7.父から引き継いだ工場
メインベルの街 その2
わたしよりすこし年上だろう。日に焼けているから野外作業の仕事をしているのだろうか。
「スウミーと申します。なんとか依頼を受けてもらえないでしょうか」
「メイリと申します。と言われましても、工業にうとい私にできるかどうかわかりませんので、もっと知識のある方にお願いしたほうがいいのではないでしょうか?」
スウミーはまばたきもせずにこちらを見つめて来た。そして目を下に落として言った。
「亡き夫のボウは、きちんとメインベル工業会に手続きせずに、いわばもぐりの状態で工場を作ってきたのです。
ゼロからここまで大きくしたのは、たいしたものだとは思いますが、一緒にやってきた私ですらもどこがどう間違っているのかさえわかりません」
「何度も言うようですが、メインベル工業会の規則自体をよくご存じの方をお願いできないんですか?」
「現在工場を継いだ長男のヒロカは人づきあいが下手で、というかかなりダメで、
メインベル工業会の規則自体をよく知っている方というと、やはり同業者になるんですけど、敵だらけで」
商人ギルドの受付のお姉さんにも
「なんとかおねがいできないでしょうか」
と拝まれた。
「問題はね、依頼を達成できない可能性がとても高くて、申し訳ないけど、私にはそれほどお金に余裕がないので、お金にならない依頼は受ける余裕がないのです」
「では日当のような形でどうでしょうか?依頼の達成にかかわらず、動いていただいた分、日払いでお支払いして、できるところまでお願いするというのは?」
とスウミーが提案してきた。
「達成できなかった場合、そちらが損するだけだと思います。もったいないですよ」
「かまいません。わたしひとりではどうにもできなくて、少しでもなにかができればいいのです」
「経営者のヒロカさんはどうされたいんですか?」
「工場で製造を続けたいだけなんです」
スウミーはため息をついた。
「なんでおやじがやっていたのに、おれじゃだめなんだ。って言ってばっかりで、メインベル工業会の規則を勉強して、交渉して、工場を改良してという気がないのです」
「本人にどこまで責任がとれるのかということですよねぇ。
息子さんの責任範囲で何ができるのかできないのかを検討し、最悪、廃業を勧めることになってもいいんですかね?」
「――――はい」
スウミーはすこし下を向いて、顔をあげてこちらの目を見て決意したように返事をした。
「わかりました。ではこの仕事お受けします。成功は保証できませんよ。
まずは、メインベル工業会の規則を調べて、何が原因で工場の撤去の命令が出ているのか、資料はありますか?」
スウミーは羊皮紙の束を差し出した。
「これはメインベル工業会の撤去命令です。くわしい規則は私にはわかりません。」
「メインベル工業会に話を伺いに行ってもいいですか?」
「もちろんです」
スウミーは覚悟を決めるように答えた。
工場の場所を教えてもらって、羊皮紙の束を預かってよく読ませてもらい、明日工場に伺うことにした。
宿屋に戻って、部屋で羊皮紙を広げてよく読んでみた。
---「あなたが来てくれてほんとにありがたい。宝くじに当たったようなものだよ」
---義理の父が言った。
---「いっしょうけんめい働くから、どうか息子をお願いします」
---義理の母が言った。
ずいぶん昔の記憶が蘇った。ぶるっと武者震いして、羊皮紙を隅から隅まで読んでいった。
スウミーは似てるわけではないのに、義理の母を思い出させた。
義父も義母も、ふたりともそんなこと言った後すぐ死んじゃったんだよなぁ。
部屋の窓から見えるのは、どこかの工場の塀だけだった。