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私と婚約者と従姉妹の選択

作者: 璃緒


 

「リリはどう考えてるんだい?」

 

 2人でのいつもと同じお茶会の席で唐突にそう問いかけられ、首を傾げた。

 

「何について?」

 

 問い返すと、セルジュの青銀のサラサラした髪が風でふわりと踊る。美男子のその様は絵画や彫刻の題材になりそうだな、と関係ないことを考えてしまう。

 

「僕らのこれからのことだよ」

 

 くっと喉がしまった。言われた言葉に動揺して一瞬息がつまりかけたのは見逃してほしいと思いながら口を開く。

 

「それは、もう結論が出ているでしょう?」

 

「そうかな」

 

 セルジュはその目で見つめられたら恋に落ちない令嬢はいないと言われている綺麗な青の瞳をこちらにまっすぐと向けてくる。

 

「リリは、僕のことどう思ってる?」

 

「好きよ」

 

 このことに迷いはない。だからいくらでもそう伝えることができる。嘘ではないのだから。

 

「だけど?」

 

 セルジュに言われて固まる。そう、好きなことに嘘はない。ない、けれど。

 

「リリの考えてること当ててあげる。とても大切な、兄もしくは弟として、ね。それが伴侶になっても僕らならうまくやれる。燃えるような恋でなくても、穏やかに僕らなら時を重ねていける」

 

 セルジュの言う通りだと思う。それは、それで幸せな未来で、セルジュの家のノエリッツ家の人達も私の家のカエナーデ家の皆もそう望んでいる。

 

 私だけ、私だけがほんの少しの夢を諦めればすぐそこに輝いている1つの未来。そして、今の私が未練を引きずりながらも選択しようとしている未来。

 

「リリ、僕はね、この婚約を解消、ううん、白紙にするべきだと思ってるんだ」

 

 

 ※

 

 

 ノエリッツ家とカエナーデ家は、穏やかな関係を続けてきた。領地こそ少し離れているけれど、王都にあるタウンハウスなら隣に位置する。爵位も同じ伯爵だ。

 

 カエナーデ家の私、リナリアは幼少期から一年の半分をタウンハウスで過ごし、残りを領地で過ごすことが多かった。父と母と兄と私と弟の5人家族で、家族仲はいい方だと思う。

 一方のセルジュのノエリッツ家は、家族仲はいいけれど、子どもはセルジュしかいない。

 

 そのセルジュと私の婚約が結ばれたのは私達が3歳の頃。両家が仲良かったからだけでなく、その時に長期的な事業を共同で興すことになり、将来的にも協力していくための婚約でもあった。

 

 私達の関係はセルジュの言う通り、兄妹のようなじゃれつきから始まって、今でもそれは大きく変わっていない。それは感情の面も同じ。兄と弟のいた私にとってセルジュはよその家にいる兄妹という感覚だった。タウンハウスにいる間は毎日のように顔を合わせていたし、領地に行ったとしても互いに泊まりで行き来していた。

 

 セルジュは寡黙で頭の回転が早く、剣もそれなりに強い。見た目こそ冷ややかな印象はあるけれど、話すと話題は豊富だし、紳士的でもある。令嬢たちにも人気でよく声をかけられている。

 

 対する私は5歳で魔法を目にしたその時から魔法の虜になってしまった。魔法の勉強をしたくて仕方がなかった私は、課せられた淑女教育や色々な教育を表面上は完璧にこなし、好きな魔法の勉強をすることに回りから苦言を言われないようにしてきた。

 おかげで17歳になった今、私よりも魔法を扱える同年代はいないと自負している。

 

 私の小さな夢は魔法士になることだった。そうなれば好きなだけ魔法に関わることができる。けれど、それは伯爵夫人と兼任はできない。

 

 魔法士になってしまうと貴族や平民という壁が取り払われ、ひとくくりに魔法士という新たな身分にならなければいけない。

 家族と会ってはならないという決まりはないけれど、魔法士と貴族の婚姻は基本的に法で禁止されている。これは魔法が強力すぎるためにどこか1つの貴族の家に力が偏り過ぎれば政治のバランスが崩れることになるからだ。

 貴族に戻りたい、もしくはなりたい魔法士がいれば生涯魔法を使えなくする魔封じを施された後になる。魔法士でなくても、ある程度魔法が使える子どもが貴族であり続けるには18の成人を迎えるまでに同じく魔封じを施さなければならない。

