下さい。いいですか?絶対に言わないで下さい。絶対ですよ?墓場までその話は持って行って下さいね?もし、言ったら、橋田さんを殴りつけている可能性もありますよ?」

橋田「・・・。」




瀬能「?・・・今日は橋田さんがいつもの定位置にいませんね。一人で涼んで帰りますか。」





瀬能「すみません。」

受付「はい?」

瀬能「調理室、お借りしたいんですけど。」

受付「はい。・・・えっと、カギ?カギ。あった、あった。はい、調理室の鍵ね。あと、何か必要な機材はあるのかしら?」

瀬能「餅つき機もお借りしたいと思いまして。」

受付「餅つき機?・・・そんなのあったかしら?」

職員「あれだよ、あれ、パン焼く、やつと同じ。ほら。」

受付「ああ、ああ。あった、あった。ベーカリーね?それでお餅、搗ける?」

瀬能「十分です。」

受付「ベーカリーは調理室の中にあるから、使ってちょうだい。お餅搗くの?」

瀬能「あのぉ、搗きたての辛味餅が食べたくて。」

受付「ああ。辛味餅は、売ってないものね。搗くしかないわよね。」

職員「瀬能さん、これ、食べるかい?持っていきな。」

瀬能「?・・・なんですか?」

職員「サクラ大根だよ、サクラ大根。パリパリしてて美味いんだよ、これが。」

瀬能「いただきます。・・・パリパリする。美味しい。」

職員「そういやさぁ、最近、あの、デブチン、見ないな。」

瀬能「・・・デブチン?」

職員「ほら?ロビーの横の、奥まった、そこ、ソファー置いてあるだろ?テレビが見える良い位置に。あそこでよくアイス食ってた?ほら、あれ、何て言ったっけ?あのデブチン」

受付「あの人、施設借りないから、名前、知らないのよ。勝手に入って来て、ソファに座って、閉館時間になると、帰っていくから。害はないんだけど。知らない人はあっちの人の方が偉そうに見えるから、職員と間違えちゃうし。私も会えば挨拶くらいはするけど。」

瀬能「・・・橋田さんです。」

職員「そのデブチンがさぁ、写真屋が店、閉めたって、ほざいててさぁ。俺、聞かれたんだよ?」

受付「何をです?」

職員「だからさぁ、写真屋が潰れたから、違う、写真屋でも探しているのかと思うじゃねぇ?」

瀬能「違うんですか?」

職員「違ったんだ。・・・その写真屋を探しているって言うんだ。アホだろ?別に誰が写真撮ったって、同じだろ?篠山紀信じゃあるまいし。なぁ?」

受付「篠山紀信、アラッキーなら私も撮ってもらいたいわよ?」

職員「誰もババアの裸なんか見たくはねぇやなぁ、なぁ、瀬能さん。」

受付「失礼しちゃうわね。」

瀬能「アラーキーです、アラーキー。アラッキーじゃなくて。」

職員「アラーキーだよ、アラーキー。」

受付「そうそう、アラッキー。」

職員「どっちでもいいんだけどよ。もっとサクラ大根持っていくか?」

瀬能「おかずになりますね。これ。・・・サクラ大根、美味しかったです。」

職員「餅、搗けたらちょっと分けてくれよ?」

瀬能「いいですよ、丁度いい時間に覗いて下さい。・・・では。」


瀬能「あのアホのデブチン。もう関わるなって念を押しておいたのに。・・・写真屋が消えた?・・・ビデオテープとカメラを廃棄する所だったんだから、写真屋自体を廃業しただけの話だと思うのですが?数日前に、デブチンが写真屋に行った時は、まだ営業をしていて話が聞けました。それが数日経って、閉店した。その消えた写真屋を見つけて、どうするつもりなのでしょうか?つまらない事に首を突っ込めば、自分だって、つまらない目に遭うだけだと思います。」


瀬能「辛味餅も食べ、サクラ大根をお土産に貰い、ぬくぬく公民館ライフです。ん?」


瀬能「スーちゃん、スーちゃん。何の騒ぎですか?消防車に救急車。公園で人でも倒れていたんですか?」

スー「あ、杏子ちゃん。・・・なんかぁ、変態が土管に住み込んじゃったんだって。」

瀬能「変態が土管に。・・・高度ですね。高度過ぎて何とも言えません。スーちゃんは大丈夫だったんですか?変態に何もされませんでしたか?」

スー「ミキちゃんが。ミキちゃんがパンツ見られたって。・・・ミキちゃん、泣いちゃって。」

瀬能「そうですか。そのミキちゃんは?」

スー「ミキちゃんのママが来て、おまわりさん呼んで、」

ラン「大変だったんだから。土管に変態が住んでるなんて思わないじゃない?ミキちゃんかわいそう。」

瀬能「ランちゃんは大丈夫そうですね。」

ラン「どういう意味よ?」

瀬能「まあまあ。変態はタイホされたんですか?」

ラン「まだ土管に隠れてるのよ。出てこないの。」

瀬能「・・・出られない、の間違いじゃないんでしょうか。・・・行って見てきますね。」

スー「杏子ちゃん、行かない方がいいよぉ。」

ラン「杏子、パンツ見られちゃうぞ!」


瀬能「こんばんは。・・・まだ、こんにちはかな?」

消防「あ、関係ない人は下がっていて下さい。危険ですよ。」

瀬能「子供たちに聞いたら、土管に人が挟まっていると聞いたもので、様子を見に。」

消防「・・・ええ。この線から出ない様にお願いしますよ。場合によっては重機が通りますから。」

瀬能「えええええええ!切断ですか?・・・見てみたい。」

消防「そんな悠長な話じゃないんですよ。我々も暇じゃないんだから。」

土管「来るなアああああああああ!こっちに来るんジャねぇよおおおおおおおおおおおおお!」

瀬能「!」

消防「また始まった。」

瀬能「なんですか?雄たけびみたいな。」

消防「土管に挟まっている人です。たぶん違法薬物常習者じゃないか、と。土管の中にいるから検査のしようもないんですけどね。」

瀬能「ああ。」

消防「時間が経てば、体から消えてなくなりますから、汗とか尿とかでね。警察も時間との勝負なんだけど、一向に出てこないんで、話にならないんですよ。」

瀬能「犯人も考えますね。ああ、まだ犯人ではないか。容疑者?容疑者でもないか。参考人?」

土管「お前等、国家権力の犬が、僕を消しに来たのは分かっているんだああああああああああああああああああああああああ!」

瀬能「随分、前世代的な主張をなさる方ですね?」

消防「ええ。警察は信用できないとか。覚せい剤か何かは知りませんけど、違法薬物を接種しているようで、意味不明な事を口走るんですよ、自分はビデオの秘密を知っている。だから自分は消される、とか。お前達はビデオの秘密を知っている自分を国家権力に命令されて殺しに来た、とかね。・・・我々もね、帰りたいんですよ。暇じゃないから。こんな被害妄想の人の相手をしている場合じゃないんですけど。早く専門部隊と交代したいんですけどね。」

