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噂1

弥生美羽と再会してから数日。

あの日から俊哉は自然と美羽と二人でいることが多くなった。

今日もまた、退屈な講義を一緒に受けている。

講義の最中だというに教授の話など聞かずに話に花を咲かせている姿は、すでに見慣れたもので日常と化しつつある。


「そうだ、宮田君。私、あなたにずっと聞いてみたかったことがあるんだけど」


昨日の見たドラマについて楽しそうに話をしていたというのに、美羽は急に話題を変えた。

とても重大なことでも思い出したと言わんばかりに、緩んだ笑みを引っ込める。変わりに浮かべられたのは引き締まった真剣な表情。

その変化についていけずに俊哉は呆けた顔になる。


「そんなに改まって、いったいどんな話?」


「そんなにたいしたことじゃないんだけど・・・。なんて言うか、好奇心を抑えられないって感じ?」


本人は意識していないのだろうが、彼女の首をかしげる動作は男心をくすぐるものがある。

俊哉にとって悪い意味で見慣れた仕草であったが、計算されてないそれを不快に感じることはなかった。


「弥生さんの好奇心を刺激するような話なんてすごく怖いんだけど・・・。

まあ、取りあえず続きをどうぞ」


内容を聞いてみないとなんとも言えず、取りあえず俊哉は先を促した。


「そう?じゃあ遠慮なく」


先を促した俊哉に、美羽は、それは嬉しそうにはにかんだ。

あまりの喜びように、どれほど愉快な内容なのかと俊哉の中では密かに警戒が生まれていた。

続きをどうぞ、なんて安易に言わない方が良かっただろうか。

そう思ってみたところで、今更後悔しても遅いのだけど。


「あの噂って本当なの?」


「あの噂?」


あの噂、と大雑把に言われても、それがいったいどの噂を指しているのか俊哉には見当も付かなかった。

しかも、『あの』と付くほどの噂。

すぐにこれだとわかるほど大それた噂でもあっただろうか。

俊哉は怪訝に思い考えてみたが、どうしても思い当たらない。


「そうそう、あの噂」


散々悩んだところに返ってきたのがこの返答である。

それがわざとなのか、素でやっているのかは知らないが、繰り返してみたところで、美羽は詳しく話してはくれなかった。

仕方なく、俊哉はこれまで噂されてきた思いつく限りの話題を手当たり次第に挙げてみることにする。


「あの噂っていうのが、俺の数ある噂の中のいったいどれに当たるのかによるね。

無難なところで、俺が大学に入って付き合った女の子の数はすでに両手じゃ足りないってやつ?

それとも、高校時代は彼女が日替わりしてたってやつかな?

