Chapter 01 星降る祀り
世界を統べる王となる事が出来る、大空を統べる者。
古い伝承から残る竜についてのたくさんの書物よりも、真実はイリサ·テルサの国に拡がるその光景が物語る、彼らは何かを支配しようとはしないし、彼らは争いは望まない、肉もさほど食べず、どちらかといえば森の恵である果物をたくさん食べる。
イリサ·テルサは南北に別れている、北に魔術を使う事のできるイリサ·テルサ人が住み、南にイリサ·テルサの竜人が棲んでいる。
南北を絆ぐのは破れ谷から流れる河を渡す聖人の橋がある。
東には黒海があり、その遠い彼方の岸にエランザーレ聖帝国がある。
西は深い山に囲まれ、ここは陸の孤島のような国で、他国とは距離を取っていた。
というのも、魔術が使える民は外の国の者にしたら異端であり、畏怖され、時には魔女狩り等をされたりし、とても交流が持てるとは思いにくかったからだ、とはいえ、その魔術を不思議がり崇める国もあり、全てを拒む訳でもない。
だが国のある場所といえば、こんな辺鄙な土地でハイキングがてら来るような国でも無い。
主要産業といえば南の竜人の棲まう側に銀が採れる鉱山がある程度で、麦等は1年過ごす事で食い潰す程度しか取れない、山に行けば山の食べ物は多いが、それ故に危険な獣も多く、人だけでは中々気軽に取りにもいけない。
南北に別れて棲む理由も特段詳しくは決められている訳ではないが、やはり竜人と人では感覚が違うから故住む場所も別れている、もちろん北に竜人も住むし南には人も住むが多くは無い。
竜人は非常に長い生を生き、人はそうでは無い。
竜人からしてみれば些細な事でも人からしてみれば竜人は異端に見えるのだろう。
それでもこうして別れてでも同じ所に住まなければならない理由は非常に簡単。
魔術には竜人が自然から得て溢れた力を借りる他ないのだから。
竜人も余りに力が溢れれば体を害す、それだけじゃ無い、溢れ過ぎれば言葉を失い知性を忘れたドラゴンになってしまうからだ。
それに、魔術を使える者はただの人とは子が為せない。
同時、竜人も竜人同士ではドラゴンしか産めない。
竜人から力を分ける代わり、人に代わりに産んでもらわねばならないのだ。
【 Chapter 01 星降る祀り 】
年に一度、成人した竜人と人との間で龍玉盤を使い対を見つける。
龍玉で満たされた盃の中にイリサ·テルサの民が映る。
選ばれた者はイリサ·テルサの城の者が彼等を引き連れ橋を渡ってやって来てはこの南の塔の広間に集められる。
竜人はその龍玉で満たされた盃に1滴血を落とすと、力の力量が同程度の者が浮かび上がり晴れて対となる。
その者の死が来るまでの束の間の結びを結ぶ。
『一人足りないな』
龍玉盤に映った人物のリストと広間に集められた人間を何度も数えながらギュスタフが筆を走らせる。
人の方のまとめ役に足りぬことを告げると彼等は口を濁した。
毎年数名儀式から逃げる者がいるが、大抵のものは喜んでやって来る。
招待状を喜々として受け取る者が殆どで、逃げ出すものは大抵理由があるし、その理由には納得して後日その者たちだけで対の契約を結ぶ事となる。
親の介護やら何やらだろうとシャツと名前に線を引いてギュスタフは竜人達に集まっている事を告げる、勿論1人足りないことも伝えて。
そうなれば結べない者がいるがし、少しざわつくのも仕方無い。
竜人は結べなければこの塔から出られないのだから。
愚かな大昔の約束事のせいで成人後に対を失えばドラゴンになってしまう呪いがかかっている。
それをはねる為にこの塔が作られた。
長い事ここに居る事になる事を嫌うのが普通だ。
『皆、静かに、今日結べなくとも後に対の契約は行われる』
ホッとした声と共に盛大な花火が打上げられる。
北側でも祭りが盛大に行われているのだろう。
魔術師が増える祝となれば賑やかだろうし、年に一度この塔も白く輝く。
『儀式が終わった者から祭りにでも行ってくるがいい、では、始めようか』
対は見合い結婚に似ている。
それまで顔も名前も知らなかった相手が今後の対だと言われるのだから。
それでも悲喜こもごもと言うより、皆歓喜するのは龍玉のおかげか揃って出ていく中、ひとり取り残された者を見つけた。
『シリウス』
上から名前を呼ぶとストンと彼は床に座り込んだ。
現長の息子、シリウス
長の子だからと言うよりも自然に愛されるのは素質だろう。
その素養が高いからこそ、早く対を宛行わなければならない。
