後編
腕時計は夜中の一時をさしていた。
パントリーでひたすら伊崎は彼女を待っていた。
「遅い、遅すぎる」
そばにはさっき食べたサバ缶とせんべいの袋があった。
アイツは逃げたんだ、リュックの二千万を持って逃げたんだ。
伊崎は昼間、あの女を良い人だと思って感謝していた自分をぶん殴りたかった。
そして誓った。
これだけ食糧があればあと半年はもつ、その間には誰かがこの山荘を訪ねて来て俺は外に出れるだろう。
ここを出たらあの女を探して金を取り返してやる。あれは俺が見つけた金、俺の金だ。
伊崎はもちろん知らなかった。看護師の中谷がいた三年間、誰ひとり訪ねて来なかった事を・・
彼は床に寝転がるとまぶたを閉じた。
普段なら五分もしない内に高イビキなのだが今日はイライラして寝付けない。
「くそ、寝酒にビールでも飲むか」
立ち上がってビールのダンボール箱を開けている時だった。横の箱の切り干し大根の袋の下にまた見つけたのだ。
札束だった、十束あった。
彼には分かった、この大量の食糧の訳が・・・・
多額の金を隠す為だったのだ。
そして血走った目で次々とダンボール箱を開けだした。
三十分後、彼は床に腰を下ろし目の前の五千万円に祝杯をあげていた。
「ハハハ、やった。あの女、ざまぁみろ」
気分が高揚してビールがうまかった。つまみが欲しくなった。
焼き鳥の缶詰をダンボール箱から取り出した。
彼は一瞬、こんなに食べちゃいけないかな、と考えた。
でも伊崎は根性無しだった、自制する事が出来ない。
今夜は特別だ、明日から量を減らせば半年はもつさ
彼は缶詰を開けた。
それから三カ月後、まだ雪の残った山道を若い男が歩いていた。
三月だというのに山は寒く、そのうえ男は道に迷っていた。
そんな彼の前に一軒の山荘がその姿を現した。
若い男は家に入るとまずトイレを拝借して、次に石油ストーブを点けた。
そしてキッチンに行くと冷蔵庫を開けた。
中の牛乳が腐ってツーンと匂った。
男は顔をしかめると冷蔵庫を閉めてあたりを見渡した。
奥にドアがあった。
彼は鍵を開けるとドアを開けた・・・・
「ひゃあ」
山荘に悲鳴が響きわたった。
死体があった。
普段の男なら逃げだしていただろう、でも彼がそうしなかったのは死体の横に札束があったからだ。
彼はコワゴワ死体を見ながら金に近づくと背負っていた自分のリュックに金を詰め込み始めた、その時だった。
「う、うう」
骨と皮のミイラがうめき声を発した。
「うわぁ」
若い男は驚いてしりもちをついた。
伊崎は辛うじて生きていた、ミイラのようになっていたが・・
彼は半年はもつと思われた大量の食糧をわずかに二ヶ月で食べ尽くして、ミイラになってしまったのだ。
「助けて」伊崎は言ったが
若い男の顔は恐怖でひきつっていた。
「助けてくれたらそのお金、全部あげるから」
すると男は恐怖におののきながら、うなずいた。
男は金をリュックに全部詰め込むと体の前にかけた。
「う、重い」五十の札束は重かった。
次にミイラになって全く動けなくなってしまった伊崎を背中に背負った。
糞尿にまみれた伊崎は悪臭を放ち、骨と皮だけなのに重かった。
非常に重かった。
「ううう、重い」
彼は立ち上がり歩き出そうとしたが、余りにも重くて一歩も動けない。
やがて男は言った。
「無理」
そしてリュックと伊崎を床に降ろした。
若い男は根性無しだった。
去年、大学受験に失敗して一年間浪人する事を選んだが、結局少しも勉強しないで今年も全落ちしてしまい死に場所を求めてこの山に来たのだ。
彼はパントリーを出て行こうとした。
伊崎は懇願した。
「少しでいいから頑張って」
若い男は立ち止まり考えていたが、きびすを返すといつになく決意をあらわにした表情で
「少しだけ頑張ってみます」
と言った。
そして伊崎より軽いリュックを持ってパントリーを出て行ってしまった。