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道化師1

どんなに時が経っても、色褪せない君の笑顔。

消えてはくれない君の言葉。

その声はまるで君が耳元で囁いてくれているかのように鮮明で、耳に残って離れない。

君の言った一言ひとこと全部が刻みついて鳴りやまない。


『俊哉』


懐かしい君の声。


『ねえ、知ってた?』


求めてやまない君の言葉を、なぜこんなにも辛いと思うのだろう。

例えこの行為に意味なんてないとわかっていても、耳を塞がずにはいられない。


『私、ずっと―――』


その続きは聞きたくない。

欲しくない。



生まれてはじめて、君からの言葉を拒絶したいと思った。









「俊哉」


「なに?」


甘ったるい声が耳に纏わりついて離れない。

それは確かに己を呼ぶ声なのに、何の感情も浮かんでこない。

まるで自分が『俊哉』ではない、他の誰かになってしまったかのよう。

本当の自分は『俊哉』を演じている赤の他人。


「好きよ」


「嬉しいな」


そんなことちっとも思ってなんかいないのに、俺は偽りの笑みを浮かべ、空っぽの言葉を返す。

あたかも俺の想いが目の前の彼女のものであるかのように。


「もう、俊哉もちゃんと言ってよ」


「ん、なんのこと?」


強請るように絡みつく細い腕、下から覗き込むようにして見上げてくる二つの瞳。

与えられる全てが自分ではない誰かのためにあるもので、欲しいとも思えなくて、ただ機械的に受け取るだけ。

それさえも偽りで、本当は受け取ってさえいないのかもしれない。


「ねえ、俊哉」


『ねえ、俊哉』


彼女が俺を呼んでいる。

耳に心地よく馴染む、若干低めの低音が響く。

『俊哉』じゃなくて、俺に。

『俊哉』を演じている他の誰かじゃなくて、本物の俊哉に向けられる言葉。


果たして己は、彼女に恋い焦がれるあまり自ら幻聴を作りだしてしまったのだろうか。

甘い期待が胸を躍らせたのはほんの一瞬。


「愛してる」


『愛してるよ』


目の前の相手から発せられたはずの声に、記憶の中の彼女の声が重なった。

頭が認識するよりも早く、間違いが修正される。


あの日、あの時、携帯を通じて聞いた彼女の最期の言葉。

忘れたくても忘れられない。

決して忘れることのできない、最初で最期の愛の言葉。


幻聴などという淡い幻想は簡単に崩れ去る。

彼女の声は本物で、愛の言葉を紡いだ彼女はもういない。

俺は『俊哉』を演じる他の誰かなどではなく、『俊哉』こそが本物の俺。

目を背け続けた真実に引き戻される。


できることならば、ずっと『俊哉』でいたかった。

彼女のいない現実こそが嘘で、本当の俺は今も彼女の隣にいる。

『俊哉』を演じている赤の他人が存在する世界は現実を模倣した夢世界で、夢から覚めれば本物の俊哉は愛する彼女を力いっぱい抱きしめられる。

それはまるで夢のような楽園。


偽りの笑顔が凍りつき、嘘のベールが上げられる。

心が凍てつき、痛いほどに冷めていった。


「俊哉?」


目の前の相手に偽りさえ浮かべられず、空っぽの言葉までも失くしてしまった。

後に残ったのは、隠すことのできないほどの大きな嫌悪感。


きっと、今の俺は瞳に何も映してはいない。

そこにあるのは、心と同じように冷めた色した水晶玉。

全てが色を失った。



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