瀬能「ビデオの秘密、とか、口走っていたんですか?その犯人。・・・少し、話す事は可能ですか?少しでいいんで。もしかしたら知っている人かも知れないから。」

消防「え?・・・あなたの?・・・ま、待って下さい。」

警察「え?この犯人と知人の女性?・・・今、行きます。」

消防「警察に連絡しておきました。」

瀬能「ありがとうございます。」

警察「あ、どうも。えええ、こちらの女性の方ですか?違法薬物所持、疑惑の容疑者の、知人の方というのは?」

瀬能「瀬能です。・・・先程、消防士さんから聞いたのですが、ビデオの秘密がどうたらこうたらと意味不明な事を口走っていると聞いたので、もしかしたら、知人の人かも知れないと思って、ちょっとだけ、話せないかなと思いまして。それでお願いしたんです。」

警察「そうですか。ええ。我々もどう対応したらいいか皆目見当がつきませんで。まったく、交渉できないんですよ。人の話を聞かない、っていうか。会話にならない。これで逮捕したとしても、体内から薬物は出てこないでしょうね。建造物侵入の疑いで逮捕くらいでしょうか。」

瀬能「土管も建造物になるんですか?」

警察「もちろんなりますよ。ここ、公園ですから。この土管も立派な公共物であることは間違いありません。それを不法に占拠した訳です。しかも、女児に淫らな行為を行った疑いもあります。」

瀬能「ミキちゃんのパンツを見たとか、今、スーちゃんとランちゃんに聞きました。」

警察「女児三人が、あの、違法薬物所持疑いのある人間が土管に隠れているのを知らずに、土管の上で、おやつを食べていたそうです。女児がいるのにですよ、土管に隠れていたんです。一人の母親からの通報で本件が明らかになったのですが、只の性被害問題ではなくなってしまいました。本当、世の中、どうなってしまったのでしょうか。」

瀬能「・・・。土管の中にいたら、後から、子供が土管の上に乗っただけの話じゃないんですか?それは。それで変質者扱いもちょっと酷い話な気もしますが。」

警察「実際、被害に遭われた子供がいるんです。」

瀬能「・・・言いたいことはわかります。いい大人が、いい時間に土管の中に入っていんなよ、って話ですけど。・・・ああ、ほんと、顔、見るだけでいいんで。後は、警察の好きにして下さい。ほんと、知人かどうか、はっきりしたいだけなんで。」

警察「・・・そうですか。では、こちらに。」

土管「来るなああああああああああああああああ!来るなあああああああああああああ!」

警察「奥にいます。気を付けて。・・・ライト、使いますか?」

瀬能「ああ、ええ。このままで。・・・・あのぉ、もしかして、橋田さんですか?」

土管「・・・。」

瀬能「あ、知人とは別の方みたいなので、私、これで失礼し」

土管「瀬能さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

瀬能「うるさいなぁ、反射効果で声が響くんですよ。やはり橋田さんでしたか。警察の方に十秒程度、お時間を頂きました。もう残り時間が無いので手短に用件を伝えます。あ、」

チチチチチ

瀬能「時間切れです。・・・ありがとうございました。」

橋田「待て待て待て待て待って、待って、待って、待って、瀬能さあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

警察「呼んでますけど、いいんですか?」

瀬能「先程申し上げた通り、知人かどうか確認したかっただけなので、それは十分、果たしましたから私はこれで失礼します。」

警察「出て来たぞ!」「取り押さえろ!」「捕まえろ!」「押せ押せ押せ」

橋田「離せえ!やめろ!離せ!瀬能さ、瀬能さあああああああああああああああああああああああ」

警察「離すな!」「押さえろ!」「黙れ!」「逮捕!」




ミキ母「はああああああああああああああああああ?」

会長「奥さん、落ち着いて」

ミキ母「何言ってんの?この女は?・・・アンタ、なに?あの変質者の弁護士かなんかなの?」

ミキ父「お前、もう少し、声を静かに。近所迷惑になるだろ?」

ミキ母「あたしは親から恵って立派な名前を貰っているの。お前なんて呼ばないで!」

瀬能「それでお母さん」

ミキ母「アンタにお母さんなんて呼ばれる筋合いはないのよおおおおおおおおおお!」

ミキ父「自治会長さん。そちらの方の言い分は分かりました。ですが、こちらとしてはとても承服できる話ではありません。」

ミキ母「アンタねぇ?子供産んだ事ある?無いでしょ?だから分からないよおおおおおおお!・・・大事に大事に育ててきた娘が、変質者に襲われたのよ?本当だったら殺してやりたいくらいなのに。・・・それを被害届を取り下げろ?バカ言わないで!・・・このクソ女の顔を見てると頭がおかしくなりそう!帰ってくれないかしら!」

ミキ父「お前、ちょっとは、落ち着けよ。」

ミキ母「お前じゃないって言ってるでしょ!」

会長「まあまあ奥さん。」

ミキ父「まあ、あの。私も、大筋、妻の意見と同じです。大事な一人娘を傷物にされたわけですから、許す訳にはいきません。断固、戦うつもりです。・・・今日の所はお引き取り下さい。」

