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信楽焼の狸

夏のホラー2024

 ゴトリ……と、音がした。


 ――ような気がした。




 高校2年の夏休み。この年は雨がほとんど降らず、熱中症警戒アラートが連日発令されていた。

 有名進学校でもないのに、夏休みの間は土日と盆休み以外は毎日課外授業がある。

 1限目は9時からなのだが、この地域は昔からの習わしで「ゼロ限目」と言うのがあり、朝のホームルーム前の7時30分から授業が始まる。

 駅から高校までの道のりは、背の高い木々に囲まれて心地よい木陰を作ってくれている。目眩がするほどのセミの鳴き声の中、まだ華やかな香りをまとった白いシャツとグレーのプリーツスカートで私たちは登校する。


 その場所がいつもと違うことに気づいたのは、夏休みも後半に入った8月19日の登校中の事だった。

 もしかしたら他の人も気づいていたのかもしれないが、その事を口にする程ではなかったのだろう。その日は誰も話題に出さなかった。

 しかし私はなぜだかそれがとても気になって、帰りにもう一度この目で確認することにした。


 課外授業の後の部活が終わり、みんなでおしゃべりしながら校門を出たのが17時。

 まだ外は明るく、気になるその場所ははっきりと見て取れた。

 校門から50メートルも離れていない、歩道のわきの空き地。

 元は家が建っていたのかもしれない。建物はないが、建物を囲んでいたであろうブロック塀らしきものがところどころ残っている。草は伸び放題で、長く人が入り込んでいないことが容易に想像できる。

「何か食べて帰ろうよ」

 と、育ち盛りの女子たちが話している中、私は空き地の中に目を凝らす。


「あ……」


 やっぱりだ。

 やっぱり今朝感じた違和感は間違いではなかった。

 今まではなかった【信楽焼の狸】が、草むらからこちらを見つめている。高さ1メートルほどの、ふくよかでまん丸な目が愛らしい、あの信楽焼の狸だ。

 その黒目がちで大きく見開かれたまん丸な目と目が合い、私はその場から動けなくなった。


 気づかずに先へ進んでいた友達が異変に気付く。

「あれ? どうしたカオル?」

 声を掛けられ、息をしていないことに気づき慌てて酸素を取り込む。

「カオル? 何かあった?」

 数人の友達が私の名前を呼びながら道を戻って来た。

「いや……狸が……」

 私がそう言って友達の方へ視線を向けたその時、


 ゴトリ……と、音がした。


 驚いて再び狸の方へ視線を戻すと、何も変わらず信楽焼の狸はそこにたたずんでいる。

 ――気のせい……?

「あ、狸だ」

 友達の一人が指差し甲高い声を上げる。それを聞きつけ、ほかの子たちも集まって来た。

 私はほんの一瞬「この信楽焼の狸は自分にしか見えていないモノなのでは……」と思ってしまったので、みんなのリアクションに安堵した。

 私を取り囲む数人の女子は、朝とは違い汗のにおいがした。




 次の日には、信楽焼の狸は学校中の噂になった。

 誰が置いたんだろう。

 何のために置いたんだろう。

 不法投棄じゃないだろうか。


 そして再び異変が起きたのは、私が信楽焼の狸に初めて気づいた三日後。「今日も狸はいるだろうか」と気になりだした8月21日の早朝。

 小さな狸がひとつ、朽ちかけたブロック塀の上に増えていることに気づいた。あれも信楽焼なのだろう。

「カオル、おはよう」

 声を掛けられ振り返ったその時……


 ゴトリ……コト……と、音がした。


 驚いて再び狸の方へ視線を戻すと、何も変わらず信楽焼の狸はそこにたたずんでいる。

 ――やっぱり気のせい……?

 ――動いた?あの狸が?動いたよね?

 その時

「カオル!」

 ハッとする私の腕を掴んだ友達の顔は、いつになく真剣な不安そうな表情を浮かべていた。

 私は無意識のうちに敷地内に入ろうとしてしまっていたのだ。


 ――気になる。

 ――気になる。

 ――狸が気になる。

 次の日の朝、いつもより1時間早く家を出た。

 誰にも邪魔をされたくなかった。

 ――どうしてもあの信楽焼の狸を間近で見たい。




 まだ誰も登校していない通学路を駆け抜け、息を切らしあの空き地までやって来た。

 すぐに気づいたのは、狸が増えていることだった。高さ50センチほどの、お腹がでっぷりとした信楽焼。よくある立っている物ではなく、横向きに寝そべっている物だった。

 その信楽焼を近くで見たくて、もう一度誰もいないかあたりを見回す。


 ゴトリ……コト……ガラ……と、音がした。


 と、反射的にその寝そべっている信楽焼の狸に近づいた。敷地内に入ってしまって。




「おはよう」

「あ、おはよう! 今日も暑いね」

 猛暑日が続く今年の夏休みも残りわずか。

 8月29日。狸の信楽焼は12に増えている。日に日に増える狸。学校でも知らない人がいないくらいになっていた。


 信楽焼業者が廃業して捨てに来ている

 狸が人間を驚かそうと化けている

 高校の生徒が信楽焼にされた


 そんな事があるのだろうか?どの噂も到底ありえない絵空事ばかりだった。

 みんなもそう思ってだろうか、あーだこーだ面白おかしく話題にして、朝から照りつける強い日差しの中、遠巻きに私たちを見て指差し笑っている。


「ねえ、最近カオル来ないね」

「うん。LINEしたけど返事ないんだ」

「えぇ! めっちゃ心配だよ! 夏風邪とかかも! 私もLINEしてみるね」

 きれいにアイロンのかかった白いシャツの女子生徒がスマホを取り出し、手早く送信する。


 ラインッ♪


 LINEの着信音が聞こえたのは、少しうつむき加減の信楽焼の狸の足元からだった。

「え?」

 驚いた二人は顔を見合わす。と、その時……


 ゴトリ……コト……ガラ……ゴリ……ガラガラ……ガキッ……ゴゴッゴ……ザザ……ガリ……グガガ……ゴトゴト……ゴロリ……と、一斉に音がした。



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