人の罪
泰地は先ず、風花の方へと飛び出した。そのナイフが振り下ろされる前に、後方から飛んできた光線が彼の右手を射抜く。彼が振り向いた先には、由美がいた。直後、彼の死角からは大型トラックが猛スピードで迫ってきた。このトラックを運転しているのは、城矢だ。
「……!」
トラックにはね飛ばされた泰地は、宙で体勢を整えた。そして彼が両足で着地するや否や、その眼前からは無数の弾丸が迫る。その奥で機関銃を構えていたのは、愛姫と出雲だ。泰地はナイフを生み出し、それを一心不乱に振り回した。銃弾は次々と切り落とされていくが、そんな状況下で背後からの攻撃に気づける泰地ではない。
「今だ!」
高く跳躍した風花は、光り輝くエネルギーを帯びた両足で彼の背中を蹴り飛ばした。激しい爆発に巻き込まれ、泰地は再び宙を舞う。その体は酷く負傷しており、満身創痍の有り様だ。しかし呼吸を荒げつつも、彼は闘志を失わない。朔上泰地という男に、撤退という選択肢などない。その上、この男はいくら追い込まれてもなお、そのスリルに喜びを見いだすような輩である。
「玩具も束になれば、競争相手だな。一緒に踊ろう……最高の祭りだ」
口から血を流しつつ、彼は言った。もはや彼は狂人そのものだったが、不思議とその笑みは歪んでいない。泰地は荒々しく残酷な人間だが、それは淀みや醜さを感じさせるものではないのだ。もっとも、この重傷で五人のゲノマを相手に戦おうとする姿勢は、おおよそ正気の沙汰ではないだろう。
「キミ、このままじゃ死ぬよ」
風花はそう言ったが、それで聞き耳を持つ泰地ではない。むしろ、その言葉は彼の神経を逆撫でするだけだ。
「それがどうした? この期に及んで、まだ俺の命を奪うことすらためらうのか? せっかく、俺たちは法が行き届いていない遺跡にいるんだ。いい加減、殺すことに慣れろ」
それが彼の望みである。容赦ない殺し合いが繰り広げられるゲームこそ、彼の求めている全てである。無論、それで相手の言いなりになる風花ではない。
「嫌だね! 殺生に慣れたら、ボクは二度と元には戻れなくなる! 後戻りが出来なくなる! 例えこんな狂ったゲームに巻き込まれても、ボクは絶対に、人の命を奪ったりはしない!」
「そうか。自分だけは綺麗でいられると、お前はそんな幻想を抱いているんだな。そうだな……例えばお前は、スマホを買ったことはあるか?」
「もちろん、あるに決まってるさ」
人間として生きる者からすれば、これは当然のことである。しかし泰地は、彼女を嘲るような笑みを浮かべている。怪訝な顔をする風花にナイフの切っ先を向け、彼は語る。
「スマホを一台作るのに、様々な会社が関わってくる。各々の会社が用意するものは、半導体であったり、ネジであったり、他にも色々だ。先ずこの時点で、スマホ一台による金の動きは大きいだろう」
「それがどうしたって言うんだい?」
「……わりと多くの会社が、経営の維持のために証券会社を利用しているんだ。この意味がわかるか?」
一見、それは真意のよくわからない話だった。他のプレイヤーたちは怪訝な顔をしていたが、風花一人だけは彼の話を理解している。
「ただ文化的な生活を送るだけでも、ボクたちは無知で騙されやすい人間から金を奪っている……ということか」
金という存在がその大部分を占める以上、人間の生き方は決して綺麗ではないようだ。
「ああ。目の前の命を奪う以前に、俺たちは見ず知らずの人間を経済的に殺しているんだ。それが人間だ。さあ、目の前の命も奪ってみせろ……風花!」
泰地はナイフを振り上げた。その次の瞬間には、風花の生み出したナイフがそれを受け止めていた。そして彼女が泰地を振り払うや否や、他の四人のプレイヤーたちは一斉に光線を放った。