瀬能「こちらに伺う前に、スーちゃんとランちゃんのお宅にも伺って参りました。ミキちゃんとはとても仲良しだそうで。」

ミキ母「そうよ。それが何か?」

瀬能「私が聞いた話だと、三人はあの公園がお気に入りでよく遊んでいたそうですね。」

ミキ母「そうよ。近所だし、人の目もあるし、三人でいれば危ない事もないし。」

会長「あの三人が遊ぶ姿は、皆、見ていますからなぁ。」

瀬能「今日も、いつもと同じ様に、遊んで、遊ぶ合間に、お菓子を食べると聞きました。食べる場所はお気に入りの場所で、土管の上。」

ミキ母「あんな土管、はやく撤去しちゃえば良かったのよ!あんなのがもし倒れてきて潰されちゃったら、会長さん、あなた、責任取れるんですか?」

会長「ま、ま、ま、ま。公園の遊具の選定は、私達、自治会の仕事じゃありませんから。市。市。奥さん、市に言って下さい!」

瀬能「スーちゃんに聞いたんです。今日もいつもと同じ様に土管の上でお菓子を食べていたら、下から声が聞こえたんだって。」

ミキ父「下から?」

瀬能「それで、三人は揃って、声のする下の方を見たんですって。そうしたら土管の中に男がいた、と。」

ミキ父「それが変質者ですね?」

ミキ母「やっぱり変態じゃない。子供の遊ぶ土管の下に隠れて。・・・死刑にすればいいのよ!」

瀬能「土管の中の男を見て、ランちゃんは、土管の中に変態がいると大声で叫んだそうです。もちろん防犯ブザーも鳴らして。」

ミキ父「・・・当然の事でしょう。うちのミキにもそういう風に教育してますから。」

瀬能「ミキちゃんは怖くなって泣いて、座り込んでしまったらしいです。腰が抜けてしまったのでしょうね。スーちゃんは、慌てるだけで何も出来なかった、と言っていました。ランちゃんは、泣いたミキちゃんを見て、更に、その男に向かって捲し立てた様です。ミキちゃんに何かしたのかこの変態、と。ランちゃんは、三人の中で、ボスらしく」

ミキ父「・・・ボス?・・・ランちゃんが?」

ミキ母「ランちゃんは物怖じしないで何でもハッキリ言うタイプだから。」

瀬能「ランちゃんにしてみたら、スーちゃんとミキちゃんを守りたかった一心だったのでしょうが、別の見方をすれば、騒ぎを大きくするだけで、騒動の解決にはなりません。それを見ていた人間が通報し、警察が来て、あの様な事態になってしまったようです。」

ミキ母「うちの娘に、何の非もないじゃないの?」

瀬能「これは警察にも話しましたが、時系列を整理すると、まず、土管の中に、男が入っていました。理由は不明です。その後、ミキちゃん、ランちゃん、スーちゃんがお菓子を食べに土管に座った。そして、その後、三人は土管の中に男がいる事を確認し、一人は騒ぎ立て、一人は泣き出した。・・・後から土管に来て、先に土管にいる男を、いくら驚いたからとはいえ、何もしていないのに変質者呼ばわりするのは、今後、裁判になった時、問いただされる問題になると私は思います。」

ミキ母「は?」

ミキ父「・・・要領を得ない言い方だと、理解できないから、端的に言っていただきたいんですか?」

瀬能「・・・冤罪案件です。」

ミキ母「冤罪ですってええええ?」

瀬能「騒いだ方が得、ごねた方が得、これじゃぁ真っ当な審議は出来ませんよ。審議以前の話だと思いますが。・・・本当に調べないと痴漢目的で土管に潜伏していた可能性もありますから、冤罪とは言い切れません。ですが、事件化すればまた、ミキちゃんを引っ張り出して、嫌な事を思い出させたり、聞かれたりすると思います。おまけに、ランちゃんがあった事なかった事、ベラベラ喋るでしょうし。ミキちゃんが痴漢に遭ったとされていますが、土管にいる男が、いくら手を伸ばしてもミキちゃんを触る事は出来ませんよ。パンツを見られた、なんて話も出ていますが、それも真偽の程は定かではありません。」

ミキ父「・・・確かに、土管の中から手を伸ばせないよな。」

瀬能「スーちゃんは、冷静に見ていて、大方、スーちゃんの言っている事が、正しいのではないかと思っています。・・・私も見ていないから本当の事は分かりませんが、ただ、そんなに、騒ぎ立てる話ではないかと思います。それで、自治会長さんにお願いして、ミキちゃんのご両親に、お話させていただけないかとお願いしたんです。」

ミキ父「・・・その男は、本当に、犯罪者じゃないんですね?」

瀬能「今回の件だけで言えば、犯罪を起こす人間ではないと思います。・・・私は、男の事を考えるより、ミキちゃんの事を案じてあげる方が、ご両親にとって、より建設的ではないかと思います。バカな男の事は早く忘れて、ミキちゃんと楽しく過ごした方がよっぽども時間を充実して使えると思いますが?」

ミキ母「・・・。」

ミキ父「あの、スーちゃんとランちゃんのご両親は、何と?」

瀬能「特に何も。ランちゃんのご両親は、ランちゃんの性格をご存知ですから、正義感はあるけど周りを見ないで、騒ぐだけ騒ぐから、どんどん、どんどん騒動が大きくなると。もしその男が悪い事をしていないのであれば、何もしないと言っていました。」

会長「ランちゃんは、ケロっとしてましたね。あの子は、騒げればそれで良いみたいな所がありますから。・・・奥さんと一緒で、死刑になったの?って聞かれましたよ。」

瀬能「スーちゃん家は、無事でよかった、それだけでした。今後は、三人だけで危ない所には行かせないとも言っていましたが。」

ミキ父「・・・分かりました。今回は、被害届を取り下げます。」

ミキ母「あなた?いいの?・・・死刑にしなくていいの?ミキがあんな怖い思いしたのに。」

ミキ父「許す事は出来ないが、つまらない時間を作るより、私はミキとの時間を作った方が、大事だと思っただけだ。・・・ですが、次はないですよ。次、同じ事があったら、ま、次は、スーちゃんのお宅と考えは一緒ですが、危険な場所に、三人だけで行かせる事はさせませんが。ともかく、私は早く忘れたいんで、これで話は終わりです。被害届は取り下げます。」