それじゃなかったら、高校時代に教師とできてたってやつもあったな。それから後は」


真面目な顔をしていながら話している内容はとても褒められたものではない。

指を折りながら1つずつ挙げられる噂の数々に、美羽は慌て出した。

珍しく狼狽しながらストップをかける。


「ちょ、ちょっと待って。そんなに全部挙げてくれなくてもいいよ」


しかし、美羽の慌てようは俊哉にとってからかいのいい材料にしかならない。


「全部じゃないよ、まだ途中」


「ごめん、私、宮田君を侮ってた。指を折って数えるほど、たくさん噂があるなんて思わなかったよ。

それに私が聞きたかった噂は今挙げられた中には入ってないから。

このままだとなんだかたどり着くまでにとてつもない時間と労力がかかりそうだから、取りあえず今はストップして」


話しているうちに、美羽はいくぶんか落ち着きを取り戻した様子だが、言葉の端々に若干疲労の色が見え隠れしている。

そんな美羽とは違い、俊哉は話を止められたことを残念がっていた。


「そう?まだまだ面白いのがたくさんあるんだけどな」


「聞いてみたい気もするけど、またの機会にするよ」


先ほど美羽に悩まされたことの意趣返しか、俊哉の顔はすっきりしていて愉快そうだった。


「弥生さんにならいくらでも話してあげるよ」


「ありがとう、楽しみにしてるよ」


ため息でも付きそうなほど小さな声で形だけのお礼を言った美羽は、その後うなだれている。

彼女は気づいていないだろうが、いつの間にか話はあらぬ方向へと逸れてしまっていた。

もちろん、俊哉がうまい具合に彼女を乗せたせいで。


ようやく回復できたのか顔を挙げた美羽は、俊哉の顔を見てはっとした。


「じゃなくて。宮田君が変なこと言うから話が逸れちゃったじゃない」


「変なことって、俺は本当のことしか言ってないよ。話に乗ってきたのは弥生さんだし」


心外だと言わんばかりに俊哉は振る舞った。

俊哉がわざと美羽を乗せたわけだから、ここで文句の1つでも言ったところで誰も彼女を責めないだろう。

しかし、実際誰がどう見ても美羽は上手く乗せられていたのだが、それを己が認めてしまってはなんだか負けな気がして美羽は言葉に詰まった。


「うっ、そうなんだけど、いや、そうじゃなくて」


肯定したり否定したりを何度も繰り返しながら、なんとか弁解しよう試みるも言葉が思いつかず、とうとう最後には口を閉ざした。

そんな美羽の様子に、ついに負けを認めるかと期待した俊哉だったが、どうにも美羽は俊哉の予想の上を行っていた。


「まあいいじゃない。そんなことより話を続けよう」


もちろん、諦めの悪さが、だが。

かわいい顔してよくもまあ、という思いは心の中で打ち消した。


「話を逸らそうとしてるのがばればれなんだけど」


「そんなこと言っちゃだめ」


正直、俊哉には美羽に負けを認めさせたい気持ちはあったが、これ以上いじめると彼女の機嫌を損ねかねない。

渋々ではあったが、楽しみは次の機会に取って置くことにする。


「はいはい、そんなに怒らないでよ。お詫びになんでも答えてあげるから」


「男に二言はあっちゃだめだからね」


「もちろん」


俊哉の、なんでも答えてあげるという言葉が効いたのか、美羽の機嫌は目に見えて良くなった。


「よし、じゃあ続けるよ」


「どうぞ、弥生さん」


大きく深呼吸をしてから、美羽はようやく噂の正体を明らかにした。


「君に『愛してる』って言っちゃいけないっていう噂はホンモノ?

その言葉を言ったらポイ捨てされちゃうらしいけど」


その噂を耳にしたのはいつの頃だったか。

俊哉は遠い過去に思いを馳せた。

あれは、そう、確か自分がまだ高校に通っている頃、あの頃も、己の中にずかずかと踏み込んで来る彼女たちが煩わしくて嫌気がさしていた。

よくよく考えてみればもうずいぶん昔のこと。

当時は面白いくらいに噂は広まっていたものだ。

今頃になってまた耳にすることになるとは、いったい誰が広めたのかは知らないが、本人さえ忘れていたというのに、よくも覚えていたものだ。


「へえ、そんな噂が流れてるんだ。」


俊哉は素直に感心していた。

噂を流した人間にはもちろんだが、こんな噂の審議を直接本人に確認して来る美羽に対しても。

なにか思惑でもあるのか、はたまた単なる興味本位か。

彼女は俊哉の心の内など知るはずもなく、早くはやくと先を促す。


「そうそう。で、どうなの?」


疑心暗鬼になろうとしていたが、その純粋な笑みを見ていると俊哉は己の考えが馬鹿らしくなってきた。

やはり彼女は面白いと思う。

自然と浮かべられるのは満面の笑み。


「もちろん、本当だよ」


果たして彼女はなんと答えてくれるだろうか。

大きな期待と小さな不安。

そこに含まれる小さな色に、この時の俊哉は気づかなかった。


「君って女の敵だな」


美羽はなにを思ったのか、彼女はふわりと微笑んで、それから静かに言葉を紡いだ。

耳に届いた声には、柔らかな音色の中にからかいの色が含まれているように、俊哉には感じられた。

それはおそらく思い違いではないことを、美羽の表情を見ることで確認する。

どうにもやる瀬ないが後悔はなかった。


「褒め言葉だね」


そこに女性特有の嫌悪感や軽蔑の色が見られないことに安堵していたからかもしれない。


「まったく、やれやれだね」


呆れたと言わんばかりの台詞だったが、声を聞けば、美羽が本心から思っていないことは明らかだ。

話の内容にそぐわない笑いが、どちらとも知れず口をつく。

周囲の目が集まり、鋭い教授の視線が向けられたが、2人はたいして気にも留めなかった。

もちろん、声を潜めようと試みはしたが、それに大した意味を成さなかった。

ありがたいことに、教授の視線は単なる忠告だけだったようですぐに外される。

講義を続けた教授にならい学生たちの視線も離れて行く。

それをいいことに、2人は気持ち潜められた声で笑いながら肩を震わせ続けた。


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