 

 つまり最初から2択あるようで、小さな時から婚約が決まっていた私にはほぼ1つの選択しか残されてはいなかった。

 セルジュとの関係は良好だし、セルジュの家族にも可愛がってもらってきた。だから、セルジュと結婚することに不満は1つもない。ただ、そうなると私の小さな夢が叶わなくなるだけ。大好きな魔法を使えなくされてしまう、それだけ。

 

 

 ※

 

 

 セルジュの衝撃発言から4日、私は結論を出せずに1人で悶々と悩んでいた。

 セルジュはよく考えてみてと言っていた。

 

 セルジュとの結婚は嫌ではない。けれど、魔法が使えなくなることは嫌だと思っている。我が儘と言われてしまえばそれまでのことではある。

 

 魔法協会からの通達書も届いている。魔法士になるのか、それとも魔封じを行うのか、どちらを選ぶにしろ魔法協会には行かなければならない。18歳になるまであと2ヶ月。結論はとっくに出していなければいけない時期なのに、あと少し、もう少しと魔封じをしに行かなかった私をセルジュは知っている。

 

 気晴らしにならないかと庭園に出てみたけれど、それで結論が出る訳じゃない。

 いつも持って歩いている魔法の杖を撫でる。この杖はセルジュが私の7歳の誕生日の時にくれたプレゼントだ。以来ずっと愛用している。この杖を貰った時、私は飛び上がるほど喜んだ。家ではどんなに欲しがっても魔法の杖だけは買ってもらえなかった。それは早めに私に魔法士を諦めて欲しかった両親の思惑もあったはずだ。

 

 魔法の勉強の一番の協力者はセルジュだった。1つ魔法を覚えては一番最初にセルジュに披露してきた。

 私が誇らしげに魔法を披露すると、セルジュは目をキラキラさせて一緒に喜んでくれた。私はその時間が最高に好きだった。

 

 最初にできるようになった魔法は水を浮かすこと。

とても小さな水球をほんの少しだけ浮かすだけの、今では簡単にできる魔法。今はその水球を作るための水も出せるようになったし、それをもっと小さな粒子にして、キラキラと輝く虹だって作れるようになった。

 

「リナ」

 

 声をかけられて目を向けると、父方の従姉妹に当たるマリベルが目をキラキラさせて立っていた。

 

「マリー、来ていたの?」

 

「えぇ、来て早々綺麗な虹が見られて私は幸せね」

 

 マリベルは私の魔法を見るのがとても好きらしく、会うたびに魔法を見せてほしいとせがまれた。私も嬉しくてついつい色々な魔法を披露してきた。

 

 考え事をしながら作った虹はキラキラ輝いて円環状に宙に浮いている。マリベルはそれをうっとりと見上げていた。

 

「ふふ、マリーはこの虹がとても好きだものね」

 

「そうね、でも私は地上にたくさんの星を作り上げるあの魔法も好きよ。というより、リナの魔法は優しくて全部大好きなの」

 

 頬を染めてふわりと笑うマリベルは妖精のように可愛らしい。私もマリベルにつられて思わず笑顔になっていた。

 

「ありがとう」

 

 マリベルが悲しげな表情になって私をじっと見た。

 

「……リナ、婚約、無しにしてもらえないの?」

 

「マリー、婚約は私達の気持ちだけで決まったことじゃないわ。私1人の我が儘で無しになんてとても言えないもの」

 

「でも、リナは魔法が好きなんでしょう? 伯父様達だって話せば分かってくれるわ。前にリナが作った魔法石を自慢していたもの。それとも、セルジュ様が魔法よりも大切?」

 

「セルジュと魔法を比べるのは失礼よ」

 

 私は苦笑してしまう。マリベルは私の魔法が好きすぎて少しセルジュに対しては当たりがキツくなることがある。

 

「そうかもしれないけど。セルジュ様はリナの魔法が好きでしょう。だから、リナから魔法を取り上げてしまう自分を許せないと思ってるんじゃないかしら」

 

「そう、なのかな」

 

 それもあるのだろうと思う。セルジュはマリベルほどせがんだりはしないけれど私が魔法を学ぶための場はたくさん作ってくれた。

 

「リリの虹は久しぶりに見たな。相変わらず綺麗だよね」

 