力が強いという事はそれだけリスクを伴う。
溢れる量が多いのだから。
『なんで来なかったと思う?』
窓の外では賑やかな音楽が流れる。
『人とはそれなりに事情を抱えて生きる生き物、その辺りを理解しなければうまくは行かぬ』
『判ってるけど…何で来なかったんだよ…』
花火の音に消え入るような声で呟いた彼の心中を察するのは難しい。
到底50年この塔で育った者にしか解り得ない。
産まれて直に異変に気付き、長がここから出られぬ様に封じた。
対が来なければ彼はずっとこのままだ。
粗暴な真似をする事もあるし困らせる事もある、それでも野に放たなかったのは、我々ではドラゴンとなった彼を誰も止められぬと判っていたからだ。
酷な事と解っていても出す訳にも行かず、今日この日を皆心待ちにしていた。
だが来なかった。
少しの影を落とす彼の肩に手を置き、明日見に行ってくると告げると、しょうもないと両肩を竦め彼は自室へと帰っていった。
賑わう北側の音など聞きたくもないというように強く扉を締めて。
黒海の波の音が心地よく響く夜半、扉を叩く音と衛兵の声の押し合う声に目を覚ましたのはシリウスだった。
『何事か?』
衛兵の肩越しから覗き込むとまだ10歳程度の女の子がバラバラに破られた手紙を握り締めて、キュッと唇を結び今にも泣きそうな顔をして突然現れたシリウスを見上げた。
『それが、儀式がどうとか…流石にこんな子供には出されないですし、ギュスタフ様は館へお戻りになられてますから』
困り果てた衛兵の腰より下にある顔を見るように、膝を折りかがみ、女の子と視線を合わせる。
『それは君宛か?』
頭を振って鼻は真っ赤になっている。
『解かんない』
困ったなと衛兵と3人でしゃがみ込み手紙を受け取る。
所々燃やされた跡があるし、見れば少女の手も火傷していた、火の中から慌てて取り出したのかもしれない。
『手を見せてごらん』
シリウスが少女の手を包みそっと息を吹きかけると火傷は経ちどころに消え去った。
スゴイ…と声が漏れたのはもちろん少女でシリウスは衛兵の一人にギュスタフを叩き起こしてでも連れてくるようにと伝え彼女を塔に招いた。
『他に怪我は?』
聞くより明らかだ明かりの灯った塔に映し出された彼女はひどく汚れていたし擦り傷や痣だらけだった。
『…』
言葉を失うと言う事を初めて知った。
腕は普通の子供より細く、頬も痩けていた。
ギュスタフが来るまでに食べ物を差し出し、話を聞けば、オヤカタ様が受け取った事と、これはヒャクヨンバン宛と言う事が解った。
『ヒャクヨンバンは?』
『おねぇちゃんは、星祭りで忙しいから…て…』
またそこで泣きそうになりながら少女の頭に手を置いた所でギュスタフが寝間着のまま、本当に叩き起こされたのだろう状態でやって来た。
『事情は?』
『粗方伺いました…手紙を』
ボロボロのそれを時の魔法で修復しギュスタフが元通りに直すと少女は目を瞬かせた。
『ボーデン通りのシュットランド邸に住むヒャクヨンバンと言われている方宛ですね』
『お前もそこの邸に住んでるのか?』
こくっと頷き顔が強張った。
『明日じゃなくて、今すぐヒャクヨンバンてやつ見つけて来て…嫌な予感がする』
きゅっと胸元を締め付ける痛みを口にすると、少女が頭を振りいを決した様にシリウスにしがみついた。
『お、おねぇちゃん…すぐに助けて!』
『判りました…直に…』
夜幾分更に更けた後、ギュスタフがボロボロの少女を連れて帰ってきた。
随分かかったから、此方に残った少女はソファの上で寝かせていた。
『お前がヒャクヨンバン?』
『…』
『その…シリウス…少しこちらで』
ソファをギュスタフが指差すと安心した表情で駆け寄って行った。
『何があった?』
『手短に言えば、イリサ·テルサで禁止されている奴隷と売春の強要です、流石に人の法に我等が踏み入ることはできませんので、人に力を借りていましたら遅く…』
『…そうか…』
『それと…彼女はもう資格がありませんので…それだけは』
『………あぁ………あいつらの行くところ位は見つけてやれよ………』
放り出すなと釘を指し、シリウスはギュスタフに全てを任せて自室へと帰り、一人この自由な牢屋の部屋で項垂れた。
日が明け空が白む中、中庭に面した井戸から水を汲む音が聞こえる。
耳障りの良い甘い歌声。
誰が歌っているのか確かめるように、シリウスは窓からそこを見下ろした。