ミキ「・・・杏子ちゃん?」

杏子「ミキちゃん、こんばんは?」

ミキ母「起こしちゃった?」

ミキ「・・・声が聞こえて来たから。」

ミキ父「ミキ?・・・このオバサンとお友達なのかい?」

ミキ「?・・・杏子ちゃんだよ。おばさんじゃないよ。」

瀬能「こんばんは。ミキちゃん。これ、お土産。」

ミキ「わああああ、杏子ちゃん!ありがとう!」

ミキ母「ねぇ、ミキ、なにもらったの?ママにも見せて。」

ミキ「ダメぇ。内緒ぉ・・・えへへへへへへへへへ」

瀬能「それでは私はこれで失礼します。」

ミキ父「・・・そうですか。」

瀬能「・・・ああ、そうだ。ご安心下さい。ミキちゃんにあげたのはチョコレートですよ。」

会長「では、夜分、お騒がせしました。」




橋田「瀬能さああああああああああああああああああああああああああああああ・・・ウ・・・あ゛あ゛ ヴォエ」

瀬能「汚いなぁ。呼ぶか、呼吸するか、嘔吐するか、一つに決めて下さい。」

橋田「瀬能さん、助けて下さい!僕は無実なんです。僕は何も悪い事はしていないんです。お願いです。お願いです。何でもしますから助けて下さい!」

瀬能「顔を見に来ただけですから。私、そんなちからないんで。橋田さん、諦めて下さい。」

橋田「そんなあああああああああああああああああああ! ヴウォオオエエ」

瀬能「だから叫んだ後に吐くな!・・・ええぇっと?女児に性的行為?変質者?違法薬物所持?でしたっけ?・・・立派な肩書ですね。おみそれいたしました。」

橋田「瀬能さん、そんな冷たい事、言わないで、どうにかして下さいよ!僕、本当に、何もしていなんですから!」

瀬能「冷静になれば、一つずつ、疑惑は払拭されていくと思いますが、そもそもですよ?橋田さん。どうして、公園の土管の中に隠れていたんですか?」

橋田「別に土管の中に隠れていた訳じゃないよ。むかっしから、あそこが僕の秘密基地だっただけで。・・・暇だったから、土管の中に入っただけで。あれは僕の秘密基地だからね。当然だろう?」

瀬能「・・・はぁ。なるほど。以前からあの土管が橋田さんの秘密の基地だと。自分の秘密基地を自分が使って、何故、悪い、という事ですね。」

橋田「そう。そう、瀬能さん。その通りだよ。僕が自分の秘密基地にいたら、女の子が騒ぎだして、警察を呼んだんだ。気が付けば悪者だよ?僕、何も悪い事、してないのに。あのねぇ、訴えたいのは僕の方だよ?僕は濡れ衣だ。僕は被害者なんだ。」

瀬能「事情は分かりました。」

橋田「え?瀬能さん、もう行っちゃうの?・・・待ってよ、待ってよ?僕の事、助けに来てくれたんじゃないの?」

瀬能「あなた、違法薬物所持者ですね?」

橋田「はああ?何、言ってんの?」

瀬能「今現在も、被害妄想、誇大妄想を話しているじゃないですか?・・・土管が秘密基地ぃ?・・・ご愁傷さまです。」

橋田「ちょちょちょちょちょ、待って、待って、待って。それは言葉の綾で。だから、子供頃からあの公園が僕の遊び場で、土管が秘密基地だったんだ。それは事実だ。誰かにずっと見られている気がしてたから、土管の中に隠れたんだ。土管の中にいれば誰にも見つからないと思って。・・・そしたら、変なうるさいガキに見つかって。・・・そしたら、刑務所の中だよ。ちきしょ、ついてねぇ!」

瀬能「・・・。ここは刑務所ではありません。似たような物ですけど。名前が違うんです。それはいいとして。・・・あなた。私が関わるな、と言ったビデオテープ関係者を調べましたね。」

橋田「こ、瀬能さん。怖い顔しないでよ?瀬能さんも聞きたくないって言うし、僕、どうしていいか、分からなくなったんだ」

瀬能「当然でしょ?私は、ビデオテープの件には関わり合いたくないって念を押しましたよね?それなのにあなたは、何日も経ってないのに、写真屋を調べた。挙句、写真屋の行方は不明。・・・それから、さっき、橋田さん。誰かに見られているって言っていましたが、それは妄想ですか?現実ですか?」

橋田「わかんないよ。ただ、なんか、ずっと見られている気がしてたんだ。・・・流石に、刑務所?だっけ、ここ。ここに入ってから無くなったけど。」

瀬能「なら、この中の方が安全かも知れませんね。橋田さん。身の安全が確保されるまで、ここにいる事を提案します。三食、昼寝、付でしょ?」

橋田「嫌だよ。こんなとこ。・・・ここが一番まずい場所じゃないか!国家権力の中枢だよ!」

瀬能「橋田さん。あなたが将来、革命軍のリーダーを産んだり、革命軍のリーダーじゃない限り、誰も殺しには来ませんよ。」

橋田「インディジューンズの話なんかしてないよ!」

瀬能「・・・冷静に考えて下さいよ、橋田さん。カメラとテープを廃棄する所だったんでしょう?もともと店を辞めるつもりだったんですよ。それが数日経って行って見たら閉店していた、なんて、自然な話じゃないですか。どこにでもある話です。・・・あなたが話をややこしくさせているんです。」

橋田「じゃあ、あの、呪いのテープは何なんだよ!あのテープがあるから、僕はこんな目に遭っているんだ!」

瀬能「あんな物を発見するからいけないんでしょう!墓場は掘り起こさないに限るんです!・・・もう、もしもボックスで正常に戻りましたエンドです。私はパラレルワールドの人間の事を憂慮する人間ではありません。エンドです。エンド。あなたはどうするんですか?」

橋田「僕は、・・・・」

瀬能「分かりました。もう分かりました。私はここでおさらばです。今、この時点で、あなたの事を忘れます。ねらわれた学園方式です。・・・パチン はい。忘れました。・・・あなた、どちら様でしたっけ?どうして私はこんな所にいるのでしょう。家に帰らなくては」

橋田「えええ?え?瀬能さん、ええ?」

瀬能「あなた、私の事をご存知なのですか?残念ですが私はあなたを存じ上げません。では、失礼します。」




瀬能「・・・少し、頭を冷やすには良い時間と場所でしょう。」




スー「杏子ちゃんだ。」

ミキ「あ、杏子ちゃん!」

ラン「杏子だ」

瀬能「こんにちは。・・・もう、公園で遊んでいいの?」

会長「瀬能さん、こんにちは。」

瀬能「・・・自治会長さん。先日は、ご無理を言って、申し訳ありませんでした。おかげで警察の方もなんとかなりそうです。」

会長「そりゃよかった。まあ、ねぇ、自治会メンバーから犯罪者を出したくないからね。助かったよ。」

瀬能「私も、公民館でよく会う人なんで、悪いようにしたくなかっただけなので。」

会長「公園に子供がいる間は、暇な、私の様な自治会メンバーが交代で、見守りをすることに決まったんだ。」

瀬能「お手数になりますね。」

会長「・・・ご時世を考えると仕方がない事なのかも知れないね。」

瀬能「はい、これ。どうぞ。食べる?チョコレート」

ラン「杏子!杏子の所為で、ミキちゃん、ママに怒られたって!」

瀬能「あははははははははははははははははははははは、ごめんね、ミキちゃん。」

ラン「笑うな!」

スー「美味しいのにね、タバコチョコ?」

ミキ「・・・不良だからダメだって。怒られちゃった。えへへへへへへへ」

瀬能「自治会長さんもチョコレート食べますか?」

会長「ああ、なつかしいね。・・・えぇっと?シガーチョコレートとか、言ったっけ?」

スー「シガー?・・・タバコチョコだよ。」

ラン「紙を剥いて食べちゃえば、おんなじチョコレートだから、食べちゃえば、バレないって。」




瀬能「さて。この問題をどう捉えるかが問題です。白井実という人物についてです。この人物は、ある日を境に、別人に入れ替わっている可能性が出てきました。入れ替わっているならまだしも、当の本人は死んでおり、死んだ人間の身分を偽って、成りすまして生きているというのが、正しい、解釈でしょう。