 不意にもう1つ声が増えた。私をリリと呼ぶのはセルジュだけだ。誰とも同じ呼び方はしたくないし、させたくないと言ったのは確か5歳の頃のセルジュだったか。

 

「ルジも来てたのね。私は知らないのだけど今日は何かあるの?」

 

「うん、少しね。リリは自分だけの我が儘だって言うけどね、リリに魔法を諦めてほしくないのは僕の我が儘でもあるんだよ。それに、ね。リリとそれで他人になるつもりは毛頭ないんだ」

 

 セルジュは悪戯をする時のように目を細めてニコニコとしていた。マリベルはそんなセルジュに胡散臭いものを見る目を向けている。

 

「でも、魔法士を選んだ場合は貴族ではいられなくなっちゃうわよ。さすがに私も小さな子どもじゃないから違う家の人を兄妹みたいなものです、とはもう言えなくなるわよ」

 

「なら、本当に義兄妹になればいいだろう? 魔法士と貴族の婚姻は禁止されてるけど、家族とは縁を切らなくていいんだし。まぁ、その分面倒な監査は増えるらしいけどね」

 

「え、と。魔法士は養子に入るのも確か禁止だったと思うんだけど、ルジはノエリッツ家を継がなきゃいけないんだし、養子になんて出られないでしょう?」

 

 セルジュはニコニコとしたままだ。

 

「そこは考えようだよ。リリの妹とリリを取り替えればいいだけなんだから」

 

「私に妹はいないわよ?」

 

 セルジュはニコニコしたままマリベルを見る。マリベルはそのセルジュに若干引いていたけれど、暫く考えて、だんだんと目を輝かせる。

 

「リナ! 私がいるわ!」

 

「ええっ?!」

 

「そう、マリベルがカエナーデ家に養子になればいい。そもそも、最初はうちとカエナーデ家で始めた事業だけど今ではマリベルの家のカエッシュ子爵家だって中枢を担っているんだ。そのカエッシュ子爵家のマリベルがカエナーデ家に養子に入り、うちへと嫁ぐ。そうすると、政略としては完璧に成り立つよね」

 

「私、別に今好きな人もいないし、リナには夢を諦めてほしくない。それに、私がカエナーデ家の養子に成れれば、私とリナは本当に姉妹になれるわ」

 

「そして、そんなマリベルと結婚すれば、リリと僕も本当に義兄妹になれる。ほら、絶対に他人にはならない。もちろん、リリの後見にも立つからね?」

 

「えぇ? 2人ってそもそもそういう関係だったりした?」

 

 なんだかこの話は私に都合がいいけれど、2人には得するようなことがないように思えるのだ。本当は2人が秘密でお付き合いをしていた、なんてことならすぐに納得もできるけれど。

 

「まさか! そこは疑われると悲しいよ。そんなにリリに対して不誠実だったつもりはないんだけどな」

 

 セルジュが少しだけ悲しそうな顔で私を見た。

 

「急にこんなことを言い出したらそう思うのも無理はないと思うわ。だけどね、セルジュ様と私の間にはそういう甘いものなんてないわよ。そこを疑うとさすがにセルジュ様が不憫よ」

 

 マリベルは少しだけ呆れた目を私に向ける。

 

「そうなの? でも、今の提案を受けたらルジとマリーは結婚することになるのよ?」

 

 マリベルは少し考えるような素振りをしてから1つ頷く。

 

「そうね、うーん。考えてみたけれど案外うまくやれそうな気がするわ。だって私の一番はリナだもの。そういう意味では気は合うと思うのよね。セルジュ様は顔もいいし」

 

「そうだね、マリベルなら絶対にリリを邪険に扱うことはないから僕もストレスは少ないだろうね」

 

 2人とも基準がなんだかおかしいのは気のせいだろうか。

 

「2人とも、将来がかかってるのに軽くない?」

 

「マリベルは知らないけど、僕は色々と熟考したよ。リリが魔法よりも僕を選んでくれようとしていることは本当に嬉しいよ。その事実だけで、僕には充分なんだ」

 

「ルジ、本当にそれでいいの?」

 

 やっぱり納得しきれずにセルジュに問いかける。

 

「いいんだ」

 

 セルジュはまっすぐに私を見て答えた。そこに迷いのようなものはない。

 

