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【interlude】メイド少女は推しを推したい6

 二人は揃って城の前庭へと出た。


「私、昼間に堂々とお部屋を出るのは初めてよ」


 ソワソワと落ち着かない様子のファナの手を、カミルはそっと握った。


「大丈夫ですわ、ファナ様。わたくしが付いております」

「そうね、そうよね! 頼もしいわ、ありがとう」


 柔らかい白い手が、カミルの手をそっと握り返す。


(この身に代えてもお守りいたします!)


 気分は女王陛下の近衛兵だった。


 庭のハーブ園でカモミールとラベンダーの花を摘む。


「暑くなる前で良かったわ。本格的な夏になると花も少なくなるから」

「左様ですね」


 ファナの言葉に頷く。


 陽の光りの元、目を細めて小さな花を手にする推しは、もうそれだけで絵画的な美しさがあるとカミルは思った。


 ハサミで茎と葉ごと長めにハーブを切って、持って来た籠に優しく並べる。

 ふわりと良い匂いがした。


 と、カミルは不思議なものを見た。


 まだつぼみだったカモミールが、ファナが触れると開花したのだ。八分咲きの一番良い状態に。


「…………」


 驚きのあまり声を失っていると、ファナがはっとしてこちらを見た。


「ご、ごめんなさい……気持ち悪かったわよね。いつも一人で夜中に来ていたから、その時の癖で……つい……」

「ファナ様、い、今のは……?」

「吸魔の力よ……。吸い取った魔力を使っているんだと思う……」


(『吸魔の力』? 本当に……?)


 ファナとハーブとを交互に見る。


(人間が呪文詠唱もなしで開花の魔術を使うことが出来るの……?)


「あの、ファナ様。他にはどんな事がお出来になるのですか?」

「えっと……そうね……。しおれた花を元気にしたり、後は雨を降らせたり、お天気にしたり――……」

「天候を!?」


 思わず大声で聞き返して、カミルははっと口を押さえた。


「あ……っ、で、でも、それは豊穣の女神ファティマ様のおかげかも……! 夜にお祈りすると、翌日の天気がその通りになるのよ」

「お、お祈りには特殊な儀式や生け贄を……?」

「い、生け……!? そんなことするわけ無いでしょ……!」

「そ、そうですよね! 失礼しました……!」


 今度はファナが驚いて言葉を詰まらせる。

 カミルは慌てて謝った。


(いや~、待って待って待って……!)


 内心カミルはかなり動揺していた。

 思わずコウモリの翼やヘビの尻尾が出てしまったんじゃないかと思ったくらいだ。


(天候の操作なんて、神と精霊に愛されし獣人(ティーヴァルテイル)がマナを使っても難しい術なのに)


 大がかりな儀式と装置を用いても、成功するかは半々といったところだろう。


(それを祈りだけで……?)


 そんな事が出来るとすれば、それはもう――……、


(――産まれながらにして女神の祝福を受けた、特別な存在)


 忌み嫌われているファナの『吸魔の力』は、本当は素晴らしい祝福なのでは?


 そう思ったカミルに、当のファナは眉を下げて言ってくる。


「カミルちゃん……! 今言ったことは二人だけの秘密にしてね……?」


(ふたりだけの……ひみつ……!)


 推しからの破壊力のあるワードに、カミルがすぐさま首を縦に振ったのは言うまでもない。


 カミルとファナは、必要な分だけ花を摘むと、部屋に戻ってそれを花瓶代わりの水差しに入れた。


 そうこうしている内にお昼に。城のメイドがランチを持って来たので、それを二人で食べていると、


 コンコンッ。


 優しく扉をノックする音が聞こえた。


「はい」


 カミルが返事をして扉を開けると、立っていたのはヴォルフだった。


「あっ、ごめんね、食事中だった? で、出直してくるねっ……!」

「お待ち下さい!」


 慌ててきびすを返そうとする第二王子の上着をむんずとつかみ、カミルは呼び止める。


 顔に笑みを貼り付け、ステイを命じるとファナの方を振り返った。


 すでに彼女はイスから立ち上がり、焦って口元をナプキンで拭いているところだった。


「お下げしますね」


 一応そう断ってから、カミルはトレーに食器を載せて部屋から出て行く。


(ヴォルフガング様もタイミングが悪い……)


 ベーコンエッグとバターの香りがする部屋では、あまりにムードが無いのではないか。


 そう思ったが、扉を閉める寸前。ちらりと振り返ったその目に、実に幸せそうに微笑み会う二人が見えたので。


(……そういえばどこかの詩人が『ベーコンとバターの香りは幸せの匂いだ』って言ってた気がするわ)


 こういうのもあの二人らしいかもしれない、と思い直した。


 カミルは扉のすぐ横の壁に背中を預けると、邪魔者が現れないよう門番となったのだった。


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