遺跡を巣食う魔物
翌日、忘却の遺跡には大量のディフェクトが湧いた。プレイヤーを二人も失ったアークは焦っていたのだろう。遺跡に現れた化け物は皆、その犠牲者である。泰地は赤いディフェクトを生み出し、それを使役して戦っている。一方で、城矢は戦車を乗り回し、ディフェクトとの遠戦を繰り広げていた。そんな光景を廃屋の屋上から見下ろしているのは、風花と由美である。
「由美。あれからボクなりに、色々考えたんだよ。ディフェクトを殺すことについて……ね」
「風花さん?」
「彼らは皆、アークの犠牲者だ。そして、ボクらには彼らを救う手立てがない。ボクらに出来ることはただ一つ――その命を終わらせてあげることだけなのかも知れないね」
そう語った風花は、少しばかり悲哀を帯びた眼差しをしていた。由美は彼女の肩に手を置き、優しげな声色で囁く。
「風花さん。つらい時は、私を頼ってくれても良いんですよ。戦闘時だけではなく、心に傷を負っている時でも、私に寄りかかって良いんです」
その言葉に、風花は心を揺さぶられた。
「由美……!」
感極まった彼女は、由美を強く抱きしめた。そんな彼女を抱き寄せ返し、由美は微笑む。この瞬間、風花はある種の安堵のようなものを感じていた。しかし二人には、いつまでも抱擁し合っている余裕などない。突如、風花は由美を突き飛ばした。唖然とする相棒の前で、彼女は高火力の光線を一身に受ける。それから起きた爆発により、彼女は宙に放られた。
「風花さん!」
咄嗟に立ち上がった由美は大きな網を生み出し、それで風花の身を受け止めた。それから網は瞬時にほどかれ、何本もの紐と化す。再び屋上に着地した風花が目にしたものは、三体のディフェクトだ。彼女はすぐに飛び出し、体術を繰り出していった。しかし眼前の標的はいずれも、まるで退く気配がない。その後方から由美が援護に努めたものの、放たれる光線は化け物たちの身に傷一つつけなかった。
「従来のディフェクトより、強くなってる!」
風花は叫んだ。その後方で巨大な剣を何本も生み出している由美も、敵の強さを噛みしめている。
「そうですね。同じノア細胞で生まれたディフェクトとは思えませんね!」
剣はいずれも彼女に遠隔操作され、宙を舞うように標的たちに襲い掛かる。しかし三体のディフェクトも大剣を生み出し、それを俊敏に振り回しながら由美の生み出した剣を退けていく。それと並行し、彼らはその剣術で風花の体術にも応戦していく。やがて全身を酷く負傷した風花は、腹部に切り傷を刻まれながら屋上を転がった。三体の敵は今、由美の目と鼻の先に迫っている。
その時だった。
「由美! 危ない!」
突如、風花の表情が変わった。そして次の瞬間には、彼女は再び三体の目の前まで飛び出していた。彼女の右脚は上方に伸びており、ディフェクトのうちの一体は後方へと飛ばされている。その更に次の刹那、風花は回し蹴りを終えていた。残る二体のディフェクトも、後方へと飛ばされる。彼女の俊敏な動きを肉眼で追えば、もはや過程が可視化されていないも同然だ。そしてこの瞬間にはすでに、風花は高火力の光線を放っていた。光線は三体のディフェクトを巻き込み、激しい爆発を起こす。屋上とその麓には、血肉の雨が降り注いだ。
「間一髪だったな……由美」
「そうですね、風花さん」
それは決して生温い戦いではなかったが、二人は生き残った。そんな彼女たちの前にポータルが開き、拍手の音が聞こえてくる。そこから姿を現したのは、アーク屈指の技術を誇る科学者――静流だ。そんな彼の方へと飛び出し、風花は彼の胸倉を掴み上げる。
「何の用だ! 静流! キミがあんな大量のディフェクトを生み出したのか! 答えろ!」
その声色と形相には、底知れぬ怒りが籠っていた。