成り済まされた白井実が、平凡な人間ならば、それで良かったのですが、話が極端に大きくなります。現在与党の幹事長、そのスキャンダルの鍵を握っている人物だからです。この白井実という人物の証言により、ドミノ式に裁判で、与党幹事長、細村議員の潔白が証明されました。細村議員の首を繋いでいるのは、間違いなく、白井実である事は事実だと思います。たぶん、細村議員は全力で、表から裏から、白井実を守る事でしょう。それは、自分自身を守る事と同義だからです。細村議員と白井実は、一心同体なのです。ただでさえ、存在があやうい白井実に、私と橋田さんは、存在意義を根底から覆す、証拠を手に入れてしまった。これを公にすれば、どういう形にしろ、事態は動くだろう。

今の与党は維持出来ず、国会は解散。次回、選挙では敗退は必須だろう。そして、白井実という人物の正体が、国家規模で明らかにされる。

ただ、その時、私と橋田さんは、どうなっているだろうか。


頭のおかしい人間が作った妄想話として、一笑に付せられ、そのまま闇に。

もしくは、そのまま葬られてそのまま闇に。


だいたい、それ以前に、白井実とは、いったい誰なんでしょうか?」




細村「探したよ。・・・アンタ、瀬能さん?」

瀬能「どうも。ご足労ありがとうございます。」

店員「どうぞ、ご注文を。」

細村「昔、よく山鳩先生の後をついてここにも来たもんだよ。」

瀬能「お薦めは、コロッケそばですよ?」

細村「ああ、そう?・・・じゃあ、コロッケそばをお願いするよ。」

店員「・・・かしこまりました。」

細村「・・・山鳩先生からご連絡を頂いてね。いつものそば屋に来いって言われてね。いつものって言われてもねぇ?探しに探したよ。まさか、立ち食いだとはねぇ?」

店員「・・・どうぞ。」

細村「あ、ありがと。ズゾゾゾゾゾゾゾゾ。・・・私に何か用かい?わざわざご老体の山鳩先生まで使って。」

瀬能「・・・私も山鳩先生にご厄介になっておりまして。山鳩先生は最近の、細村先生の振る舞いに対して、多少、思う所があるらしく、私が細村先生に会いたいとご相談した所、伝言を条件に、ご連絡を取って頂いた次第です。」

細村「ほるほど。ご老体がお妾さんに伝言を頼んだ、という事ですかな?」

瀬能「私が先生のお眼鏡に叶うなんて滅相もありませんよ。山鳩先生は愛妻家でいらっしゃいますから。」

細村「ああ、確かに。・・・本当に黒いのは、夫人の方だけどな。政財界の黒い華の一族。」

瀬能「細村先生も、山鳩先生の庇護の元、手腕を振るっていらっしゃっいましたが、後足で砂をかけるような振る舞いは、慎まれた方が、奥様もご機嫌を悪くなされないと思いますが。」

細村「・・・山鳩先生にしても夫人にしても、ご子息に家督も地盤も譲られた訳だから、ね。」

瀬能「奥様のお考えだと、細村先生に、次朗先生の身の回りの世話を焼いてもらいたかったようですが、秘書として。」

細村「だろう?・・・そこが、私と、夫人と、先生の考えの違いだよ。私は先生のお力になりたいと思い、先生の元で修行したんだ。別に、山鳩家、山鳩一族の為に働きたいなんて微塵も思った事がないんだよ、当時から。袂を分かつには良い時期だったんだよ。・・・それで、お妾さんじゃなければ、誰だか知らないが、何時までも、昔話に付き合う暇もないんでね。用がなければ、私はこれで失礼するが?」

瀬能「前置きが長くなりまして申し訳ありませんでした。山鳩先生からのご伝言です。・・・お前がしがみついているものは虚像だ。出直したければ下働きから使ってやる。・・・。」

細村「・・・笑えるな。ご老体は頭を冷やされた方が良い。」

瀬能「山鳩先生は細村先生をご心配されての事ですよ。」

細村「心配するならご子息の方を心配した方が良いと思うがね?党でずっと冷や飯を食わされているじゃないか?ええ?」

瀬能「・・・細村先生の命綱。加治議員の秘書、白井実氏なんですがね。相当、脆いヒモを命綱にしてしまいましたね。いつ切れるか分からないヒモを、わざわざ幹事長の命綱にしなくてもよろしいのではないでしょうか?」

細村「・・・君も、その類の人間か?はぁ。・・・山鳩先生のご紹介だから、真っ当な人間かと思って見れば。・・・金か?それとも、他の物が目的か?」

瀬能「ああ、そのご反応だと、幹事長というポストとは言え、ゆすり、たかりの連中が後を絶たない様ですね?」

細村「君もその類だろう?・・・あんまり人を馬鹿にするものじゃないという事を勉強した方がいいんじゃないかね?」

瀬能「お気遣いなく。私は山鳩先生からのご伝言を預かっている身ですから、仮に、私に何かあれば、先生の耳にいずれ入ると思います。私の様な下郎がどうなろうと先生はご関係ないですが、奥様がどう思うか?」

細村「・・・お前、夫人を焚きつけたのか?」

瀬能「奥様は癇癪持ちで有名ですから。一度、火が付いたら止まらないのは、細村先生もご存知だと思いますが。ささ、お座り下さい。私は、ご忠告に上がった次第です。」

細村「忠告?」

瀬能「その白井実という人物、吹けば飛ぶような、アテにならない人物ではないか、という話で、いつまで、細村先生が、守れるかどうか。もう少し、証拠を固めるなら、堅実な人物を選ぶべきだったのではないでしょうか?場合によっては、裁判が覆りますよ?」

細村「どういう事だ?」

瀬能「詮索は控えますが、加治先生との何かのお約束で、その白井実とかいう人物を使わざる得なかった。それが悪手でした。加治先生もご存知ないのだと思います。・・・悪い事は言わないので、ボロが出る前に、山鳩先生、奥様に、頭を下げに行かれた方が賢明と存じますが?」

