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ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。  作者: 野菜ばたけ
第一章:ボロ雑巾な伯爵は、棄てられた先で居場所を見つける。
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第3話 大胆な提案



「貴方達、親御さんは?」

「はぁ? 居ねぇよそんなもん」


 心底どうでもよさそうに言われて、少し面食らってしまった。困惑しながら「お出かけでもしているの?」と尋ねたが、またもや涼しげな顔で言う。


「そんなの顔すら見た事ねぇし」

「そ、それじゃぁ今身を寄せている所の大人は?」

「だから居ねぇって。俺とノインの二人だっつうの。っていうか貧民は、誰でもみんなこんなもんだろ」


 まるでたかるハエを追い払うかのような空気感で「何度も言わせんな」と言われてしまった。

 が、私にとってはカルチャーショックだ。


 実家の領地では、身寄りがない子どもたちはみんな領地の寄付金で建てた孤児院で育てられていた。てっきり誰もがそうなのだろうと思って疑わなかったのに、彼らはそうではないと言う。


 子どもって、二人で生きていけるもの?


 少なくとも生まれながらに貴族家に生まれ、親どころか沢山の使用人の庇護の下で育った私には想像もできない人生だ。さぞかし壮絶な人生なのだろう。


「そんな……生きるのが、しんどくはないのですか?」

「はぁ? 誰だって勝手に心臓が動いてる内は普通に生きてるだろ。しんどいかどうかは心臓に聞け!」


 言いながら胸を張った彼に、困惑した。


 この差し出すような体制は、もしかして「自分で聞け」という事なのかしら。

 平民街には心臓も、聞けば返事をしてくれるという常識が?

 少なくとも私はそんな事、生まれてこの方一度たりとも出来ると聞いた事はないけれど、つい今しがたカルチャーショックを受けたばかり。もしかしたらここではそちらが本当なのかもしれない。


「えっと、『心臓さん、しんどくは――』」

「聞くな! アホか!!」


 怒られた。

 後ろでは、ノインがクツクツと笑っている。


 やっぱりそんな常識は無かったかという気持ちと、怒らせて申し訳ない気持ちが心の中に持ち上がった。しかし何故だろう。ちょっと楽しく思っている自分も居る。


 怒っているのに律儀に言葉を返してくれる彼との会話が、妙に小気味が良かった。

 そうして気が付く。思えばいつぶりだっただろうか、こんなに誰かと話したのは、と。


 屋敷では、ザイスドート様とはもちろん、息子とも久しく話していなかった。レイチェルさんからも口答えは許されていなかったし、使用人たちと話しているのがもし見つかってしまったら、彼女達に火の粉が飛ぶ。何度かそういう事があってから、会話は極力避けていた。


 誰かと話をするのって、こんなに楽しい事だったのね。


 昔から知っていた筈の事を、今更フッと思い出した。すると不思議だ。ずっと重かった心がほんの少しだけ浮力を持ったような気がした。

 

 と、その時だ。


 グウゥゥゥゥゥー……。


「「……」」

「……?」


 何の音だろうと思った矢先、ノインがプッと噴き出した。


「ちょっとディーダ、本当にお腹減っちゃったの? もしかして、さっきのあの一言で?」

「しっ、しょうがねぇだろ?! 二日連続で食ってねぇんだから! っていうか、半分はお前のせいだろうが!」

「フッ……何でよ」

「お前が飯の話なんてするからだよ!」


 噛みつく茶髪の彼――ディーダと、躱すノイン。二人のやり取りを聞きながら、そういえば昨日も雨だったなと思い出す。


 先程彼らは『雨の日はご飯にありつけない』というような事を言っていた気がする。じゃぁ本当に二日間も……?


 目の前で「お前のせいだ」「ボクのせいにしないでよ」と言い合う二人は、どう見ても元気にしか思えない。でも、二人はまだ私の背にも届かない子どもだ。二日も食事抜きの状態が体に良いわけがない。


 不安になった。彼らのこの強い瞳は、もしかしたら突然かげる事があるかもしれない。

 実の両親と弟の事故も、今日屋敷から追い出されたのだって。いつだって、突然事態が暗転することがある。

 もしかしたら『綺麗な彼らの瞳をもう少し見ていたくて』とか、『もう少しだけ話し相手をして欲しかった』とか、そういう打算もあったのかもしれない。

 でも何よりも「まさか」が起きうると知っていたから、事なかれ主義で人見知りで、目立つことが苦手だった私でも、大胆な一歩が踏み出せた。


「あのっ!」


 気が付けば声を上げていた。

 胸の前でギュッと握り締めた両手に握られているのは、つい先程拾ったばかりの、なけなしの餞別だ。


「一緒にご飯を食べませんかっ」


 両目を固く瞑って告げた。勢いと共に前に突き出した革袋の中身が、チャリッと鈍い金属の音を鳴らす。

 

 答えがまったく返ってこない。

 恐る恐る目を開け二人の様子を窺うと、言い合いを止めてこちらを見た彼らとまっすぐ目が合った。

 まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔が、そこにはあった。




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