琥珀の髪を束ねた粗末な服を纏う、昨日ひと目だけ見た彼女がまだ眠そうに眼を擦る少女の顔を洗わせるために汲んでいる。
思いの外重いのか中々上がらないのを苦戦しながら引き上げるさまを遠目に見ながら、途切れていた歌が続くのを聞いた。
昼過ぎ部屋から降りるとギュスタフの対である人の国で法の番人をしているエミリアが来ていることを知った。
『シュットランドは売春なんてしていないて言い張ってるのよ?信じられない…しかも買った方は全員お貴族だから口裏合わせて………と、シリウス、おはよう』
エミリアが怒り心頭に叫んでいるのは昨日の話だ。
『我々としては資格無しにされたのだ…大きな損失なのだから…そちらへの魔力の提供を減らしたい』
『待ってよ、そんな事してあなた達だって困るでしょう』
『黒海に魔力を溶かせばいいだけだ、何も困らん…お前たちは困る、それだけだ』
『うそうそ、待って待って、じゃ、じやあ!その手紙持って来た子じゃ駄目なの』
ギュスタフとシリウスが互いに顔を合わせ肩をすくませた同時に発した。
『若すぎる』
『あ、あぁ、そうよね』
エミリアは2人の言葉の意味と書類とを見合わせてガックシと肩を落とした。
『ま、俺としては50年待ったんだけど…その保証は欲しいな』
嫌がらせの様にシリウスが発すると、ギュスタフは深くため息をついてエミリアを見つめた。
『もう待てない、我々は覚悟しただけだ』
『………多分10年は持たない………』
シリウスが体の変化を呟いた。
眠りが深くなってきている。
少し重くなった空気の中に、件の二人が与えられたのかきちんとした服と清潔にされた様子で飛び込んできた。
『あ、ごめんなさい』
ヒャクヨンバンが騒ぎながら入ってしまった事を謝る中、二人の世話をしてくれていたらしい、ママ·トリシャがあとを追いかけてきた。
『あらあら、難しい話の最中でした?』
『まぁね…主に俺についての難しい話…』
そう言えば大抵この塔にいる者ならば理解がつく。
『そうね、でも、ギュスタフは忘れているわね、資格はアナタが、決める事じゃないわ、龍玉が決めた事、シリウスが決めた事よ』
慰めのような言葉にシリウスは口元に笑みを浮かべた。
顔だけでも笑うのは得意だ。
場を和ませるようにそうして、また襲う睡魔を伝え自室に下がった。
こう、精神的に揺れる時は大体いつも以上に睡魔が襲う。
我を忘れてしまうのが酷く怖い。
『…速くどうにかしなきゃね、と、そうそうお二人さん』
クルリとエミリアが2人の方に向き直り、席に座ることを促して書類をそれぞれの前に置いて、ペンを差し出した。
『二人はシュットランドの邸から正式に保護されることが決まったわ、ギュスタフが引受してくれたから思ったよりも早く許可が降りてね、で、名前は何にする?戸籍に登録しなきゃでしょう?呼ばれたい名前とか、あるかしら?』
エミリアが二人にさぁ好きな名前を書いていいのよと告げたが、ヒャクヨンバンは紙の端をそっと撫でた。
『私、文字読めないし、書けないです…長く邸に、滞在してた方にこの子には文字教えてもらったけど…私、ここになんて書いてあるか解らないし…』
恥ずかしそうに、もごもごと喋りながら、ヒャクヨンバンは記された文字の上をただ目で追いかけるだけだ。
『簡単に言うと、解放民ていう立場になるわ、黒海を渡ってきた商人と同じ身分になるの…市民権ではないの…でもイリサ·テルサがあなた達の身分を保証するていう書面、名前はそれに必要なの…流石に104番とは書けないわ』
『市民権が与えられないのはおかしいだろう?』
ギュスタフの言葉に、エミリアは顔を振った。
『これは人生をやり直せる切符に過ぎないの、お貴族様達はきっと見つけたらこの子達を揺さぶるわ、そうしてまた同じところに戻ってしまう、だから国から出られる解放民の地位が必要なの、それにアナタは資格を失っているからここに残っても他の魔術師からやっかみを受けるだけだし、悪いことは言わないわ、イリサ・テルサを出なきゃだめなのよ』
そんな2人のやりとりの最中、ぽそっとつぶやいた。
『名前…無いです…』
消えてしまいたいと言う顔で彼女は席を立った。
暫くは戻ってこなかったが、衛兵に見張りを頼んであった故に戻って来ない事については不問にした。
『あなたは、名前どうする?もし良かったら付けてもいい?』
懐かしい名前を呼ぶなとギュスタフは眉間を一度寄せた。
痛みの様なジクジクとした傷を掘るような音に、エミリアはなんと思うのかと横を見れば、彼女は無くしたものを取り戻した様に微笑んでいた。