細村「お前は何を知っているんだ?おい、言え!教えろ!あいつは何者なんだ!」

瀬能「山鳩先生がおっしゃる通り、細村先生は、虚構の綱を命綱にしてしまったんです。運が無かったとしか。・・・ゆめゆめ慎重にお調べになった方がよろしいかと。首を絞められるのは細村先生の方ですから。・・・では、私はこれで。マスター?冷やしたぬき、代金、ここに置いておきますよ。」

店長「・・・どうも。」




瀬能「運転手さん、ここ。ここです。」

細村「警察じゃないか?」

瀬能「降ります。」

タクシー「三千三百円になりますかぁぁあねぇ。三千三百円です。あ、現金で。現金かペイペイでお願いします。」

瀬能「それじゃあピン札で。」

タクシー「今、お返し、お出ししますから。」

瀬能「先生は先に、どうぞ?」

細村「いや、いい。」

タクシー「領収書、書きますか?」

瀬能「じゃあ、お願いします。」

細村「いや、書かなくていい。」

瀬能「・・・先生、細かい料金でも領収書、もらっておかないと後で大変な事になりますよ?」

細村「今日はプライベートだ。」

瀬能「左様で。」

タクシー「また、ご入用の際は、お呼び下さい。これ、名刺です。」

瀬能「ありがとうございます。・・・先生、こちらですよ。」

細村「・・・あの忌々しい奴は、いったい何者なんだ?・・・お前さんは正体をしっているのか?」

瀬能「私程度の者が何を知っていると言うんですか?・・・加治先生と相当、揉めたんですね。」

細村「・・・ああ。その通りだ。」

瀬能「それで、山鳩先生に頭を下げられた、と。」

細村「・・・ああ、それも。事実だ。」

瀬能「山鳩先生からご連絡を頂戴した際は驚きました。細村先生と二度、顔を合わす事はないと思っていましたから。」

細村「そうだ。事情が変わったんだ。・・・お前さんがこの前、言っていた様に、加治先生も、内実、あの秘書の事を何も知らなかった。・・・不気味な男とはアイツの事を言うんだろうな。人間、誰でも叩けばホコリが出てくる。誰でもそうだ。だがな。あの秘書。何も出てこないんだ。叩いても、叩いても、ホコリどころか、ワタも綿も、出てこない。」

瀬能「・・・出てこない、とは?」

細村「文字通りだよ。空っぽなんだ。経歴が。真っ白過ぎる。そりゃぁ公務員なんかで働くには経歴は真っ白の方がいいだろ?だが、あれは、真っ白じゃない空っぽなんだ。」

瀬能「空っぽというのも異様ですね。」

細村「・・・誰かに言われるがままに仕事をして、用が済めば捨てられる。それだけを繰り返してきた人生だ。経歴の前後に統一性がない。昨日、フィリピンでバナナを売っていたかと思えば、今日は、北海道の旅館で、車の手配をしている、そんな経歴だ。・・・あ、今のは例えだぞ。例え。」

瀬能「・・・。」

細村「だから、どうやって加治先生の秘書になったのか、不明なんだ。・・・加治先生が言ってたよ。気が付いたら事務所にいて、私の潔白を立証できる人材がいないか思案してたら、彼と目が合った。・・・彼が選ばれた理由はそれだけだ。たまたま、彼がそこにいた。それだけだ。・・・加治先生も頭を抱えていたよ。笑える話だ。まぁ、それで加治先生とは、揉めに揉めて合意を破棄するまで話が進んだが、冷静になれば、お互いの為にならない事に気づいてね。」

瀬能「仲違いしている場合ではない、と。」

細村「まあ、そういう話だ。打てる手段は二つ。一つは、永久凍結。現状のまま、永久に、状態を維持し、墓場まで持っていく。コストはかかるが、一番、手っ取り早い。それに何も状態が変わらないのが良い。金は失うが、信用は失わないからな。もう一つは、ガンは切る。その場で切る。悪い物は全て切り捨て、体を軽くして、再起を図る。こっちはダメージは多少あるが、将来の事を考えれば、健康体が一番いい。とにかく身軽なのがいい。自分が一番、かわいいからな。」

瀬能「ガンとして切り捨てられた方は可哀そうですね。」

細村「それこそ、運が無かったんだろうな。」

瀬能「細村先生は、どちらを選択されたんですか?」

細村「ああ。私は、永久凍結を選んだよ。その為に、ここに来たんだ。・・・まだ、加治先生も捨てるにはまだ早い。使い道がこれから出て来るからな。」

瀬能「山鳩先生はご存知なんですか?この事は?」

細村「ああ、もちろん。報告申し上げたよ。・・・夫人に足蹴にされたがね。この歳になって、いまだに、小僧呼ばわりだ。助けてもらう代わりに、ご子息の役員入りを約束させられたよ。まったく高くつく、話だ。・・・腹が立つ。ご老体のくせに出しゃばってくるのだからな。」

瀬能「私は細村先生のご意向に沿うようにと、山鳩先生から仰せつかっているものですから、それ以上は何も申し上げる事はございません。」

細村「ところで本当なんだろうなぁ?・・・加治先生とこの秘書が、成り済まし、だか、入れ替わり、だかっていう話は?信じ難い所だが、加治先生の話を聞く分では、それも容易に想像が付きそうな事は言っていたな。」

瀬能「ええ。死んだ人間の経歴をそのまま詐称して、その人間として生計を立てている様です。」

細村「・・・なんでまたぁ?・・・まあ、そんな人間、興味もないけれど、そういう奴もいるんだなぁ。」

瀬能「戦中戦後の混乱期には、我が国にもその様な事例は幾度も報告されていたと、覚えていますが。」

細村「君ぃ、明らかに僕より年下じゃないか。僕の孫くらい、孫は言い過ぎか。・・・そりゃぁ戦後の貧しい時代にはそういう輩がいたと思うよ?戦災孤児が山の様にいたからね。今、いつよ?昭和、平成、令和。いつまでも戦後の足を引っ張る事案が残っている訳ないだろ?」

瀬能「韓国では、現在でもそういう事例があると聞きます。」

細村「僕も映画で見たよ、映画で。そんななに?一件か二件の特殊案件を常時、身元が明らかでない、青年が出てくることなんてないから。稀に、日本だって、外国籍の母親から生まれて来る子供が、家で産んで、行政に知らせず、国籍不明のまま大人になる事案もある、けども。稀だし、そういうのは、人権擁護団体が常にチェックしてるから、バレるんだよ。隠せないの。隠すより、行政に届けた方が、支援、受けられるからね。・・・国策としては、税金を払って、母親の母国に帰ってくれるのが、一番、揉めなくていいんだけど。」