「私もリナと姉妹になることに異論はないわ」

 

「マリー、本当によく考えた?」

 

 マリベルはあまりにも結論を急いでいる気がして心配になってしまう。ふんわりとした妖精のような雰囲気を持っているのに昔からこうと決めたらやり通す意思の強さがある。

 

「そうね。もう少しちゃんと考えてみるけど、多分私の意見は変わらないわ。リナが魔法よりもセルジュ様の方が大切で、魔法を捨てるなら勿論それを支持するわ。私も少し1人で考えてみるから今日はもう帰るわ。リナ、後悔しない選択をしてね」

 

 マリベルはそれだけ言うと本当に庭園から出て行ってしまった。私は残されたセルジュへ目を向けた。どうもセルジュの中では完璧な計画らしいというのが雰囲気から伝わってくる。

 

 ため息をついて手の中の杖へ視線を落とした。本当にセルジュの提案を受け入れて、それでいいのだろうか。

 セルジュが私の隣に座って私の杖を手に取る。

 

「今でもこの杖を使ってくれていて嬉しいよ」

 

 セルジュはその杖をふわりと横に振るけれど、何も起こらない。

 

「やっぱり僕には魔法の才能はないね。リリは初めて使った魔法を覚えてる?」

 

「勿論、水をほんの少し浮かせる魔法だったわ」

 

 セルジュを連れ回してできるかどうかも分からない魔法の練習に付き合わせていたのを思い出す。

 

「そうだね。目に見える魔法はそうだった。だけどね、リリが初めて使った魔法はもっと違う、目に見えない魔法だったって思ってるんだ」

 

 意外なことを言われて目をぱちくりとしてしまう。

 

「え? そうなの?」

 

「リリはね、皆を仲良くさせる魔法が使えるんだ」

 

「それって魔法なのかしら?」

 

「魔法だよ。皆がリリといると穏やかになる。僕の両親って不仲だったんだ」

 

「そんなことなかったでしょう? ずっと仲良さそうな記憶しかないけど」

 

 セルジュは冷たく見える目を穏やかに緩めた。

 

「違うよ。多分リリがいなかったらうちはもっと冷えきっていたよ。リリが最初に使った魔法は僕が泣かなくなるようにっていう魔法だった」

 

 とても小さい頃はセルジュはよく泣きながら我が家へ来ていた。それが悲しくてセルジュの頭を撫でながらセルジュがもう泣かなくてもすみますようにと願ったことはある。けれどまだ魔法の魔の字も知らない頃のことだ。

 

「あれは魔法じゃなくておまじないみたいなものだったでしょう?」

 

「リリが気付いてないだけだよ。マリベルにも同じことしたでしょ? 僕のためだけの魔法だったのにってちょっと拗ねたんだよね。そういう意味では僕とマリベルは気が合うんだよ」

 

 言われて思い出した。マリベルはお友達がなかなかできない、皆が意地悪するのと泣いていて、手をギュッと握って皆と仲良くなれますようにと願った記憶がある。

 

「どっちも魔法ではない気がするけど、2人がそう思ってくれてるならそれでもいいかしら?」

 

 なんとなく2人は大袈裟に美化してる気がしてならない。

 

「リリ、僕はリリが何を選んでも力になるよ。僕を選んでくれたら一生大事にするし、魔法を選んだとしても僕はそれを応援する。だから、リリ正直な気持ちを教えてほしい」

 

 真剣な目を向けられて私は思わず目を伏せてしまう。

 

「セルジュ…… 私はセルジュが好きよ、嘘じゃない。だけど、多分、私はセルジュに恋したことはないの。でも、セルジュが大切なことは本当で、このままセルジュと結婚しても私は幸せになれるって思う」

 

 セルジュは優しい顔で頷く。多分、私の出す結論にセルジュは気がついてる。

 見方が変わればセルジュが出した提案って酷いものに聞こえると思う。でも、私はセルジュの隣にマリベルが立っていると思うと微笑ましく思えてしまう。2人も言ってたけれど、何だかんだと気が合うと思うのだ。

 

「でも、私は魔法を捨てたくないの。魔法が使えなくなるって思うと半身をもがれてしまう気がして怖い。苦しくて仕方がないの」

 

 セルジュがうつ向いてしまった私の頭を優しく撫でる。

 

