電磁波人命探査
あれから愛姫たちは、忘却の遺跡を散策した。深夜帯である今こそが、他のプレイヤーの暗殺を謀る絶好の機会である。フェーズ2に達した二人が協力して不意を突けば、多くの命を奪えることだろう。もっとも、それは決して簡単なことではない。
「皆、街のどこで寝ているのかな?」
愛姫は訊ねた。カヌーを漕ぎ進めつつ、出雲は頭を悩ませる。
「街の大部分が水没しているから、足跡は残らない。この世界にインターネットのような共通のネットワークが無い以上、SNSなどにあがっている情報から標的の所在地を特定することも出来ないね」
その多くが半壊しているとはいえ、この遺跡には数多の廃屋がある。その全てを調べ上げていくうちに、二人は朝を迎えてしまうだろう。途方に暮れた愛姫はため息をつき、弱音を吐く。
「はぁ、愛姫ちゃんにも泰地みたいな力があったらなぁ。アイツってほら、自分で生み出した生物を使役することが出来るでしょ。それでドーベルマンとか作ってさぁ、匂いで探してもらえば簡単そうじゃない?」
確かに、今の二人にはあの力が必要だ。しかし彼女たちは、自分に与えられた力で現状を打破しなければならない。泰地の話が出たことにより、出雲はあることを思い出す。
「そうだ。泰地と言えば、この街にはアイツの生み出すもの以外にもディフェクトがいるじゃないか。いつディフェクトに襲われるかわからない中、ボロボロのままの廃屋で安心して眠れる奴はいないんじゃないかな?」
元より、プレイヤーの敵は他のプレイヤーだけではない。その上で、今まで六人全員が、ディフェクトに寝込みを襲われなかった。それが意味するところは、各々のプレイヤーが安全な拠点を確保しているということだ。
「お、良い着眼点だね。流石だよ、出雲。要するに、この環境下でも安心して眠りに就けるような建物があれば、そこにプレイヤーがいるということだね」
「少なくとも、ボロボロの廃屋よりはその可能性が高い。僕たちのようなことを考えるプレイヤーが出ることを想定して、ダミーとして無人の綺麗な建物を作っている奴もいるかも知れないけどね。あるいは、廃屋の中に仮設住宅を隠したり……とかね」
「そうなるとやっぱり、他のプレイヤーの拠点を絞るのは難しそうだね……」
計画は難航しそうだ。そして、今この瞬間にも時間は流れている。愛姫は肩を落とし、出雲は必死に思考を巡らせる。それから何かをひらめいた出雲は、再び口を開く。
「そうだ、こういう時こそ、電磁波人命探査装置を使おう」
「え、何それ」
「災害時などに用いられる装置だよ。探査距離は九十メートルほどだけど、僕は瞬間移動が出来るようになったからね。一箇所での探査に一分程度かかる計算でいけば、五分あれば半径九十メートルの範囲を五箇所――合計八千百パイ平方メートルの範囲を探査できる」
それは決して小さな範囲ではない。瞬間移動と電磁波人命探査装置を併用することは、今の彼に出来る最適な行動であった。さっそく、出雲は装置を起動し、探査を始めた。直後、装置はすぐに反応を示した。
「お、近くにいるね……」
装置に示された情報を頼りに、彼は愛姫と共にカヌーを漕ぎ進めた。二人がたどり着いたのは、扉も窓もない迷彩柄の立方体だった。その周囲には草木が生い茂っており、その中に潜んでいる者がいかにその身を隠したいのかを物語っている。無論、その構造はいかなる侵入者も許さないものであったが、出雲には関係ない。彼は瞬間移動により、立方体の中に侵入した。そこで彼が最初に目にしたものは、ベッドで深い眠りに就いている城矢の姿だ。突如、部屋の中でブザーが鳴り響いた。唖然とする出雲の目の前で、城矢はゆっくりと目を覚ました。