プロジェクトの全貌
一先ず、三人は椅子に腰を下ろした。緊張感が走る中、蓮は数瞬ほど頭を悩ませた。それから息を呑んだ彼は、風花たちに忠告する。
「これから話すことを聞いた場合、君たちはゲームの勝敗に関わらず……しばらくこの遺跡を出られなくなる。その覚悟はあるか?」
常人であれば、その話に乗るような真似はしないだろう。しかし、風花と由美は極めて勇敢だ。更に彼女たちは、自分たちの時代から少し時間が進むだけで地上の文明が滅びることも知っている。
「もちろん、あるさ。遺跡を調べたけど、ボクたちの時代から見て、この星の文明が途絶える日はかなり近いようだね」
「今更、後には引けません。私も話を聞きたいです」
言うまでもなく、二人は本気だ。蓮は手元にカップ入りのコーヒーを生み出し、その味を一口だけ嗜んだ。それから彼はため息をつき、衝撃の事実を告げる。
「君たちの暮らしていた時代にジェネシスという古代生物が目覚め、人類のほとんどを滅ぼした。我々アークは、その数少ない生き残りだ」
無論、それで数々の不可解な点が解消されるわけではない。風花は猜疑心に満ちた表情を浮かべ、情報を聞き出す。
「その時代に多くの人々が滅びたのに、君たちはどうやってゲノマや時の鍵なんかを生み出したんだい?」
「君たちの時代にも、様々な技術の発想自体は存在していた。そしてその多くは、仮想の物質の使用を前提としていた。だがゲノマを作り出すことに成功したことにより、タキオンや重力子などの仮想の粒子を生み出せるようになったんだ」
「なるほど、それで時の鍵の技術については説明がつくね。だけど、そのゲノマを生み出す技術は、どうやって確立したんだい?」
少なくとも、ノア細胞以外の技術の存在については説明がついた。残る疑問は、ゲノマの誕生した経緯だ。そこで蓮は、ノア細胞の正体について説明する。
「元々、様々な物質やエネルギーを生み出す力は、ジェネシスに備わっていたものだ。命からがらその血液を採取した静流は、品種改良やゲノム編集を行いながらジェネシスの細胞を培養した。こうして人体に使える程度までその性質を抑えた細胞こそが、ノア細胞だ」
これらの情報を踏まえ、風花の中で全てが繋がる。
「そうなると、かつては違法だったはずのストリートファイトが合法化され、世界的に流行したのも……」
「察しの通りだ。我々は様々な国の政治に介入し、ストリートファイトを合法化した。そして多くの広告企業やメディアを従えた我々は、新たな流行をもたらした」
「それで戦闘能力の高い人材を可視化して、ゲノマ・ゲームのプレイヤーの候補を探しやすくしたというわけか……」
かつて彼女が熱中したストリートファイトでさえ、アークの思惑によって流行したものだった。一方で、風花には眼前の男を真っ向から責めることが出来なかった。彼のしてきたことは全て、人類を存続させるためだったからだ。しかし由美は、依然として納得がいっていない様子だ。彼女は席を立ち上がり、声を張り上げる。
「どうして、ジェネシスの存在を隠してきたのですか!」
彼女が激高したのも無理はない。人類に迫る大きな危機を知っておきながら、アークはその存在を明かさなかったのだ。無論、彼らにも悪意があったわけではない。どこか達観したような表情を見せつつ、蓮は事情を語る。
「公表すれば、無秩序を招くからだ。かつて私の見た周回では、火星の領有権を巡った戦争が勃発した。それで貿易に支障が生じ、必要な資源にアクセス出来なくなった人々は次々と犯罪に手を染めた。ジェネシスの存在は、広く知れ渡るべきではない」
確かに、そんな事態も起こり得るだろう。冷酷な現実を耳にした由美は、虚ろな目で俯くばかりであった。