『何ていうの?』
『アリーシャ』
もう二度と抱き締められないその音を発して、エミリアは微笑んだ。
登ってくる足音、まだ重い体と静止する声と同時開いた扉に立っていたのはヒャクヨンバンだった。
『…男の寝所に飛び込んでくる女なんて…最低だ…』
枕に顔を押し付けながらそう言うと、彼女は後ろの衛兵を気にしだがここは突き当りであたふたとしていた。
引きずるように重い体を押して、シリウスが扉を締め口の中で、呪文を発するとガシャンと鍵のかかる音がした。
『それで、何があった?』
締めてやったんだから話をしろと言う態度でシリウスが水差しから水を飲み渇きを癒やす。
『………わ……』
『わ?』
わ?と発しはしたが無理に起きたせいか体が急激に言うことを聞かなくなりその場に座り込んだシリウスに慌てて駆け寄り、体をベッドへと引きずりあげるのを手伝ってくれた。
『悪いな…』
『いえ…その…』
下手に倒れ込み、押し潰しているのは解るが、腕の一つ動かせずシリウスは再び謝った。
『それで…わ?て何だ』
我ながら変な体制だとは思うがもうどうしょうもない、少し回復するまで仕方が無いとシリウスは諦めた。
『その…名前…付けてくれますか?』
『ヒャクヨンバンは名前じゃないのか…?』
曖昧な顔にシリウスが言葉を濁しうーんと唸った。
うーんと唸って、さらにアッと閃いたかのように口にした。
『じゃあ、シエル……』
と言うとすーと寝息を立て寝入ってしまい、身動き取れず押しつぶされるがまま、シエルシエルシエルと何度も頭の中で呼びながら涙が溢れた。
甘い香り。
暖かな温もり。
欠けているピースのような物と抱き締めると、うグッとなんとも酷い音が聞こえ、シエルはハッと目を覚ました。
『お前、寝相悪すぎるだろう…どうやったらこんな所に痣ができるんだよ』
文句を言いながら腕にできた痣を見せてくる、こんなにフカフカの布団に包まれたのは初めてで男の人が乱暴に扱わない事にもビックリした。
『おい、ほら…なんで泣くんだよ…泣きたいのは俺だろ…足なんてもっとひど…』
ポロポロと泣くシエルの頭をそっと抱き寄せて、琥珀の髪に指を絡める。
『私…もう資格無いから…この塔から早く出ていかなきゃ行かない…でも…ここに居たいです…』
誰も鞭で殴らない、怖いお仕置きもない、暗闇の狭い牢屋の中で重なり合わなくていい、反面、まだ残っている人達のことも気になる。
出て行かなきゃならないけど、それは怖い、利用してる駄目な事と解っていても、シエルは自分の口で初めて願いを伝えた。
『誰が資格無してお前に?』
『ギュスタフさんとエミリアさんが』
『………どうにかするから………しばらくここにいろ、いいな!』
そう告げると弾かれたように扉を開けて出て行った。
塔の1番地下に、長である自分を産んだものがいる。
長らく誰の目にも触れぬ理由はごく僅かな物しか知り得ない。
それは次期長として皆が認めるシリウスとギュスタフ等の少数の者だけだ。
『ババァまだ生きてるのか』
『これはこれは…珍しい…私の元に来るなんてまた、駄々をこねに来たのかしら?』
竜人の成れの果て。
ドラゴンと竜の狭間の異形の姿。
いつかの自分がそこにいる。
『龍玉の儀式は絶対なら、俺は龍玉が導いた人間とは対になるるんだよなぁ?』
『龍玉は嘘はつかぬ…我等の魂の結晶、先見の龍の結晶ゆえな…ふふ…たかが娘一人が処女かどうかで判断しておるようではギュスタフはまだまだ…龍玉は嘘はつかん、これは絶対じゃ…お前が何に当たっておるかもわかる。だがな運命を抗うのは一人ではできぬ、故に我らは二人なのだとついぞ思っておくことだ、さて、話は終わりじゃ…』
駆け上がる後ろ姿。
いつか見た幼子と違う。
まだ少し、あと少し、お前のもとには行けぬよとつぶやいた声は、シリウスには聞こえない。
息をきらせ、駆け上がり、部屋に戻る。
壁にかけてあった短刀で指先を滑らせ、血がにじむ。
部屋の窓辺に揺れるカーテンの向こうに歌を口ずさむシエルを見つける。
その歌、何だ?と言うと知らないけれど、昔から知ってる歌はこれだけだと帰ってきた。
指先を血色の悪いシエルの唇に押し付け、赤く染める。
不意の行動にキョトンとした顔が映る。
鼻先をかすめたシャボンの香り、閉じ込めるのは未来だ。
割れたら共に終わる。
『お前は私の対になる』
そう告げると、シェルはただぽかんとこちらを見ていた。