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ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。  作者: 野菜ばたけ
第一章:ボロ雑巾な伯爵は、棄てられた先で居場所を見つける。
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第6話 陽光の下、一宿の恩



 差し込む朝日に促されて、ゆっくりと瞼を上げた。

 一瞬ここはどこだっけと思い、あぁそうだと思い出す。昨日、結局あのまま寝てしまったのだ。


 薄汚れた窓の外には青空が広がっていた。どうやら雨は上がったらしい。

 辺りを見回せば、少し離れた床に昨日の彼らが転がっていた。


 おそらく眠っているのだろう。近くに布が投げられていたのでせめてかけてあげようかと思ったが、一歩足を向けた所で床がギシリと音を立て、ディーダが「うぅん」と眉間に皺を寄せて唸った。

 起こしてはいけないので、止めておく。


 昨日は暗くて分からなかったが、ガラリとした室内を改めて見回すと室内は少し埃っぽい。

 が、それも仕方がないのかもしれない。彼ら曰く、ここは誰の家でもない。昔住んでいた誰かが引っ越したか亡くなったかで、放置されていた家らしいから。



 昨日、ここに連れて来られる道すがら教えてもらったのは、管理する人が居なくなって寂れて潰れるだけの家に、貧民たちは勝手に住み着くのだという事だった。

 そんな事をして誰かに怒られたりしないのかと思ったが、どうやらその心配はないらしい。


「誰も何も言わねぇよ。他の街では違うらしいけど、ここじゃ領主は取り締まらない」

「興味がないだけでしょ、領主は」


 自嘲気味に笑いながら肩をすくめたディーダに、ノインがキッパリと告げる。

 そうなのか。知らなかった……だなんて、領主の妻だった人間が思う事すら、領民への無関心をよく示している。


 身につまされて謝りたくなるものの、素性を教えて彼等を妙な事に巻き込むのと行けないと思えばそれも出来ず、結局何も言えなかった。



 少なくとも今、二人はここに二人で住みついているらしい。しかし彼等は子どもだ。おそらく掃除をする習慣などは無いのだろう。

 もしかしたら彼等は気にならないのかもしれないが、人が住むのなら綺麗な方がいいに決まっている。


 この部屋を掃除すれば、少しはお礼になるだろうか。


 結局昨日は泊めてもらってしまったし、何か恩返しをしなければならない。

 確か昨日、近くに井戸があった筈。あとは、雑巾……は無いけれど、いつもみたいにスカートの裏地をちぎって使えば大丈夫。



 彼等を起こしてしまわないように細心の注意を払いつつ、そっと家の外に出た。

 井戸で水を汲み、それから着ているスカートを少したくし上げる。


 何も足を洗う訳ではない。もちろん雑巾を作るためだ。

 この服は、レイチェルさんから渡された時代遅れの古いスカートだ。彼女はこの服をダサいと揶揄して笑ったが、元々貴族の服である。生地も元々は良いものだし、裏地がきちんとついている。


 すでに中途半端な丈になっているところの少し上を、掌よりも少し大きい面積になる様にビリッと引き裂いて、二枚用意しておいた。

 うち一つを水に浸して絞る。もう一方は、仕上げの乾拭き用だ。



 まずは窓の外側を拭いて、続いて内側を拭きに行く。

 立てつけが悪いのか、窓がビクともしなかったから、また音をたてないように注意して室内へと入った。

 中から窓をキュッキュと拭けば、一体どれほど放置していたのか。拭いた所とそうでない所が、クッキリと目に見えて分かる。


 窓が綺麗になっていくのがよく分かるので、掃除していても気持ちがいい。


 窓の拭き掃除なんて、最近は慣れた仕事だった。

 レイチェルさんから「そのくらいしか出来ないでしょう?」と言われ、私自身、彼女ほどの社交性も無ければ目立つ容姿という訳でもない自覚があったから、言い返す言葉もなく彼女に従い、使用人に混じってやるようになった。


 せめて裏方でくらいはザイスドート様のお役に立ちたいと、懸命に手を動かしていたが、思えばずっと何かに追われるように掃除をしていて、こんな風に綺麗になる過程を楽しんだ事は一度もなかった。


「お掃除って、こんなに楽しいものだったのね……」


 気付いてしまうと、一層拭き掃除が楽しくなってきた。


 窓の外の青空を見ながら、キュッキュ、キュッキュと拭き上げていく。

 清々しい。窓から見える空の青が一層鮮やかになっていく気がして、「空ってこんなに綺麗だったのね」という気付きさえも新しく得た。


 そうしてしばらく窓ふきに没頭していたが、後ろでモゾリと人の動く気配がして、意識が現実に引き戻された。


「……ん、まぶし」


 振り向けば、ちょうど茶色頭がむくりと起き上がったところだった。

 彼は、見るからに寝起きの寝ぼけ顔だった。迷惑そうに細めた目を光の射す方、つまりこちらへと向ける。


「あ、おはようございます」


 数秒間の無反応の後、ディーダがギョッと目を剥いた。身の危険でも感じたのか、座ったままで後ずさり、ダダンッと壁に背中をぶつける。


 その音でやっと目覚めたノインが「うるさい、ディーダ……」と目をこすった。彼も眩しかったのだろう。こちらを見て同じくギョッとして、そのまま固まってしまった。


 一体何が彼等をそうさせるのかよく分からないが、とりあえずは朝なのだから、相応の事をすべきだろう。


「おはようございます、お二人とも。もし宜しければ顔を洗って、食事を買いに行ってくれませんか? 私ではまだ店の場所も分かりませんし」


 二人が朝食を買いに行っている間に、私はもう少し部屋の掃除を進めておこう。

 今日は幸い天気が良いから、部屋の端に放り投げているあの布も、洗って干してしまいたい。それから室内のちりやほこりを外にすべて掃き出して……そういえば、箒はどこかにあったかしら。


 頭の中で、一人段取りを考えていると、依然として動かない彼等の方からグゥという音がした。

 本人よりも先に返事をしたお腹は一体どちらのお腹だったのだろうか。先に腰を上げたのはディーダ、面倒くさげに外へ出た彼に、クツクツと笑いながらノインが続く。


 外に出た二人が窓から見えた。何故か楽しげに笑うノインのお尻にディーダがキックをお見舞いしているが、朝から元気でなによりだ。

 


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