瀬能「・・・細村先生は、意外に、この手の話もいけるんですね?」

細村「・・・仮にも幹事長だよ?・・・内閣にプレッシャーをかけるのが僕の仕事だからね。」

瀬能「先日から、女児へ痴漢行為疑い、違法薬物所持疑いで拘留されている、橋田という男が、加治先生の秘書である男の、入れ替わり、成り済ましの証拠ビデオを持っています。」

細村「・・・その男もトンでもねぇなぁ。子供に猥褻な事したの?」

瀬能「疑いです。」

細村「疑いでも何でもいいけど。・・・治安悪いのか?この町は?孫がいる身としては、平和であって欲しいねぇ。」


橋田「せの、せの、瀬能さぁああああああああああああああああああああああああああああ」

瀬能「先生、こちらです。」

細村「こいつか?」

橋田「細村!」

細村「・・・ああ。細村だ。」

橋田「えええ!なんで!・・・与党のレアキャラが!なんでこんな所にぃぃいい!」

瀬能「橋田さん。落ち着いて、よく、聞いて下さい。いいですか?」

橋田「瀬能さん、細村、細村と、なんで!」

瀬能「・・・細村先生です。」

橋田「だから、なんで、だから、細村と!」

細村「・・・おい。興奮して使いもんにならねぇじゃねぇか。・・・こいつ、本当にクスリやってるのか?」

瀬能「いえ。・・・たぶん、日本で一番有名な政治家先生がお見えになっているから興奮しているのだと思います。・・・これでは話にならないので、先生、ご面倒だとは思いますが、一度、ご退席をお願いしてよろしいでしょうか。その間、私が話をしますので。」

細村「まぁ構わないよ。・・・ただ、僕も、時間があんまり無いんでね。・・・僕の時間は高いよ。・・・まぁ、いくら、山鳩先生にこちらから頭を下げたとは言え、舐めてもらっちゃぁ困るわなぁ。じゃあ、コーヒーでも飲んで時間を潰しているから、済んだら呼んでくれよ?いいな。」

瀬能「ありがとうございます。」


橋田「ちょちょちょちょちょちょちょ、瀬能さん!あれ、本物?あれ、本物の細村?どういうツテで細村と?」

瀬能「・・・橋田さん。落ち着いて下さい。・・・単刀直入に言います。細村先生は、白井実のビデオテープを買い取るとおっしゃってくれています。」

橋田「ビデオを買い取る?」

瀬能「そうです。」

橋田「・・・どうして?・・・どうして、細村が白井実のビデオが必要なのさ?・・・やっぱり、あれ?細村の裁判に、白井実が関わっているから、だから、白井実のビデオテープが必要なの?細村と白井実は、繋がっているの?・・・おかしいじゃない!変だよ!」

瀬能「どうしてとか、変とか、もうどうでもいい話です。・・・橋田さん。細村先生は、例のビデオテープを橋田さんの言い値で買い取ってくれると言ってくれています。これほど好待遇な事はないと思います。」

橋田「言い値で買い取る?・・・あの、VHSのビデオテープを。何の価値があるのさ。おかしな事が映っているオカルトテープじゃないか。野球が好きって言っている自己紹介のホームビデオだ。葬式も映っていたけど。その後、別人に変わっちゃってたけど。・・・それと、細村と何の関係があるんだよ?どうして細村が買い取ってくれるんだよ?・・・あれだろ?自分の裁判を維持できないからだろ?あのテープがあると困るからだろ?白井実が邪魔なんだろ?・・・瀬能さん、おかしいよ!どうしてなんで、細村の肩を持つんだよ?」

瀬能「いいチャンスですよ。あの、おかしなビデオテープを細村先生に売れば、多額のお金があなたの懐に入ります。おかしなビデオテープとも、おさらばできるし、お小遣いも手に入る。良い事尽くめじゃないですか。・・・何も迷う必要はないと思うんですが?」

橋田「どうしちゃったんだよ?瀬能さん。僕が知っている瀬能さんじゃないよ!」

瀬能「あなたはこのままだと、女児への変質者行為で立件されるでしょうし、違法薬物所持の疑いでも立件されるでしょう。公共物を破壊した容疑もあります。橋田さん。・・・ビデオテープを渡せば、あなたの罪は、すべて、帳消しになります。」

橋田「えぇ?あああ!おかしいでしょ?僕、何も悪い事、してないんだよ!えぇ?なのに、なんで、逮捕されなくちゃいけないんだ!」

瀬能「・・・戦いますか?別に止めませんけど。・・・無駄に労力を使う必要は無いと思いますが?」

橋田「僕はねぇ瀬能さん!政治家がどうなろうと、裁判がどうなろうと、秘書がとか、そういうの関係ないんだ!僕が一番知りたいのは、白井実が何者なのか!っていう事なんだ!どうして、あのビデオテープが作れたか!あのビデオテープの真偽が知りたいだけなんだ!白井実がどうとか関係ない、細村が高い金で買おうが関係ない!僕はあのビデオテープの秘密を知りたいんだ!絶対にあのビデオテープは渡さないぞ!いいか!絶対だ!・・・あれは秘密の場所に隠してある!僕は絶対に喋らない!お前達がどう足掻こうが手に入らないぞ!ざまあみろ!クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャヤ!クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」

細村「交渉不成立か。・・・それも仕方あるまい。」

瀬能「・・・。」

細村「手に入らないんじゃ手に入らないままにしておけばいいだけの話だからな。この話も永久凍結だ。」

瀬能「申し訳ありませんでした。」

細村「気にすることはない。・・・これで夫人に茶飲み話の一つも出来た訳だ。お前さんの立場は悪くなるかも知れないが、あの婆さんの悔しがる顔が見られると思うと愉快でならないぜ。」