「それは当然だと思うよ。リリは魔法を息をするように使えるんだから。そうやって生きてきて、しかも魔法が大好きなのに、それを捨てろなんて、そんなこと言えるわけがないんだ。僕はリリにそんな自分を殺してしまうようなことは言いたくないし、させたくない」

 

 セルジュは私の手に杖を握らせて、その手を大切に包むように手を重ねた。

 

「リリ、僕の唯一無二の敬愛する魔法使い。僕はリリの選択を支持するよ」

 

 セルジュの私を見る目は温かい。一番近くで私の魔法を応援してくれていた。多分、セルジュが私に抱いている感情も恋じゃない。もっと温かでだけどくすぐったくもなる。それに応え続けるのが楽しくて嬉しかった。

 

「ありがとう、ルジ。いつも一番近くで応援してくれて本当にありがとう」

 

 

 

 ※

 

 

「思い切ったことしたわね」

 

 リナリアが魔法協会の中へ入っていく姿を見送りながらマリベルがそう言った。リナリアはここから本格的に魔法士になるために心得やら何やらの勉強をするために2年ほどは魔法協会にあるらしい寮で暮らすことになる。その後は魔法の研究員や王宮魔法士、人々に紛れた魔法屋、冒険者の1人としてなど活躍の場は広がっていく。

 

「そうかな。皆、色々と言ってたけど案外あっさり話がまとまったのはどこかでリリが魔法を捨てられないって理解していたし、リリから本当は魔法を取り上げたくなかったからだと思うよ」

 

「そうね。でも、言われたんじゃないの? セルジュ様はリナが大好きだったでしょう? それなのに、手放していいのかって」

 

「リリのことが好きなのは間違いないよ。でも、どう言えばいいんだろう、そういう好きとは違う、もっとこう尊いというか」

 

「舞台の主役を見るような感じよね。手は届かないと知っているけれど慕ってしまう、憧れのような感覚かしら」

 

 マリベルはうまいことを言うなと思った。そうリナリアは何よりも大切にしたい存在ではあったけれど、僕の想いは恋愛とは違う気がしていた。愛おしいよりも、尊い。触れるのも畏れ多くて、キラキラと自由に振る舞うリナリアの邪魔はしたくなくて、でも近くでは見ていたい。

 

「おおよそ婚約者に対して持つ感覚ではないなとは思ってたんだ。その羽をもぐのが自分だなんて、そんなの許容できないだろ。マリベルだってそんな僕を嫌っていただろう」

 

「でも、リナを解放してくれたわ。やっぱり私の見立てはそういう意味で間違ってないって思ったもの。これからは心置きなくリナを応援できるし、セルジュ様も勿論協力してくれるでしょう? リナがセルジュ様を好きでも、それが恋でなくて良かったと思うわ」

 

 マリベルは妖精とも言われる可愛らしい顔で微笑む。

 

「まぁ、踏み込めばそういう関係になれたんじゃないかっていうのはずっと思ってたよ。魔法を失ったリリにはもう僕しかいなくなるわけだし。でも、そんなリリを近くで見てるのは耐えられなくなるだろうなと確信してたからね」

 

 リナリアの夢を潰しかねない婚約をギリギリまで白紙にしなかったのは、余計な虫をリナリアに近付けさせないためだけだった。

 そもそも貴族の子息にリナリアを渡す気はないし、この先もリナリアと同じ目線で気持ちを分かち合い、それでもリナリアを尊重し、大事にしてくれるような相手でなければ認めることもないだろう。

 

「リナの好きなタイプって知ってる?」

 

 からかうようなマリベルに少しだけムッとする。けれどそれは表に出さずに黙ることにした。

 

「リナは体格がよくて強くて、武骨だけど温かみのあるような、顔の彫りも深くて野性味溢れる感じの方が好きそうだったわ」

 

 それはよく知っている。リナリアは騎士団を見かけるたびに目的の相手もいないのに頬を染めて見入っていた。だから、剣なんて向かないものにも手を出してみたのに、身を守れるくらいの腕はあるつもりだけど、リナリアの理想には届かなかった。

 

「それくらい知ってるさ」

 

「見事にセルジュ様とは真逆よね」

 

 クスクス笑うマリベルを恨みがましく睨む。

 

「……そういうところが友人のできない原因だったんじゃないか?」

 

