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道化師2

「俊哉!!」


最近ようやく耳ん馴染んできていた声が大音量で俺を呼ぶ。

聞こえたはずの声を無視して食堂へと向かう廊下を歩き続ければ、甲高い女の声が再度廊下に響き渡った。

なんて煩わしい。

すでに無関係になった赤の他人の声に応える必要などないというのに。

いくら呼んでも無視されることに痺れを切らしたのか、女はついに行動に移したのだろう。

乱れた足音が追いかけて来た。

強引に腕を取られ、己の意志とは無関係に歩みを止められる。

彼女に行動を制限されるということがどこんなに俺をイラつかせるのか、当の本人には想像もつかないことだろう。


「なんかよう?」


簡単には放すつもりはないのだろう。

思ったよりも強い力で腕を取られたことで、仕方なしに後ろを向いた。

昼休みに入り気の合う友人たちと食堂に向かっていた俺はただでさえ空腹なのに。

何の権利があって俺の邪魔をするのだろう。


「いきなり別れようなんてどうして!?しかもメールで・・・そんなの納得できないわよ!」


ただでさえうるさい声で至近距離から叫ばれるなんて、苦痛以外のなにものでもない。


「ねえ見てわからない?俺、今から昼飯食いに行くんだけど」


「そんなの後でもいいでしょう!きちんと説明してよ!」


廊下には俺と同じように食堂へと向かう生徒たちの姿があり、教室で食事をする生徒も多くいる。

ここがせめて人気の少ない廊下ならばよかったのに、教室を出てすぐに捕まったため目立って仕方ない。

ヒステリックに叫ぶ女の声に反応して、野次馬たちが教室から続々と顔を出してきた。

必然的に視線を集めてしまっているが、そんなことは気にもならない。

だって俺は『俊哉』だから。


さて、どうやって追い払おうか。

俺の言葉を待っている女と視線を合わせてみたところでさして心が動じるわけでもなく、反対に彼女と言葉を交わしたくないとさえ思った。

投げやりになりつつある俺の発した不穏な空気を感じ取ったのか、隣に立っている友人が珍しく口を挟んできた。


「俊哉、早くしろよ」


すると黙っていろとでも言いたいのか、女は友人を睨みつけた。

奴がそんなものに動じることなどあるはずがないとわかっていたが、取りあえず心の中で謝罪しておいた。


「わかってるって、すぐ済むから」


こんなくだらない茶番はさっさと終わらせよう。

俺の顔には自然と偽りの笑みが浮かんでいた。


「いい加減にしてくれよ。わざわざ説明しなくてもわかるだろう」


「わかんないからこうして聞いてるんじゃない!」


「別れるのに理由なん1つしかない」


全く、いい加減にして欲しい。

目の前の女はもっとさっぱりとした性格だと思っていたのに、だからこそ付き合ったのだが、どうやら俺は見当違いをしたいたらしい。

男を自分のステータスとしか考えていないような女を本気で好きになるはずないじゃないか。

そんな女と付き合うのは単なる暇つぶしでしかない。

相手なんか適当で、はじめから気持ちなんて存在しない。

本気になったら負けで、面倒になったらそこでお終い。


「俺は好きじゃないから」


「えっ・・・?」


「君が説明しろって言うからわざわざ言ったのに、聞いてなかったの?」


「なんで―――」


かすれた声が聞こえたけれど、無理やり遮った。

物わかりの悪い君のためにもう一度だけ話してあげよう。


「じゃあもう一度だけ言うよ」


『俊哉』にこの女は必要ない。

むしろ俺にとって害にしかならないのだから。


「面倒になったんだ、俺は君を好きじゃないから」


先ほどまで騒ぎ立てていた女は、今までの態度が嘘のように静かになった。


「だって、そんなこと・・・」


「君のことが好きだっていつ俺が言った?」


「!!それは・・・」


「じゃあ、もういいだろう。理由は教えてあげたことだし、もう君と俺は無関係だよ」


言い返すことも出来ずに立ち尽くす女。

俺だっていつまでもかまっていられるほど暇ではない。

掴まれれていた腕を乱暴に振りほどかなかったことは、俺からしてみれば最大限の譲歩だった。


どうせこの女だって本気で俺を好きなわけではないのだから、すぐに次の恋人でも作るだろう。

必要以上に干渉しない軽い関係を続けられると思っていたのに、面倒ごとはうんざりだ。


早々に立ち去ろうと思っていたが、言い忘れていたことがあったという事実に気づいた。

今後、同じようなことが起こらないとも限らないので釘をさしておくべきだ。

呪いの言葉を二度と耳にすることがないように。


「俺さ愛してるって言う女、嫌いなんだよね」


愛を伝えるためのその言葉が大嫌いだ。


『愛してる』


それだけで俺は『俊哉』から俊哉に戻ってしまう。

それは意図も容易く魔法を解き、彼女がいないという現実を見せつける呪われた言葉。


涙を流す女の姿を無感動に受け止めて、俺はその場を立ち去った。




『愛してる』なんていらない。

そんな言葉より、君が隣にいてくれることの方が嬉しかった。

それだけで幸せだった。

君さえいればよかったのに。




さくら。


俺は幸せを亡くしてしまったんだよ。


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