瀬能「・・・誠に申し訳ありませんでした。」

橋田「クキャキャキャキャキャキャキャキャキャヤヤヤヤヤヤ! 」




夫人「・・・あなた、杏子ちゃんから電話があったわ。」

御大「首尾は?」

夫人「あの小僧、テープを買わなかったそうよ。・・・あたしの勝ちね。」

御大「あのねぇ、こんなの、勝負にならないじゃないか。だから最初から僕は嫌だと言っていたんだ。」

夫人「杏子ちゃん、大分、あなたの為に、がんばったそうよ。」

御大「買わなきゃどっちみち僕の負けじゃないか。ダメだ、ダメ、こんなの賭けにならない!」

夫人「ダメよ、あたしの勝ちは勝ちよ。・・・次朗が役員入りして、お小遣いは入るし、まったく杏子ちゃんには頭が上がらないわ。」

御大「僕だけ大損だよ。」




瀬能「こんにちは。」

受付「ああ、瀬能さん。こんにちは。」

瀬能「今日、和室、お借りしたいんですけど。」

受付「ええ。こちらの受付簿に記入しておいて。」

瀬能「ありがとうございます。」

受付「なに?今日は?」

瀬能「生け花をしようと思いまして。」

受付「瀬能さん、花、できるの?」

瀬能「いえ、以前、習った事がありまして。今は見様見真似で。自己流です。」

受付「凄いわねぇ。」

職員「あれ、瀬能さん。どうしちゃったの?和服なんか着て。成人式?」

瀬能「もう、成人式に見えますか?・・・なんにも出ないですよ?・・・コーヒー、お飲みになりますぅ?」

職員「ああ、じゃあ、今度。・・・そう言えばさ、最近、デブチン、見ないけど?」

瀬能「デブチン?」

職員「ほら、そこで、そこのソファで、いつもアイス、食ってる。ほら、」

受付「違う人がアイス、食べてるわね。ヒョロヒョロの人が。」

職員「ヒョロヒョロ?・・・デブチンだろ?」

受付「ヒョロヒョロよ。」

職員「デブチンだろ?」

受付「見てみなさいよ?ほら、ヒョロヒョロだから。」

職員「お!ありゃぁヒョロヒョロだ。・・・デブチンどこ行ったんだろうなぁ。」

受付「それじゃぁ、瀬能さん。終わったら、鍵、返しにきてちょうだいね。」

瀬能「分かりました。」

職員「ありゃあヒョロヒョロだなぁ。・・・あ、あ、あ、瀬能さんよぉ?」

瀬能「はい?、なんです?」

職員「図書室、整理してたらさぁ、本棚に見た事がないビデオテープが挟まってたんだけど、瀬能さん、何か、知ってるかい?」

瀬能「・・・ビデオテープ?」

職員「ああ、知らないならそれでいいんだ。」

瀬能「さあ?存じ上げないですが。」

職員「誰かが忘れて行ったのかなぁ。あんな所に突っ込んでおかれても困るんだよなぁ。・・・瀬能さん、引き留めて悪かったね。」

瀬能「・・・いえいえ。」




木崎「だから布川、いいか?この議員。この議員な。この議員の証明をしたのが、この議員の秘書なの。その秘書の証明をしたのが、別の議員の秘書なの。」

布川「なんですか?そのドミノ倒し方式は?」

木崎「なにが重要なのかと言えば、この、別の議員の秘書だよ。この秘書の証言次第で、一番最初の議員が、有罪になるの。お前が言う通り、ドミノ式にな。この秘書、違う人間の戸籍で、議員秘書やってんの。成り済ましだよ。」

布川「別の人間の戸籍って、どういう事ですか?」

木崎「俺が知る訳ないだろ?成り済ましだよ。入れ替わり。」

布川「それじゃあ、一番最初の議員の証明はどおうなるんですか?潔白を証明できないじゃないですか?誰だか分からない人間じゃ証明しようがないじゃないですか?そもそも、成り済ましって何ですか?この人、何者なんですか?」

木崎「あのな、知りたいのは俺の方だよ。こいつ、何者なんだよ?なんで、勝手に、人の戸籍だか何だか、使ってるの?入れ替わってるの?誰なんだよ、こいつは?」

布川「・・・存在証明の欠如です。」

木崎「・・・なんだよ、それは?」

布川「この世に存在できない状態の事ですよ。虚構です。」

木崎「は?・・・お前、何言ってんだ?」

布川「簡単な話です。・・・誰かがこいつに、戸籍をくれてやれば、その瞬間、存在が立証されます。一人の人間として、物理的に存在を許されます。同時に、納税も労働も、あらゆるものが付与されますが。」

木崎「誰かって誰だよ?」

布川「・・・さぁ?・・・誰も責任、取りたくないじゃないですか?だから」

木崎「だからずっと宙ぶらりんだったって事かよ?・・・行きつくとこ行って、議員の、証言する所まで行っちゃったの?誰も止めなかったの?無責任すぎるだろ?」

布川「・・・存在自体があやふやだから、どこにでも出るし、どこにでも、行ける。」

木崎「それじゃあ、ホンモノのオバケじゃないか?」

布川「本物のお化けですよ。実在するお化けです。」




瀬能「人間の存在証明って何のでしょうか?・・・事実、生きているのに戸籍が与えてもらえなかったら、存在している事にならない。でも、私達は、会った事もない、電話の声だけの人、SNSだけの付き合いの人、虚構の存在に財産や労力を根こそぎ、奪取される事もある。気が付かなければ死ぬまで虚構の存在に搾取され続ける事だってあるんですよ。私達は会った事のない人間に、脅かされて生きているのです。下手をしたら、死んでも尚、多額のお金を請求され続ける事も珍しくはありません。この世に存在していないのにですよ。だとしたら、私達自身でさえ、虚構の存在なのかも知れません。自分自身以外、存在を証明できませんから。」

パキン パキン

瀬能「花は一度、切ってしまうと元には戻せません。ああ、切り過ぎた。でも、このサイズの方が、格好がいいか。うぅん。ま、最後は、えいやで、決めるしかないんですが。

そうそう。ドッペルゲンガーっているじゃないですか。本人と入れ替わってしまうという、怪物なのかなんなのか分かりませんけども。あれだって別に、入れ替わっていたとしても、他人に害はありません。入れ替わっている事に気が付かない方が正常でしょう。他人は、あなたが思っている程、あなたの事を見ていません。入れ替わっていようと、なかろうと、興味がありませんから。」

瀬能「アイス、買ってきましたよ。おお、いい出来じゃないですか?・・・でも、ピンクで刺し色、入れてみたらどうでしょう?」

瀬能「足は痺れるし、肩も凝ります。私はやはり花は合わないみたいです。」

瀬能「あずきバーと雪見大福、どっちがいいですか?ところで、あのビデオの人?あれって誰なんでしょう?」

瀬能「誰だっていいですよ、私、興味ないですから。」「・・・それもそうですね。あははははははははははははは」


※本作は全編会話劇です。ご了承下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