「そうかもしれないけど、素のままの私でも仲良くしてくれる人達はちゃんといるのよ?」

 

「どうせ、それも皆リリに憧れてるからだろ」

 

「ふふ、否定はしないわ。リナを推す会はこれからも心置きなく続けるもの」

 

 前からこの言葉は聞いていたが今一つ意味は分かっていない。

 

「推す?」

 

「私たちの間で誰が言い出したのかは忘れたけど、いつの間にか定着した言葉ね。好きな人を応援して、その素晴らしさをたくさんの人に広めて共有していくの。まさしく私たちの気持ちを現した言葉でしょう? 恋愛的な意味でなく、好きで心から応援したいって気持ちよ」

 

 なるほど、そう言われると腑に落ちる言葉だ。なるほど、自分は近くでリリを推していたのか。

 

「そういえば今回のこと、マリベルにはきちんと相談しなかったけど、乗って良かったのか?」

 

 リナリアが魔法士になるのなら、僕の婚約者という枠があいてしまう。

 それはノエリッツ家もカエナーデ家も許容できる話ではなく、身代わりともいえる人物を立てなければいけなくなる。

 そこで白羽の矢が立つのは共同事業者として今では中枢に位置し、カエナーデ家とは親戚関係にあるカエッシュ家のマリベルとなるのは僕が予想をしなくても流れとしてそうなるのは目に見えていた。

 マリベルをカエナーデ家の養子にしてからの婚姻となることも予想通りだ。

 ただ、こうなるだろうと予想はできていても、マリベル本人にその意思があるかの確認はしなかった。

 

「構わないわ。もう決まってしまったし、私に確認するには遅いタイミングね。セルジュ様は同志として認めているし、リナを応援することを邪魔はしないでしょう? リナの婚約者だったからセルジュ様に特別な感情も持ったことはなかったけれど、案外私たちはうまくやれると思うのよ。リナも私たちの幸せを願ってくれたし」


「それもそうだな。リリが願ったなら少しずつでもそうなっていくのは分かっているし、マリベルとは気は合いそうだと前から思ってたよ」

 

「そうね、いつかリナとの思い出を語り明かすのも悪くないわ」

 

「それも面白そうだ。マリベルなら僕が見れなかったリリのことも知っていそうだしな」

 

「その時はちゃんとセルジュ様しか知らないリナのことも教えてもらうわ」

 

 僕らはお互いに微笑み合うとリナリアが入っていった魔法協会を後にした。

 

 

 ※

 

 

 手紙を読み終わって思わず口元が綻ぶ。

 

 私が魔法士になることを選んで、セルジュとマリベルにはもしかしたら望まないことを押し付けたかもしれないというここ数年の心の重石がおりた感じだ。

 

 私が思っていた通り2人は気が合ったみたいで、今では社交界で有名なおしどり夫婦らしい。そして、手紙はマリベルの懐妊を伝えてきた。生まれたら見に来てほしいとも書かれていた。今からその時が楽しみで仕方がない。

 

 私は魔法士として自立して、今は頼りになる剣士と冒険者になっている。

 魔法研究にも興味はあったけれど、それよりもたくさんの人達と関わってその人達の笑顔を見るのが好きなんだなと自覚してからは、今の冒険者という立場は悪くないと思える。

 

 数年前まで貴族だったと言っても今では冗談だと思われることも増えた。よくよく小さな時からの自分を思い出すけれど、体を動かすことも好きだった。天性の職っていうのがあるのならまさしく今やっていることだと思う。

 

 セルジュとマリベルのことを話すと勘違いして怒りだす人達がいるのであまり言わないようにしているけれど、私は2人に感謝してる。だから2人には幸せになってもらいたい。

 

 私も最近一緒に冒険者をしている彼といい感じになってきている。何故か彼は今、謎のモテ期に突入したらしいけれど、私といられなくなったら困ると言って、断っている。相手もそこまで執着する気もないのかすぐに去るらしいのだけど、私が呆れて離れていかないか気が気でないらしい。

 体格も良く見た目は少しだけ怖い彼が眉を下げて心配そうにこちらを見る様子に私は物凄く弱い。

 

 多分、マリベルに子どもが生まれる頃に私も彼らにいい報告ができるようになっているんじゃないかという予感がある。

 

 今日もいい日になるようにと願って、私は部屋を後にした。

 

 

 

 

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