異能
静流は言う。
「少々、キミたちの力を試しておきたくてね。加賀くん、出番だ」
その指示に従い、ポータルからは千尋が姿を現す。彼女は風花たちを回復させ、いつも通りの無機質な微笑みを浮かべる。
「じゃあ、アタシは他のプレイヤーを回復させないといけないから、これで……」
そう言い残した彼女は、ポータルの中へと消えた。由美が怪訝な顔をする一方で、風花は右手に苺の香水を生み出した。それを己の体の節々に散布し、風花は構えを取る。そんな彼女を嘲るような笑みを浮かべ、静流は手元に光線銃を生み出した。彼は光線を乱射したが、風花はそれに被弾しながら間合いを詰めていった。その背後では由美が数本の大剣を生み出し、遠隔操作を試みている。しかし大剣はいずれも、重力に従って廃屋の屋上に突き刺さった。彼女の目の前では、風花が体術を繰り出し、静流がエネルギーの防壁で己の身を守っていく光景が広がっている。由美はもう一度大剣を生み出すが、案の定その大剣も重力に従ってしまう。静流はため息をつき、電流のようなエネルギーを帯びた足で風花を蹴り飛ばした。それから彼は由美に目を遣り、己の持つ力を明かす。
「フェーズ2のゲノマに備わっている力……我々はそれを『異能』と呼んでいる。ワタシの異能は、他者の異能を一時的に無効化する力だ。さあ、フェーズ1の力だけでワタシを倒してみろ」
これまで、彼の持つ異能は存在を知られていなかった。その最大の理由は、彼にフェーズ2のゲノマと戦う機会がなかったからだ。しかし風花たちには、フェーズ1の力を使うことなら出来る。また、静流の持つフェーズ2の異能は、あくまでも他の異能を無効化する力しか持たない。
「由美。ボクたちは二人で、静流は一人だ。ボクたちが力を合わせれば、異能がなくても勝てるはずだ!」
「そうですね、風花さん!」
それからも、風花は体術や剣術を駆使していった。その背後から、由美は光線を連射していった。しかしその節度、標的の周囲にはエネルギーの防壁が生まれ、彼女たちの攻撃を弾いていく。静流という男は、風花たち以上にゲノマとしての力を使いこなしているようだ。
「キミたちはまだ、弱い……」
そう呟いた彼は、己の周囲に眩いエネルギーをまとった。そこから幾度となく放たれる衝撃波のような光は、風花たちを退けていく。彼女たちの体は、その光に被弾するたびに爆発に巻き込まれた。そんな二人を睨み、静流は微笑む。
「案ずるな……命までは奪わない。柏木さんには、キミたちを殺さないよう指示されているからな」
つまるところ、彼はこれでもまだ本気を出していないということだ。彼のまとう防壁を中心に、円周を描くようなエネルギーが勢いよく放たれた。風花と由美は咄嗟に防壁を生み出したが、その防壁は彼の放った攻撃によって勢いよく砕け散った。それから激しい爆発に呑まれた彼女たちは宙を舞い、そのまま廃屋の屋上から転落する。そして二人が麓の水面に叩きつけられるや否や、その場で水が勢いよく跳ねた。風花はゆっくりと立ち上がり、それから前方に手を差し伸べた。由美はその手を取り、よろめきながら立ち上がる。それから二人が廃屋の屋上を見上げると、そこには気怠そうな笑みを浮かべる静流の姿があった。
「もっと強くなれ……風花、由美」
何やら彼は、風花たちの更なる成長を望んでいるようだ。彼は二人に背を向け、ポータルの中へと消える。その直後、ポータルはすぐに閉じ、廃屋の屋上にはコンクリートの焦げた痕跡や血痕だけが残された。
風花は近くの瓦礫の山に上陸し、再び由美に手を貸した。由美はその手を掴み、ゆっくりと瓦礫を登る。全身が水浸しの二人は、寒さに震えるばかりだ。風花は炎を生み出し、由美と共に暖を取った。