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穢れなき彼女

果たしてなんと答えるべきだったのか。

言葉が見つからず、俊哉の表情はなんだか中途半端に固まってしまった。

そのなんとも言えない間の後。


「ごめん、弥生さんって本当に俺のこと好きなの?冗談じゃなくて?」


取りあえず、なにか言わなければと思いながらも、いまいち考えがまとまらない。

端から見てもわからずとも、俊哉は確実に混乱していた。

口から飛び出したのが、よりにもよって彼女に先ほどの発言の真偽を確かめてみるくらいには。

仮にも自分に好意を寄せて告白してきた本人に対して、冗談ではなくて本気で自分のことが好きなのかどうか確かめるなんて、失礼にも程がある。

いくらなんでも、拙いだろう。

しかし、すでに言葉にしてしまったものは取り消すことなどできはずもなく。

一先ず謝ろうと俊哉は口を開きかけた。


「うん、好きだよ」


さも愉快そうに笑みを深めた美羽に、俊哉は先ほどとは違う意味で言葉がでてこなかった。

彼女には完璧にしてやられた。

ため息すらもでてこずに、ようやく見つかったのは俊哉にしてみれば負けを認めるに等しい一言だった。


「気づかなかったな」


「だって気付かれないようにしてたもの。

宮田君、自分をそういう目で見ている女の子を避けてたでしょう?」


なにもかも彼女にはお見通しだったらしい。

美羽を外見の通りに判断するとこちらが痛い目を見るだけだ。

もはや俊哉の心境は諦めの境地に近かった。


「ご名答。弥生さんには最初からお見通しだったわけだ」


「なんだか騙してるみたいで、ちょっと申し訳ないなって思ったんだけどね。

でもね、それでも宮田君と仲良くなりたかったんだ」


「仲良くねえ」


彼女が自分のどこを見て、そのような思いを抱いたのか、俊哉にはさっぱりわからない。

きっとこれから先も理解できることはないだろうな。

物思いにふけっていたため、つい無感情な声を出してしまった。

その声に、美羽の肩がピクリとはねる。


「ごめんなさい。もう、私と関わるは嫌?怒った?」


そこまで素直に謝られてしまうと、出鼻をくじかれて怒りたくとも怒れない。

まあ、俊哉にしてみれば最初からその程度のことで怒る気なんて微塵もなかったのだが。


「いやいや、怒ってないよ。それに、女の子はずるい生き物でしょ?」


「ずるいかな?」


「うん、ずるいね。ずるいけど、だけどそれは女の子の持つ特権だよ。

女の子にお願いされたら、それを叶えてあげるのが男の甲斐性ってものだから。

あなたしかいないって感じで甘えながら頼って来る姿は、思わず助けたくなるほどかわいくて―――」


―――憎たらしい。


最後に続くはずだった言葉を、俊哉はあえて飲み込んだ。

だってそれは、『俊哉』の言葉ではありえないから。


「?」


「いや、なんでもない。それより、弥生さんっていったい俺のどこが好きなの?

やっぱり俺って、弥生さんみたいな清楚ですれてないような女の子でも惚れちゃうようないい男だった?」


沈みそうになる思考を打ち消すように、俊哉はおどけた調子で笑いを誘ってみる。

しかし、返って来たのは俊哉の期待していたものとは違っていた。


「私ね、運命ってのを信じてるんだよね」


それは、夢見る少女のよう。

穢れのない笑みを作る美羽を、俊哉はただ真っ直ぐに見ていた。

彼女が語る夢物語に耳をかたむける。


「あの桜が舞う並木道で、宮田君と出会った時、はじめて君をこの目で見た瞬間にね、ピンときたの。

宮田君は馬鹿みたいだって思うかもしれない。だけど、私はあの君だって、思ったよ。

運命を感じちゃったんだ」


「弥生さんにとって俺は、運命の相手ってわけだ?」


「うん、まさにその通り」


嬉しそうに笑う美羽の笑顔があまりにも綺麗で、いっそ顔を背けてしまいたいくらいに眩しかった。

弥生美羽という人間は、宮田俊哉とは全く正反対の人だから。

穢れを知らず、真っ白な心を持っている。


彼女と関わってはいけない。

確かにそう危惧している半面で、どうしようもなく俊哉の心は叫んでいた。

そんなものは汚してしまえ。

醜く歪ませてしまえばいい。

嫉妬とも欲望ともつかぬ、とうてい名前など付けられないどす黒い感情が嵐のように渦巻いていた。


「弥生さんって、愛ってのを信じてるようなタイプの人間?」


「もちろん、信じてるよ」


「永遠の愛もあると思う?」


「あると思ってるよ」


ほんのり頬を染めて、照れている彼女。

それでも、そこには寸分の迷いもありはしない。

存在するのだと断言した美羽が、俊哉は愉快でならなかった。

一瞬でも気を抜けば、人目も気にせずに、今にも笑い出してしまいそうだ。


「だって、永遠の愛なんて素敵じゃない?」


―――素敵なもんか。


そう吐き捨てることができれば、どんなにいいか。


「そっか、そっか。うん、いいんじゃない?」


冷たく言葉を吐き返してみれば、美羽は俊哉の変化を敏感に感じ取ったらしい。

目の前の彼女の笑顔はみるみるうちに曇っていった。


「あの、私、なにか気に障ること言った?」


その問いには答えずに、俊哉は己の言いたいことだけ美羽に与える。


「残念だけど俺は信じてないよ。愛なんてただの偶像、まがいものでしかない」


彼女の怯えた顔をもっと歪ませてやりたい。

沸々と湧き上がる感情が、俊哉の口を動かしていた。


「だからごめんね。俺、弥生さんとは付き合えないや」


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